9,点灯訓練
「この背中、邪魔だな」
目の前にそびえる巨大な背中のせいで、講師が記述するホワイトボードが見えない
「全くマイケルはデカくて困る。後ろの方に座ってくれればいいのに」
マイケルが沙織の視界を邪魔している。しかし席は自由に選べる。どこに座ろうと個人の勝手で、好きな所に座れる。嫌なら、自分が見える所に移動すれば済む話である。
今日は宇宙食の講義。ホワイトボードには宇宙食の必要な要素が並べて書いてあり、宇宙食にしては美味しそうな写真も添えられている。
「お腹が減っていると、なんに対してもなんでもムカつくんだよね」
するとマイケルがそれを察してか、振り向いて聞いてくる。
「沙織、腹減ってないか?」
「え?まあ、よく分かったわね」
マイケル、ポケットからスニッカーズを出し、沙織に差し出す。
「どうしたの?すごい気がきくね」
「沙織のことならなんでも分かる」
「どうだか、分かるんだったら、白板見えないからどいてくれってちゅうのよ」
沙織は、スニッカーズをもらって食べる。しかし、なぜか食べているスニッカーズには味がない。
「なぜ?変なの。これも宇宙食?・・・それより何故、マイケルが、この教室にいるのだ?」
沙織、見回すと、やはりここはハンモックの教室で、中国人のユアン。ブラジル人のケケ。イスラエルのジン、その他がいる。
「うん、ここはハンモックだ。・・・そしてレイだっているし・・・あれ変ね?レイ。なんか違う」
レイの姿は昨日会った感じの姿ではなく、パルテノンの頃のとんがっていた精悍な顔をしており、身体も何処ことなく痩せている。
「ここはハンモックなのか?」
周りを見回す沙織。
すると・・・昔のパルテノン時代の痩せたフィリップいて、その横に痩せたジョンがいる。そして死んだリチャードがいて、死んだミッシェルもいる。
そしてそして死んだマイケルが今ここにいて、沙織に話しかけている。
「沙織、話があるんだけど」
「え?何?」
マイケルが沙織を見つめ聞く。
「沙織、結婚してくれ」
え?なんでいきなり教室でプロポーズ?それも授業中に。
でもこれは、これから宇宙に行くという使命を持ったパルテノンの時には踏み出せずいたあの思い。・・・だけど何故、今?
「うん。まあ、・・・そうね。いいわよ。結婚しましょう」
と沙織は軽くオッケーの返事をしてみる。
するとマイケルが立ち上がって、喜んで大声で叫ぶ。
「よっしゃー。イエス、イエス、イエス」
「やめてよ。いきなり大声で」
すると周りのみんなが集まってきて祝福してくれる。
「おめでとう。マイケル」
「おめでとう沙織」
と言い出し拍手。そして「キス、キス」のコールが始まる。
「やめて、どう言うことなの、これは?」
周りのみんながキスしろと騒ぎ出し、手拍子まで始めるしまつ。
「キス、キス」
「こんなところでキスなんて・・・」
と思った瞬間、場所がパルテノン宿舎の近くの、最初にマイケルに付き合いを申し込まれた思い出のグランドに移動した。
「そうか、これは夢だ。夢なんだ。だからいいんだ。・・・ならば今この時を、楽しむべきだ」
そう夢の流れのまま、昔のように、かつての恋人のマイケルの顔に「仕方ないわね」と、口を寄せていくと、突然・・・
ブーボー、ブーボー
と緊急事態が発生した警告音が鳴り響く。
「何、何処?どこでなっているの?」
見回すが音を発するものはない。
そして周りの人間は聞こえてないようで、相変わらず、「キス、キス」のコールを繰り返している。
「何か異常が起きている。・・・そうこれは爆発する時の注意信号。・・・まずいわ。ここは爆発する。みんな爆発するわよ。逃げて」
沙織、周りにいる人間に、絶叫して伝える。
「みんな聞いて、爆発する、逃げてー」
でも周りのみんなはそんなこと、気にしないで「キス、キス」と笑ってコールしている。
