10、宇宙住居模擬生活
メインドームに隣接する黄色い建物の倉庫ビル。その一階の倉庫部分には、宇宙空間を想定した居住空間ドームが作られている。
この居住ドームは深海の調査目的で作られた生活ドームを改造したもので、深海に対応するための気圧コントロール装置が使用できるようになっている。
その機能を利用して、宇宙ステーションの擬似訓練用に設置された。
宇宙に浮かぶ船内においては多様な状況に陥るため、その再現を作り出し、その状況で集団生活していく耐性を持つことが必要だからだ。
密閉ドームは、長いウナギ床をした形状で、3列置かれている。講師であるペイロードスペシャルクルーのモニカは、試験者たちを数人のグループに分け、各ドームに入れた。
ドーム内で、狭く閉鎖された宇宙ステーション同様の生活をさせ、数日間の作業工程をさせるのである。
「皆さんはこのドームの中で共同生活をしてもらいます。宇宙ステーションは、ここよりは広いですが、この訓練は狭い空間の中で、共同生活していくということが重要な意味を持っています」
中に入った沙織たちは、モニターのある食堂兼ミーティングルームに集められ、モニターに映るモニカがレクチャーを始める。
「中に入りましたら、これからのことは全てあなた達の判断で行動してください」
「何もかも?」
ドームでの共同生活者の一人、中国人のユアンが聞き返す。
「そう、何もかもです」
モニカは微笑むと
「1時間後、ミーティングです。またここにお集まりください」
締めくくる。
中を確認に動き出す沙織たち。
食堂&ミーティング室の隣は、血液検査器具がある通信連絡ルーム。連絡は本部にも病院にもつながるので、精神や健康状態の検査ができる個室ルームになっている。
その隣が、トイレとトレーニングルームが一緒になり、ジムの器具と空気・水蒸気循環装置があり、ちょっと広めな空間の部屋。器具の移動を行えばスペースが確保できるので作業や実験も行えるようになっている。
その奥が、数人が座れるデスクがある勉強室。宿泊中に電気がダウンストップしシステムが動かなくなった時、手動で操縦するための紙印刷の作業説明書の本棚が並ぶ。
沙織は勉強室のデスクに積んであった自分の下着などの着替えを持って奥に進む。
「これ、5日分ぐらいある。5日もやるのか?」
大体の日程は伝えられているが、詳細にはスケジュールは表示されてない。試験者に、突発的な試験課題が与えられるために、そこはあえて曖昧にされている。しかしこれが、試験者にとって大きなストレスにもなっている。
そしてその奥が寝室となっていて、ベッド横に私物置き場のロッカーというかボックスが併設されている。
ここのブースに入った試験者は、インドのバル、中国のユアン、イスラエルのシン。サウジアラビアの男性とロシアの女性、そして沙織を入れて全部で6名。 奥の寝室に先に進んだ人間が、自分のベッドを確保していた。
「ここを使っていいかしら?」
「ここを使わしてもらう」
各自、自分のベッドを確保して、ベッド下に着替えを入れる。
なんとなく気の強そうな人が、ベッドや座席を確保し、自己顕示力の強さで物事が決まっていく。
それほどこだわりのない沙織は、そこは「まあいいわ」と気軽に流し、一番奥の端のベッドに行き、持った着替えをベッド下に入れ、自分の歯ブラシとか私物の手帳やペンなどの日常品はボックスに入れる。
ここのメンバーは比較的、真ん中が好きな人が多いようで、端のすきな日本人の沙織にはありがたい気がする。
「沙織、隅っこは、やりづらくない?」
その隣を使うインドのバルに聞かれる。
「どこも同じ。スペースは同じだから。・・でもベッドで寝れるのは助かるわ。宇宙船は立って寝るから、全然疲れが取れない。いくら訓練といえ、宇宙再現で安全ベルトかけて、ミイラのように縛られての立ち寝は、辛いからね。まだ本訓練に入ってないことに感謝ね」
と答える沙織。
「まずはコミュニケーションの訓練になります。密閉された空間の中で、ディベートを行い、互いにコミュケートを円滑にしてもらいます」
ミーティングルームに集まった沙織達に、課題を発表するモニカ。
