08話「礼拝室の神秘」
「……こうやって出会えたのはきっと何かの縁だよ。
あと少しだけでもいい、私に手伝わせてくれないかな?」
「オレは……」
「……」
「わかりました……。
よろしくお願いします」
ヴィンスが申し出を受け入れ、ニルバーは顔を綻ばせた。
「良かったぁ!
それじゃ、今から行こう!
エヴォルストン大聖堂に!」
「エヴォルストン大聖堂……?」
「そうそう、知ってる?
すごいところなんだよ」
「……」
「ルルアスっていう宗教家がいるんだけど、
アドバイスが的確でね、
きっとキミにも何かヒントを……。
どうしたの?
また難しい顔して……」
ヴィンスは顔を曇らせ、黙りこくっていた。
ニルバーは知る由もなかった。
ルルアス=リープ――。
それはヴィンスが最も耳にしたくない名前だった。
「申し訳ありません。
帰ります」
「は? え? は?」
突然の掌返しにさすがのニルバー=マクスミリオンも驚きを隠せなかった。
ニルバーが何も言えないでいると、ヴィンスは「帰ります」と再度、強い意志を示した。
「え……何で……?」
「あの人にだけは相談する気はありません」
ヴィンスは腕を組み、ぷいっとそっぽを向いてしまった。彼の胸の中で簡単には消すことのできない怒りが渦巻いている。
しかし、子供がすねたような彼の様子は、ニルバーの目にはどこか可愛らしくも映っていた。
(へえぇ、意外。
こんな子供っぽい反応をする一面もあるのか。
ちょっとかわいいかも。
……って、そんなこと考えてる場合じゃない!
嫌がることはさせたくないけど、ルルちゃんに会わせた方がいい気がするんだよな〜)
ニルバーは少し考え、この状況を切り抜けるための妙案を数パターン導き出した。
話をじっくりと聞いて彼の心の傷を癒す、交換条件を提示する、など……。そして、その中から一番面白そうなものを選び取った。
彼女は自信満々な様子で笑みを浮かべていた。これからイタズラをしようとする子供のようにも見える。
「じゃあ、こういうのはどう?
今からキミと私で試合をする」
「し、試合、ですか?」
「私が勝ったら一緒に聖堂に行く。
キミが勝ったらね~」
「オレが勝ったら……?」
「キミを騎士にしてあげるよ」
「き、騎士にしてあげるぅ⁉︎」
ニルバーの言葉に衝撃を受け、ヴィンスは口を少し開けたまま驚きの表情を浮かべた。そして、ヴィンスがまとう空気は怒りから緊張と期待へと一変した。ニルバーが思い描いた通りの反応だった。
彼は恐る恐るその真意を問う。
「ど、どういうことですか?」
「騎士になる者を最終的に決めるのはマスターと呼ばれる騎士達だってことは知ってるよね?」
「はい、授業で習いました」
「私はね、そのマスター達を指導する立場なんだよ」
「えぇっ⁉︎」
「キミが勝ったら、騎士になれるように私が推薦する。
試合時間は3分にしよう。
3分耐え切ればキミの勝ち。
どうかな?」
「本当、ですか……?」
「うん、本当に推薦するよ」
「いえ、そうじゃなくて……」
「ん?」
「本当にニルバーさんと戦えるんですか?」
(へえぇ、面白いな、この子……。
ますます気に入った)
騎士になれる可能性よりニルバーとの戦闘で得られる経験値に心躍らせる。それは、ニルバーの予想にない、予想を超えた反応だった。
そして、彼の心の中からルルアスへの怒りは一時的に姿を消し、心の奥底で燃えるような興奮が湧き上がっていた。
「もちろん!
二言はないよ」
「よおぉしっ!!
お願いします!!」
「ふふふ、それじゃ、試合開始!」
室内闘技場で突然、その試合は始まった。
3分間耐え凌げば勝利となる特殊ルール。逃げ回り時間稼ぎをするのが得策である。
ハルバードが届かない距離まで離れ、遠距離からクーロンギアで攻撃するのも良いだろう。
しかし、ヴィンスに逃げ回る気など毛頭ない。
(オレの実力がどこまで通用するか試してやる!)
試合開始と同時に接近戦を仕掛けた。
だが、クーロンギアの攻撃もパンチやキックなどの直接攻撃も全て華麗にかわされてしまう。
そして、ニルバーは攻撃をかわしながら語りかける。
「立派だね。
その心意気や良し!
それじゃあ、少しだけ授業をしてあげよう!