「気がついて。爆発するのよー。みんな死んじゃうのよ」
と、声の限りで絶叫すると、その自分の声で、沙織は目を覚ました。
汗をびっちりかいて、飛び起きた沙織。
ここはハンモックの宿舎の自分の部屋のベットの上。
「何?どうしたの?」
部屋の暗闇の中にパソコンの画面が立ち上がっており、明るく灯っている。
そのパソコンにつないであるスピーカーから
ブーボー、ブーボー。
警告音は、沙織の部屋全体にリアルに響いているエマージェンシーであった。
沙織、ベットから飛び出し、パソコンに辿り着くと、画面には『エマージェンシー。ファイルナンバー、E−305。CD−4・R15。付属のコード122』の文字が表示されていることを知る。
「ここでもやるのか。深夜コール」
沙織、壁にある本棚より、分厚い対応ファイル中から、Eフェイルを抜き出し、305ページを開く。そこのCDー4の項目を開き、調べる。
項目には機械見取り図が掲載されていて、その部品が『酸素生成の機械R15』であることがわかり、そこからコード122検索を始める。
コードナンバーは、故障コードであった。機械R15のコンデンサーが破損していて緊急エマージェンシーが発動されていたのである。
沙織、想定されたハンモック船内のシステム地図をパソコンで出し、検索をかけると、居住エリアの『化学反応で生み出す酸素作成装置』の所に赤い点滅ランプが点っているのを見つけた。
「はい、問題個所発見セリ。・・・えーと、コンデンサーか。船内にあるコンデンサーの在庫を知らべて、確保。それを移動して、パソコン上で、入れ替えて交換。そしてシステム始動。・・・よしよし、ちゃんと機械が動いているのを確認。止まっていた酸素タンクに補充を開始。充填しているのを確認して終了と。・・・あとはエマージェンシー処理の時間と名前を記載して。日誌にアップロードすれば・・・」
パソコン画面のエマージェンーが消える。そして「グットジョブ」と表示されて画面が、黒字にニコニコマークのスクリーンセーバーに変わった。
「やはり、ここでも深夜エマージェンシー・コールをやるのか。・・・これがあると、突然、起こされて睡眠が減る。・・・あぁー、これから寝不足の日が出るね。ツライなぁー」
沙織、あくびをしながら、部屋の時計を見る。
「2時か、あと3時間寝れる」
布団に潜る沙織。瞬間に眠りに落ちる。
翌朝、走る沙織の体が重い。
毎日の課題にされている走り込みトレーニング。基礎体力の一環としてカリキュラムに組み込まれているので、パスは出来ない。
そして本日は障害物トラックの走行。
「眠い。頭の50%は寝ているな。・・・人間もさ、イルカみたいに半分の脳が寝て、半分起きて生活出来て、次は、交代して逆がやれるとか、そんな素晴らしい訓練方法は発見されないもんかね」
眠い沙織は、いつもよりスピードを落として走っていると、後発でスタートしたレイに追いつかれて、茶化される。
「どうした?お猿・沙織のお得意の障害物競争だぞ」
「眠いよレイ。深夜の2時にサイレンが鳴った。・・・今日は寝不足なので、ほどほどにいくから、ほっといて」
「ああ点灯訓練が始まったからな。それに当たったか、御愁傷様」
レイの言う『点灯訓練』とは、就寝時いきなり電気がつき、アナウンスが流れ、故障を知らせる。それに対応した復旧作業を開始。素早く処理をして終えるという対応訓練。
「まあ仕方ない。何が起きてもすぐに対応しなきゃ宇宙では命取り。日頃の訓練は大事だもな。でも沙織は経験済みだろ?慣れたもんじゃないのか?」
作業自体は、大体10分程度のパソコン処理だが、安眠中に、いきなり起こされてする作業は辛い。
手際よく作業を済ませ終了できればいいが、手間取って脳が完全に覚醒してしまうと、そのあと目が覚めて眠りにつけなかったりする。
