10 部室確保大作戦
「で、問題は部室だよな」
放課後の教室で、俺たちは円になって座り込んでいた。睡眠部として正式に認められたのはいいけど、肝心の眠る場所がない。
「確認したけど」桐生が手帳を開いて言う。「空いている教室は、ほとんどないな」
「マジで?」じゅのが制服のスカートの上で体育座りしながら首をかしげる。「この学校、そんなに部活多かったっけ?」
「そもそも部室としての使用が認められていない部屋か、既に他の部活が使用中」
唯光が顎に手を当てて考え込む。「うーん、困ったね。芭空君の予知夢も、環境が大事だと思うし」
そうなんだよな。屋上でたまたま見られたからって、毎回屋上で寝るわけにもいかないし。
「あ、でも」桐生がページをめくる。「理科準備室が一応空いているみたいで」
「理科準備室?」
「あぁ。今は部活動での使用はされていないらしい」
俺たちは顔を見合わせた。とりあえず見に行ってみるか。
***
「うぁっ……」
理科準備室のドアを開けた瞬間、みもが小さく悲鳴を上げた。
部屋の奥には骨格模型が置かれていて、その隣には人体解剖図のポスターが並んでいる。
「臓器一覧……覚えられそう」
「脾臓、腎臓、小腸……」
消毒薬なのか、やけに清潔な香りがするのもけっこうきつい。
「これは……」桐生も眉をひそめる。「睡眠には適さない環境ですね」
「無理無理無理!」じゅのが手をぶんぶん振る。「あたし、ただでさえ眠れないのに、骸骨と一緒なんて絶対無理!」
「え、じゅのって眠れないの?」
「そ。不眠症っぽいんだよね。夜中まで起きてても全然眠くならないし」
「それでよく睡眠部入ろうと思ったな」
「オカルトが好きなもんでぇ」
「あ……わたしも」みもがおずおずと手を上げる。「わたし、真っ暗で静かなところじゃないと眠れないんです。電気が少しでもついてると、気になっちゃって」
「そっか」唯光が困ったような顔をする。「じゃあここじゃダメだね。蛍光灯消しても、このくらいはあかるいし」
俺たちは理科準備室を後にした。振り出しに戻った感じだ。
「他に方法はないのか?」
廊下を歩きながら、桐生が再び手帳をペラペラめくる。
「暗いところと言えば、一つ――部室としては使えないが」
「あ」唯光が突然立ち止まった。「そういえば、写真部の暗室って使ってるのかな?」
「写真部?」
「うん。デジタル化が進んで、フィルム現像する機会って減ってるでしょ? もしかしたら……」
俺たちは写真部の部室に向かった。
***
「暗室? ああ、最近はほとんど使ってないよ」
写真部の部長は意外にもあっさり答えてくれた。髪は全体的に無造作にくしゃくしゃだが、ピン留めやヘアクリップであちこちを適当にまとめている。顔立ちは細く中性的、瞳は淡いグレーで伏し目がちだ。表情から感情が読み取れないので、俺は正直、少しびびった。
「デジタルばっかりだからね。たまーにフィルムで撮ることもあるけど、月に一回あるかないかかな」
「それなら」唯光が身を乗り出す。「使わせてもらえませんか? 睡眠部で」
「睡眠部? なにそれ、面白そうじゃん」
部長は笑いながら暗室のドアを開けてくれた。中はちょうどいい広さで、真っ暗にできる。
「ここなら」みもが嬉しそうにつぶやく。「眠れそうです」
「でも現像で使う時はどうするの?」じゅのが聞く。
「そんときは連絡するよ。”お互い様”だしね」部長が手を振る。「それより、睡眠部って何するの? 昼寝?」
「まあ、そんなところです」
俺は曖昧に答えた。予知夢の話はさすがに言えない。
「いいなあ、俺も眠りたい」写真部の後輩が羨ましそうに言う。
「じゃあ決まりね」唯光が手を叩く。「みんな、これでやっと本格的に活動できるよ」
こうして俺たちは、ようやく部室……ではなく、活動場所を確保した。
(結局書類上の部室は不評すぎたが、空いていた理科準備室となった)
***
暗室の半分に、タオルケットや簡易折りたたみマットレス、各々クッションを持ち込んで、簡易的な睡眠スペースを作った。残り半分は写真部が現像で使う時のために空けておく。
「これで芭空君の予知夢も、もっとちゃんと見られるかもね」
唯光が暗室の中で嬉しそうに言う。確かに、屋上と違って人目も気にしなくていいし、天候にも左右されない。
「でも」みもが心配そうに呟く。「じゅのちゃんは大丈夫? 眠れるのかな」
「あー、それなんだけど」じゅのが頭をかく。「目瞑ってるだけでも、眠ってるのと同じような効果あるみたいだしさ。しばらくはそれでもいいかなって思ってる。それに、もし寝てる時になにかあったら、起きてるあたしが記録とか対応できるし?」
それはそれで、睡眠部にはプラスかもしれない。
俺は暗室の中で深呼吸した。ここで見る予知夢は、きっと今までより鮮明になるだろう。そんな予感がしていた。
ただ――「お互い様だしね」。
写真部の部長がそう言った時、俺は正直ピンとこなかった。だって、俺たちは写真部に何もしてあげてないじゃん。一方的に暗室を借りるだけで。
