11 桐生がノリ気になったワケ
「桐生って、最初はそんなに乗り気じゃなかったよね?」
数学の勉強会が決まった後、俺は桐生に声をかけた。確かに入部した時の桐生は、ただ「親や教師の監視がない時間くらい寝たい」って理由だけだった。
「ああ、そうだな」桐生が苦笑いする。「正直、最初は自分のことしか考えていなかった。でも――このメンバーで青春するのって、いいなって思ったんだ」
「お?」
思い返してみると、桐生の変化には明確なきっかけがあった。
それは睡眠部が活動場所を暗室にしてすぐことだった。俺たちは初めて暗室で本格的な昼寝をしようとしていた。
「うう……やっぱり眠れない」
じゅのが持ってきた布団の上でゴロゴロしている。不眠症気味だから仕方ないんだけど、真っ暗な暗室でもやっぱりだめみたいだ。
「私も……なんか緊張しちゃって」みもも小さな声で言う。
「慣れるまでは時間かかるよね」唯光が優しく声をかける。
でも、桐生だけは違った。すぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。さすが、本当に疲れてるんだな。
その時、俺は軽い予知夢を見た。
桐生が職員室で先生に呼び出されている夢だった。
俺は起きてすぐ、桐生を見る。横向きで膝を折って眠っている。
「桐生、起きたほうがいいかも」
「ん……?」
桐生がゆっくりと薄目を開ける。ぼんやりした表情だ。
「寝ているところ起こして悪い、このあと、職員室に呼び出されるかも。夢で見たんだ」
「そうなのか……? ありがとう」
桐生はゆっくりと起き上がって、しばらく座ったまま頭を振る。まだぼーっとしていそうだ。
「……低血圧でな。起きてすぐは頭がぼんやりするんだ」
「そうなんだ?」
「ああ。だからいつも起動できるまで、時間がかかる」
確かに桐生は、起きてから五分くらい経つのに、じっと座って静かに呼吸をしている。それからようやく立ち上がって身支度を整え始めた。動きがようやくいつもの桐生みたくなってきたところで、ちょうど校内放送で桐生の名前が呼ばれた。
「朝日奈……ありがとう。早めに起こしてもらえて助かった」
桐生は少し驚いていただ、職員室に向かう前、小さく俺に礼を言った。
次の変化は一週間後だった。
みもの様子がおかしかった。明らかに元気がないのだ。
いつものじゅののおふざけにも、控えめに笑い、すぐ俯く。
そしてその日の夜、俺は予知夢でみもが一人で泣いている場面を見た。
でも、どうしたらいいかわからなくて。
「桐生、相談があるんだ」
俺は翌日、桐生を廊下に呼び出した。
「みものこと?」
「わかるのか?」
「ああ。表情を見ればだいたい。それで、何か手助けできることはあるか?」
「実は……」
俺は予知夢の内容を話した。桐生は腕を組んで真剣に考え込む。
「でも、どう接したらいいんだろう」桐生が困ったような顔をする。
「俺、女子のことはよくわからないし」
「だよな。俺もどうしたらいいか」
「かといって、プライベートなことだったりするかもしれないから、いくら部員だからって唯光やじゅのに話すのも……」桐生が眉をひそめる。「本人が話したくないから黙ってるのかもしれないしな」
「そうなんだよ。でも放っておくのもな」
俺たちは廊下で腕を組んで悩んだ。男二人で女子の気持ちを考えるって、けっこう難しい。
「とりあえず」桐生が決断する。「さりげなく様子を見るということで」
「そうだな。積極的に聞き出すのは違う気もする。何かできることがあったらサポートする感じで」
放課後、活動場所である暗室に行くと、みもの枕の上には綺麗な字で書かれたメモが置いてあった。『何かあったら遠慮なく相談してください。桐生』
みもはそのメモを見て、小さく微笑んだ。
そしてその後、みもは俺たちに理由を教えてくれた。
「実は……好きな少女漫画の連載が終わっちゃって」みもが恥ずかしそうに言う。「三年間読み続けてたから、すごく悲しくて」
「え?」
思わず「それだけ?」と言いそうになったが、ぐっと堪えた。
「そんなことで? って思われるかもしれないけど、私にとってはすごく大切で……日常の一部だったkら……」
「いや、わかる。大切なことだよ」桐生が真面目に答える。「好きなものを失うのは誰だって辛いからな」