「ディベートか。・・・どうもディベートは好きになれないのよね」
ディベートは、いいも悪いも自分が属した意見で、相手と論議して勝たなくていけない。そこが日本人には向いてない訓練の一つと思っている。
「日本人はグレーが好きなんだよね。ディベートは討論と言うけど、勝負が掛かるから、結局は揚げ足取りなんだよね」
それは遺恨を残し余計コミュを遮断する原因になるんじゃないのかと、口には出さないが、そう思う沙織。
モニカからの議題が出る。
議題は『浮遊する未知の鉱物を調査。その鉱物に含まれる未発見レアアースを確認。その場合、鉱物の取扱についての処理の仕方の議論。結論は最優先で地球に送る?イエスorノー?』
たまたまモニター手前にいるイスラエルのジンが『イエス』。向いに中国のユアンが居て彼女は『ノー』に。モニカが順次、指名していく。
ジンの隣にいた沙織がイエス側になり、向いのユアンの隣のインド人のバルがノー・・・イエスとノーと座席に座った順番で振り分けられた。
沙織たちのイエス・グループは、ノー・グループと離れ、議題確認をする。
まずはリーダー決めではイスラエルのジンが『イエスのリーダー』に選出、サポート役・サブリーダーに沙織が決まった。
ジンは議題について『イエス』いいことを書き出し、出た意見の反論を列記して検討を始める。
そして『ノー』についての意見も出し、イエス側から出す『ノー』への反論を箇条書きし、その時に対抗して言ってくるだろう反論も予想して、メモに書き出す。
こちらのスタンスとして、向こうの出したこちらへの反論を、論破するカウンターで進行させていく戦略に決まった。
主な『イエス』論では、ジンの意見を中心に、それをみんなで暗記。意思を統一を確認し、各自が納得したところで、リーダーを中央で対峙して席についた。
相手のリーダーはインド人のバル、サブに中国人のユアンが付いている。
「宇宙での作業は簡単なものしか出来ないので、見落すことが多い。地球で調べるべき、というのが結論です」
まずはイエスの意見で、ジンが簡単に口火を切る。
当然ノーのバルの意見は
「未知なものを地球に持ち込むのはリスクがある。宇宙で調査するべきだ」
と、議論の対峙を示す。
「当然、殺菌は行ってから出すに決まっている」
「未知な鉱物となっている。従来の殺菌で取れるか疑問がある」
「それなら、もう私たちも犯されている可能性がある。速やかな地球の調査の答えが必要」
と沙織が提言。
「鉱物なら保管が可能だ。急いで送る必要はない。犯された場合も同様、症状を見る必要がある。このまま待機です」
サブについたユアンも意見に加わってくる。
「未知のなもので、もっと厳密な調査がいる。待っていても進展がない。宇宙で出来ることなど限られているのだ。すぐに地球の判断に委ねたほうがいい」
イエスの意見の仲間も加わって来る。
「映画エイリアンにあるように、わからない奥に生命体がある可能性が否定できない。未知なウイルスなどは地球を破滅させる可能性だってあるのだ。すぐに送ってはダメだ」
そしてノーの意見の者も意見を出してくる。
互いに意見の返答が早くなった。
始まったな、と沙織は見回す。
「我々は宇宙に出て新たなる発見を求めている。それを留め置くということは、そもそもの意図に反している」
「早急に送るのを止めるということだ。出来る限り宇宙で検査する必要がいるということだ」
「我々は採掘者であって、権限は地球側にあるはず。地球に送ることを前提に進めるべきであると思う」
「重要は未知であること。地球に送らなくても、レアアースを採掘できるように作業を試みるべきだ」
「しかし採掘したものどうするか?地球に送らず、宇宙で得た場合、権利は何処のものになるのか?他国の利権が出れば宇宙での隠匿さえおきかねない。公にする意味も含めて、早急に地球サイドに委ねるべき」
積極的にジンが意見を出し、対抗のバルの意見が出る。それに添ってディベートが進む。
そしてよき頃合いで、モニカの質問ブレークが入る。