でも、その謎は翌日解けた。
「桐生、昨日の写真部の件だけど」
放課後、俺は桐生に声をかけた。
「ああ、あれか」桐生がいつもの調子で答える。「実は事前に根回ししてたんだ」
「根回し?」
「そう。写真部の部長が勉強に困ってるって知ったんだ。それで、数学を教えてやってもいいぞって」
「おぉ。桐生は学年トップの成績だもんな」
「このままだと赤点の可能性もあるらしい。それで、試験前に数学を教えてほしいと相談されていた」
「それって、暗室を貸してくれる代わりに?」
「そういうことになるな。すまない、勝手に決めてしまって」
「いや、むしろありがとうだよ。負担増えちゃうけど大丈夫なの?」じゅのが興味深そうに聞いてくる。
「塾とかもあるでしょ?」みもが心配そうに言う。
「大丈夫。むしろ、人に教えることで自分の理解も深まる。それに……」
桐生が少し照れたような表情を見せる。
「睡眠部の活動のためなら、これくらいは」
唯光が嬉しそうに手を叩く。
「桐生君、ありがとう!でも無理しちゃダメよ?」
「ああ、承知している」
そんな会話をしてると、写真部の部長が暗室から顔を出した。
相変わらずなにを考えているのかわからない表情。どこか眠そうで、やる気があるのかないのか分からない。
「おお、睡眠部の皆さん。桐生、悪いけど今度の数学のテスト範囲、また教えてもらえる?」
「もちろんだ。明日の放課後はどうだ?」
「助かる! おかげで前回のテスト、平均点取れたわー」
部長が去った後、俺は桐生に言った。
「お前、意外と人付き合い上手いんだな」
「そうか? 女子は苦手だが、男子となら何とか」
桐生の顔が少し赤くなった。こいつ、やっぱり女子が苦手なんだな。
「ていうか、数学だったら私も教えてもらったほうがいいかも」
じゅのが手をひらひら振りながら言った。
「じゅのも数学苦手なの?」
「うん。というか、勉強全般苦手」じゅのが苦笑いする。「体育は得意だけど、座学はからっきし」
「一緒にやればいいじゃない?」唯光が提案する。「むしろ、複数人いた方が教えやすいかもよ?」
桐生の表情が微妙に固まった。
「そうかもしれないが……」
「あ、私も」みもがおずおずと手を上げる。「数学、ちょっと心配で……」
桐生の顔がさらに青ざめた。
「でっ、でも、桐生君、女子苦手だもんね?」みもが小声で言う。
「す、すまない。別に嫌だと言うわけじゃないんだが……」桐生が慌てて手を振る。「ただ、正直言うと女子にどう教えていいのかわからなくて」
「大丈夫大丈夫!」じゅのがぽんぽん桐生の肩を叩く。「私、バカも性別は関係ないから!」
「どういうこと?」
「性別とか気にしないでさ、写真部の部長も私も、どっちも同じバカって思ったら同じじゃない?」
「……? いや……?」
じゅのが堂々と言う自論に、桐生はいまいちピンときていないのが見ていておかしかった。
「とにかく、簡単に説明してもらえればそれで!」
桐生がさらに困ったような顔をする。
「みんなで勉強会みたいにしちゃえば?」俺が言うと、じゅのが飛び跳ねる。
「それいいね! 桐生先生の数学講座!」
「先生って……」桐生が頭を抱える。
唯光が笑う。「みんなで勉強するの、楽しそう」
「じゃあ決まり!」じゅのが勝手に決定する。「写真部の人と私たちで、桐生先生に数学教えてもらお!」
「ちょっと待て、俺はまだ何も……」
「桐生君なら大丈夫よ」唯光がにっこり笑う。「きっといい先生になる」
桐生は頬を赤らめ、諦めたような表情で深いため息をついた。
「わかった。やってみよう。わからないことがあったらすぐに聞いてくれ」
「やったー!」じゅのが両手を上げる。「これで赤点回避だ!」
それに「そのレベル?!」と、みもが驚き小さくツッコんだ。
「まあ、テスト前の睡眠部の副次的活動ってことで」俺が苦笑いする。
こうして、睡眠部は暗室だけじゃなく、勉強会まで手に入れることになった。桐生は大変そうだけど、みんなで一緒にいる時間が増えるのは悪くない。
「でも桐生君」みもが心配そうに言う。「本当に大丈夫? 忙しくなっちゃうよ?」
「ああ、大丈夫だ。むしろ、みんなの役に立てるなら」
桐生がそう言った時、いつもの堅い表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
「でも、これで正式に暗室が使えるようになったってことね」唯光が満足そうに言う。
「ああ。桐生のおかげだ」
俺は改めて桐生を見直した。成績優秀なだけじゃなくて、ちゃんと先のことまで考えて行動できるやつなんだな。
「大したことじゃない」
桐生はいつものように謙遜するけど、俺たちにとっては大したことだった。これで睡眠部の活動が本格的にスタートできる。
そして、俺の予知夢も、きっともっと鮮明に見えるようになるはず。
その時の俺は、まだ知らなかった。桐生の根回しが、後々もっと大きな意味を持つことになるなんて。