俺たちが真剣に心配してたのは、もっと重大な問題だと思ってたから、ちょっと拍子抜けした。でも、みもにとっては本当に大切なことだったんだろう。
俺はうっかりでも「それだけ?」なんて言わなくて、本当によかったと思ったと同時に、桐生がすぐ返した真面目な言葉を聞いて、かっこいいやつだなと思った。
こいつと友達であることを誇りに思った。
***
そして決定的だったのは、じゅのの件だ。
放課後、皆で他愛のない話をしていると、唯光がじゅのを見て、ふと気づいたように言った。
「じゅの、なんか顔色悪くない? 大丈夫?」
「まじ? あー、昨日も眠れなかったからかな」じゅのが頭をボリボリかく。「三時まで起きててさ」
「何してたの?」「ゲーム」「そりゃゲームしてたら眠れないでしょ」
「ちーがーうー。眠ろうと思ってしばらく目閉じてじっとしてるけど、眠れる気配もなくってさー。それでもう諦めてゲームしてたのー」
机に突っ伏しながら答えるじゅの。
「それはまずいな」桐生が眉をひそめた。「睡眠不足は体に良くない」
俺もスマホで眠れる方法について検索して、「不眠症にはいくつか改善方法があるって。規則正しい生活リズム、適度な運動、寝る前のリラックス方法――」と読み上げたところで、じゅのにシャットアウトされた。
「わかってるけどさー、眠れないもんは眠れないし。温かい牛乳飲んだり、アロマ焚いたり? 色々言われてることは試してるんだけど無理なもんは無理なのー」
桐生が突然時計を見て立ち上がった。
「……そうか。すまない、少し用事がある」
皆はぽかーんとした。が、「塾でも忘れてたのかな?」と、もとの会話に戻った。
驚いたのは、その翌日だ。
桐生が小さな紙袋を持って現れたのだ。
「じゅの、気乗りしなかったらいいが、よかったらこれ試してみてくれ」
袋の中には、色とりどりの小さなパックが入っていた。
「これ、ハーブティー?」
「ああ。近所に自然派食品の店があってな。17時に閉まるからまだ間に合うと思って買いに行ったんだ。不眠に効くものを聞いて選んでもらった。カモミール、ラベンダー、なんとかフラワー……名前は忘れたが、何種類かあるから、好みのものがあるかもしれない」
じゅのの目がキラキラと光った。
「桐生……お前っていいやつだな?!」
じゅのが桐生の手を握って、目を潤ませている。
「?!」
桐生が困惑した顔をする。そこまで感動されるとは思ってなかったらしい。
「いや、大したことじゃ……」
「大したことあるよ! だって、私のために、わざわざお店まで行って選んでくれたんでしょ?」
桐生の顔が少し赤くなった。
「当然のことをしただけだ」
そのやり取りを見ていた唯光とみもも、感心していた。
「桐生って、面倒見いいよね」唯光が言ったので、俺も含めて全員でうんうんと頷いた。
「な、なんだ?? あ、お前らもほしかったのか? すまない、今回はじゅのの分しか――」
と、それを見た桐生はただただ動揺していたが。
***
その夜、じゅのは家で何種類かのハーブティーを並べてみて、気分でカモミールを選んだ。
お湯を注ぐと、優しい香りが部屋に広がる。
「いい香り……」
じゅのは湯気を吸い込んで、嬉しそうに目を閉じた。心がほっと落ち着く感じがする。
残りのハーブティーはお守りのように枕元に置いて目を閉じる。
今夜は少し、眠れるかもしれないと思った。
***
「だから、睡眠部の活動のためなら、これくらいはと思うんだ」
桐生が少し照れくさそうに言った。
「最初は自分の都合だけで入部した。でも、みんなと過ごしているうちに、このメンバーでいることが楽しくなった」
「おお、桐生がそんなこと言うなんて。俺嬉しい」
「朝日奈の予知夢も、最初は半信半疑だった。でも、実際に人の役立つのを見て、これは本当にすごいことだと思った」
桐生が真面目な顔で続ける。
「みんなそれぞれ事情があって、でも一緒にいると何だか安心する。だから、俺にできることがあるなら、何でもしたい」
なるほど、そういうことか。桐生なりに、この睡眠部が大切な場所になったんだな。
「桐生……」
「すまない、柄にもないことを言った」
「いや、嬉しいよ。俺たちも桐生がいてくれて助かってる」
桐生の頬が少し赤くなった。やっぱりこいつ、素直じゃないな。
でも、そんな桐生だからこそ、睡眠部には欠かせない存在なんだと思う。