「物質のレアアースらしきもとともに未知のウイルスも検知した。生物である宇宙生命体。そのウイルスをみんなはどうするの?」
ノー側は、「宇宙で保存です」
イエス側は、「破棄はしません。しかし完全密封で保存です」
うなづく質問者モニカ。
「どちらも保存は決定するということね。そして問題点は処理の仕方だということでいい?」
うなづく全員。そしてノー側は
「保管して、新たなる分析機械を持ってくる必要がある。そして宇宙で生体の実験作業します」
バルが意見を出して、それに反論に回るジン。
「遅い。行動はスピーディーに進める必要がある。生命体であるなら、保存中に死滅の可能性もある。完全密封して地球に送るべき」
・・・攻守の意見立場が変わった。
「もし送る手順でミスがあり、地球に漂着したり飛散したりしたらどうする。やはり宇宙にて作業が望ましい」
「もしもの可能性を出してはいけないと思う。万全の対策で行う作業だ。そして宇宙での作業が出来るまでどのくらい時間がかかるかわかったもんじゃない。我々は作業するために宇宙にきた。義務を果たそう」
と、沙織は意見の攻守を変えようと試みる。
「義務ではない業務だ。それは安全第一に行うべき」
と、ユアンが乗ってきた。
「業務ならなおさらです。ビジネスなのだからリスクはつきもの。迅速な対応が第一になるのでは?」
と、またこちらの主導に戻すことに成功した。
意見と反論が繰り返される。
「はい時間です。今の議題を講師陣で拝見しました。少し確認して結果をお知らせします」
モニカからタイムアップの知らせが来て、試験者たちは立ち上がり、飲み物を補給したり休憩に散る。
ちょっと疲れて椅子にもたれかかり、ため息をつく沙織。
「沙織はディベートは嫌いか?」
隣に座っているリーダーのジンが小声で聞いてくる。
「ええ、意見は冷静に平等に聞きたいほうなので、こういう戦いに似た言いあいが苦手」
頷くジン。
「でも意見は的確で攻撃的だったぞ」
「相手の意見が、甘い感情論だからツッコミを入れただけ」
ようは沙織は自分が間違っていると思いながら、嘘を言うのが苦手なのだ。
10分のインターバルの後、再びモニカがモニターに現れる。
「みんな揃ってますか?・・・こちら側は今のディベートを見て、検討した結果、『イエス』の意見が優位で、やはり『早急に地球での検査に切り替えて、送るべき』というのが多数の意見になりました。宇宙では迅速な作業進行が大事。そのためにバックアップは地球に任せるべき。ということでイエスの意見に賛同しています。よってディベートは『イエス』側の勝者となります」
それを聞き、立ち上がってみんなにお礼言うジン。
モニターが消えて、夕食までの休憩時間に入る。改めてジンが話しかけてくる。
「よかったな沙織」
「うん、でも私の意見は、やはり『宇宙で処理すべき』のほうなんだよね。そんなに急いでビジネス第一にしなくてもいい気がしてる」
「同感だ。ウイルス・リスクは私も問題だと思う。自分は地球には知れせず、破棄したいくらいだ」
「あら、ジン、イエスで勝って喜んでいたのに。でもそれは契約違反になるよ」
「いや気持ちの話さ。個人的な嫌悪感でしかないよ」
「本当そう・・・だから馴染めないんだよね。ディベートって・・・」
「沙織、なんでディベートをして、意見をどっちかに決めるかわかる?」
ディベート用に出したメモを片付けながらジンが聞いてくる。
「どういうこと?」
「正しいか正しくないかはディベートでは求めてないからだ。・・・見ている他人が意見を戦わせているこちらを見て、内容を聞いて、どう考えさせるかが、ディベートの大事なことなんだ」
「分かっている。だけど、そんなことがなんの役に立つのかっていうことよ」
とも思う沙織だが、言えない。それも単なる自分の感想でしかないからだ。しかしその顔を見てジンが聞いてきた。
「納得してないようだね。・・・沙織、真実ってやつは、いくつあると思っている?」
「そんなの決まってるじゃない。名探偵コナンくんが言っているように、真実は一つよ」