「あんなの何度やっても慣れるわけない。寝る努力はしたけど、私は寝付きのいい方じゃないのよね。ひきづって頭がぼんやりする。しんどいのよ」
「あれ?沙織は、布団に入ると3秒で寝るってマイケルから聞いていたけど・・・」
「そういう時もたまにある」
笑うレイ。
沙織、走っていると先発したが遅れて、追いついてしまった試験者が出てくる。抜く時、表情を見るとやはり眠そうで、昨日訓練を食らったと思われる。
「あっちもやられたクチね。睡眠不足はつらいのね」
他にもフラついて遅れてながら走ってる奴をいる。どいつも朦朧としながら走り、目にクマを作っている奴もいた。
「点灯訓練は自律神経をやられるんのよね」
「まあ辛いやつは、無理せず寝てりゃいいんだよ」
相変わらず、レイの意見は手厳しい。
「何言ってんの。同じ仲間じゃない応援しようよ」
「いや潰れてくれた方が、人数が減って、こちらが残れる可能性が増える」
「相変わらずクールね、レイは」
沙織、声に出さないけど手を振って『頑張って』と一応、エールを送る。
「おはようございます」
陽気なブラジル人のケケ、一番の体力バカが、沙織の後ろから追い抜く時に大声をあげて挨拶してくる。それもどこで覚えてきたのか日本語で挨拶。
「おはようございます。ありがとう。日本語で言ってくれて」
「大好きな沙織のため、日本語を覚えたよ」
本気かどうかわからないが、相変わらずハッキリ言ってくる男だ。
「モテモテだね沙織」
笑っているレイ。
ケケ、微笑むとスピードをあげて、前を走る中国人のユアンに追いつき挨拶する。
「ワンシャンハオ」
「違う。早上好」
「サンキュー」
笑顔で答えて、ユアンの訂正も聞かず、まだ前を走る人間を見つけると速度を上げて近寄っていくケケ。
ケケは、笑顔でみんなを抜き去り、声をかけて励まして回る。
「奴は、すごいな。一週間ぐらい寝ないで作業しそうな体力だな」
レイが感心する。それほどケケのパワーは有り余っている。
トレーニングトラックからコースは森の奥に進み、山を越えて走りつく場所は、湖に向かう川の上流にあるカヌー出発用桟橋のところ。
本日の野外訓練。
「今日はカヌーと水泳です。カヌーで川をくだって湖の淵で下船。そこから湖の反対側にあるドライブイン場所まで、水泳で泳ぎ渡ってください」
全員が到着するとスタッフから説明を受け、スタッフにウエットスーツを着せてられたものから順に2人ずつ、試験者はカヌーに乗せられて、出発させられる。
川は、あまり太くないため流れが早め。小型なカヌーなので川の流れに任せた方がよく進む。
パドルには力を入れず、軽くかく程度し、方向転換に突き立て使用しながら進む沙織。
カヌーは不安定で前後がくるくる回ったり、転覆したりしたが、スタッフがすぐに助けてくれるので心配はない。
力は必要ない。沙織はコツを掴むと結構簡単に操ることができた。
そして湖(小さな池程度)に到着。そこでカヌーを置き、ウエットを脱ぎ、水泳になる。しかし泳ぎである。今日は眠い。体がだるい。しんどい。
結構、必死になって泳ぐ沙織。
「死ぬー」
沙織はなんとか湖の対岸に着くと、先についたケケが元気、はつらつで出向むかえて、泳ぎ着いた仲間にペットボトルのスポーツドリンクを配っていた。 沙織もケケからドリンクをもらった。
「タフだね。ケケは」
「得意だ。体力訓練は」
「素晴らしいねケケ」
ドリンクを飲みながらケケを誉める沙織。
「明日はパラシュート降下と20kmの山岳縦断で帰還。今週は体力勝負の週間なのだ」
「そうだったわね」
「体力が一番ある自分は、ここでポイント稼がないと合格できないからね。プッシュ、プッシュ。オッケー」
と元気満タンのケケと談笑していると、湖岸に浮かぶモーターボートがすごいスピードで、湖の真ん中に走っていく
「あ、なんか起きたようね」
沙織、湖を気にしてみていると、スタッフが来て
「お疲れ様、向こうに用意されている車で、宿舎に戻ってください」
と案内してくる
「あれ?どうしたの?終わりのミーテングはしないの?」
「一人、溺れました。アメリカ人の・・・」
「あ、さっき夢遊病者のように走っていた『点灯訓練』を食らった人間ね」
多分、睡眠不足状態のまま泳いでいて、力が尽きたのだろう。
しかしこれも訓練、厳しいが乗り越えなくてはならない。
沙織、宿舎に戻りシャワーを浴びて着替えをする。ここオーガスティンは暖かい気候なので、濡れた髪の毛をわざわ乾かす必要もない。
「ショートカットにしていてよかった。楽ちん」
しかし連日の過酷な訓練で、体が強張っている気が付く沙織。
すぐに寝てしまおうかと思ったが、あまり早く寝ると睡眠時間が多すぎて、今度は脳が回らなくなる。しばらく起きて生活リズムを整えた方がいい。
ならば、体をほぐそうと沙織、電話で連絡してマッサージを予約する。
パイロット養成の宿舎は、精神や肉体などの各種のメンテナンスを受ける設備が充実している。沙織はマッサージで1時間、体をほぐしてもらうと食堂に行き、飲み物を注文する。
飲食も24時間、好きな時に食べれる。栄養管理のプロがプログラミングしてメニューを作ってくれているが、各個人が従うのかどうするかは、自己管理に委ねらている。
沙織、ストロベリー味のプロテインを持ち食堂を通過していると、テーブルでインド人のバルが、食事をしている。
「沙織、ここの食事は全部、甘い。美味しくない」
呼び止めるようにして話しかけられた沙織は、バルのテーブルに座る。
「カレーとか辛いのあるじゃない。それを食べればいいんじゃない?」
「ダメ、ダメ。ただ辛いだけじゃダメだ。もっと香辛料を入れてくれないとダメだ」
バルが食べているのは、唐辛子の魚の煮付け
「それで辛くないのなら、味の調節用の棚に辛子あるよ。もっと入れたら?」
「だめ。スパイスで辛くして欲しいのだ」
「バル、そりゃ調理の時にしなきゃ無理だよ。・・・バルは、それ辛くないって言うけど、辛子がダメなら、ワサビは入れたことある?」
「何?ワサビって」
「辛いのよ。日本の香辛料」
沙織、食堂の調節棚からワサビを見つけ出し、煮付けに一押し、つけてあげる。
「これくらい?」
「量は分からないけど、もっとたくさん辛くして欲しいんだ。沙織」
「オッケー。・・・でも大丈夫かな?」
チューブの練りワサビを太く2本、端から端まで乗せる。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます。・・・・・うーーーん。」
眉間にしわせて唸るバル。
「沙織、だめだワサビ。辛くないじゃないか。・・・そんなことより鼻が痛い。脳みそ壊れる」
悶絶するバルを見て笑う沙織。
そんなところにイスラエルのジンが入ってくる。
楽しそうに笑うこちらに来て、渋い顔で言葉を漏らす。
「試験者が一人減った」
「今日の湖で溺れた人?」
頷くジン。
今日溺れたのはアメリカ人女性試験者だが、今日と明日に精密検査が必要とされた。
カリキュラムに遅れが出ると休日返上で訓練になる。それがつらいらしい。
それよりなにより、この後も訓練を続けようとする気力が折れてしまったようで、今日付けで訓練辞退を申し出て去ることになったようだ。
「脱落者ということか?」
「仕方ない。自分もこんな過酷とは思わなかった」
バルの問いに、ジンも感想を言う。
「なにを言ってるのあなたたち。ここでは膨大な金と、私らの命かかってるのよ。半端な根性じゃやっていけないのよ。プッシュ、プッシュ、オッケー」
「ケケの口癖だ」
ケケを真似した沙織の言葉に、笑うイスラエルのジンとインドのバル。
何日も続く訓練で、試験受験者の得意不得意もわかってきた。
そして少しづつだが、なんとなく気が合う人間もわかってきた。