「いや違うんだ。真実は無数にあるんだよ。見た人、聞いた人だけに存在する。・・・まあ、沙織、それについても言いたいことがあるのは分かるが聞いてくれ。・・・重要なのは、その場合、内容を全く知らない人にとって、『真実』はどこにあるかなのだ」
「それは、『無い』んじゃないかな。そもそも問題を知らなんだもの」
「その通り。だからその人は真実を知る人に乗るんだ。見ていて『真実』を喋っているように思う方に乗る。民衆を揺らし、こちらに乗せるようにするのがディベートだ。・・・本当は勝った負けたはない。真実はこちらにあるように見せて民衆を乗せる。それが大事なのだ」
「それって嘘でしょ。ひどくない?」
「嘘も100回いうと真実になる」
「だけど後でバレて、痛い目にあうわよ。どこかの国のように嘘ついて、ばれたら人のせいにする。そういう国が世界には多いのよ。本当嫌になる」
「たとえそうだとしても・・・・周りに敵だらけなら、嘘もつく。殺されないためには嘘もつかないとやっていけないのだ。・・・我々はいつもそうしてきた。生きるためには嘘はいくらでも言う」
イスラエルのジンは荷物を持ち、立ち上がる。
「世の中、勝った負けたは重要だが、本当に大事なことは、『争った後に生き残るかどうか』なのだ。そのためには他人を巻き込むことが、とても大事なことで、味方のいない国は滅ぼされてしまうということなんだよ」
真剣にいうジン。沙織が真顔でそれをみつめていると自嘲気味に微笑むみ、飲み物を取りに、レンジ横の冷凍庫に去って行く。
食事前に、沙織は隣の個室検査室に入り、検査をしてもらう。
病院とモニターがつながっていて、モニターに医療・総括責任者のキャンベル医師が映り、挨拶する。
「こんにちは、沙織。各自の体調は、こちらで24時間モニタリングして追ってます。ですから異常が起きましたらお知らせします。安心してお過ごし下さい。・・・ご自身で体調不良などを感じた場合でも、こちらに繋いでくれれば、すぐに調査いたします。・・・毎日のルーティンで自分で検査したくなった場合、手前にある検査機器は使用可能なので、いつでも簡易検査は行えます。手軽に行って構いません。使用方法や結果の数値で、わからないことが発生しましたら、こちらを呼んでもられば、いつでもアドバイスいたします」
沙織の手前に血圧計、簡易心電図計、などの自分で扱える機器も並んでいる。
「ドーム内で生活中は、毎日朝と夕の検査をお願いします。データー統計にしてますので、お忘れなく」
一連の説明を終えるとキャンベル医師、カメラ正面から体をずらして後ろに座る他のスタッフを見せる。
「心理、健康管理のスタッフも常駐しておりますので、すぐに対応できます。些細なことでもかまいません、こちらにお伝えてください」
数人いるテーブルで待機してるメンバーのスタッフたち、沙織に手をふり、挨拶をする。
その中に友人のエロい女・エドナもいる。
「おー、エドナ。ちゃんと働いているじゃない」
と沙織は微笑む。
沙織、消毒済みの針を出し、指先に刺し、検査シャーレに血を一滴入れて検査器に差し込む。
それを検査装置が測る。
ヘモグロビン、糖質。コレステロール、ゆっくりだが数値が目の前にある画面に出てくる。
モニターの中のキャンベル医師が答える。
「平常です。昨日と変わってません。」
「了解です。ありがとうございます」
キャンベル医師が立ち上がると、モニター前の人間が、エドナに変わる。
「精神状態はどうですか?沙織井上」
「ええ、まったく不安がありせん。エドナ」
エドナ、ニコッと笑うとざっくばらんで話し出す。
「・・・どう沙織、試験の方は順調?」
「普通、頑張ってるわよ」
「落ちないでね。仕事の楽しみが減るから」
「了解。・・・エドナ。あなたは口紅が赤すぎると思います。血でも啜ってきたみたい」
「ノー。聞こえません。これは私のアピールです。私はここにいますってアピールしてます。なのでこんな感じでいいのです」
「男にだけアピールでしょ・・・」と言いたかったが、モニター同士の会話は記録されているし、みんなが今、見てるので言わないでおいた。
「了解。一所懸命がんばります」
一応、カメラに手を振り、こちらも愛想を振りまく沙織。