『段違い』って言葉があるじゃない。
能力とか技術にかなりの開きがあることを意味する言葉。
武道の技量に応じて与えられる等級、「段」に違いがあると勝負にならないことが由来だね。
二段下の者がどれだけ頑張ろうとも勝利することはほぼ不可能なんだって。
クーロンギアに段位はないけど、仮にユキちゃんを「クーロンギア使い 初段」の実力だとすると、キミは「三段」ってことになるかな。
さて、ここで問題です。
ユキちゃんが「初段」、キミが「三段」なら、この私、ニルバー=マクスミリオンは何段でしょうか???」
攻め続けても埒が明かないため、ヴィンスは一旦距離を取った。そして、ニルバーからの問いに答える。
「……十段といったところでしょうか」
「ふふふ、いい線だね。
それじゃ、ここでボーナスステージだ。
私はここから一歩も動かない。
キミの全力の攻撃を受け止めてあげるよ」
「なっ……⁉
知りませんよ、どうなっても……」
「大丈夫、大丈夫!」
「分かりました……。
全力で、いきます!!」
ヴィンスは肉体強化を足に集中し
「はあぁーーー! おらあぁーーー!」
クーロンギアを蹴り飛ばした。
迫りくるクーロンギアを冷静に見つめ、ニルバーは肉体強化を左手に集中した。そして、左手の人差し指一本を前方に突き出し、指一本だけで迫りくるクーロンギアを止めてみせた。
「……っ⁉」
「さすがだね。
キミの実力は申し分ない。
今のままでも騎士としても通用する。
ここでボーナスステージ2!
キミの致命的な弱点を教えてあげよう」
「致命的な、弱点……?」
「キミはクーロンギアを操作できるけど起動できない。
ということは、クーロンギアが粒子にならないんだ」
ニルバーは受け止めていたクーロンギアを両手でしっかりと取り押さえた。
「クーロンギアが粒子にならない……。
だから、こうされるとなす術がない。
そして……」
「あっ!」
ニルバーが念じると先ほどの長柄の武器とは別のクーロンギアを起動した。鎖が出現し、ニルバーはその鎖でヴィンスのクーロンギアを縛りつけて拘束した。
「本来、犯罪者を捕まえる時とかに使うんだけどね。
この鎖で球体のクーロンギアを縛ると完全に機能が停止するんだ。
こうなると何もできないね。
クーロンギアを起動できず、球体のまま武器にするということは……」
「……こうやって負けるリスクが高い」
「その通り!」
ヴィンスは言葉を失った。自慢の戦術の穴を知った衝撃は大きかった。
しかし、彼の心は晴れやかでもあった。
「ふふふ、勝負あったね」
試合はほんのわずかな時間にすぎない。それでもヴィンスは試合を通して様々な学びを掴んでいた。
ニルバーのフットワーク、身のこなし、攻めに転じるタイミング、滑らかなクーロンギアの起動。
そして、弱点の指摘――。
「ふぅー……。
ありがとうございました。
とても良い勉強になりました」
かくしてヴィンスは不満が残っているものの聖堂に向かうことになった。
ニルバーが言うように、エヴォルストン大聖堂が偉大な場所であり、礼拝室でインスピレーションが降りてくることをヴィンスは知っていた。
ルルアス=リープが悩める人々に的確なアドバイスをして導いてきたこと、経営者からも事業について相談されることがあり、騎士からも相談を受けていることを知っていた。
そして、エヴォルストン大聖堂の神秘が「本物」であることを知っていた。
誰かに相談してみよう、エヴォルストン大聖堂なら問題が解決するかもしれない、仮にヴィンスがそう思ったとしても、相談相手にルルアスを選ぶことはなかったと断言できる。
2年前のことである。
とある楽器店で強盗事件が起きた。ヴィンスの妹はその事件に巻き込まれ、若くしてこの世を去った。
そして、ルルアスは偶然、その場に居合わせた。
ヴィンスはその事件を通してルルアスに対して強い恨みを抱くことになる。
彼は知ってしまったのだ。
ルルアスは元騎士でありクーロンギアを所持していた。それなのに犯人の指示に従うだけで何もしなかった、と……。
「はい、到着!」
ニルバーに案内され、ヴィンスは礼拝室の前に到着した。
覚悟を決め、礼拝室の扉に手をかけた。ゆっくりと力を入れて扉を引き、恐る恐る中に入った。
そして、ヴィンスは神秘を体験した。
礼拝室に入った時、天から降り注ぐ聖なる光が身体の中へと染み渡り、心が温かくなる。そして、目には見えない存在からの眼差しと祝福を明確に感じた。
――前に来た時もそうだった。やはり、ここは「本物」だ。
ヴィンスが礼拝室の天井を眺めていると、声をかけられた。
「まさか、お前がここに来るとはな~。
ニルバーの押しに負けたか?」
「あれ? 何で、リュウがここに?」
ヴィンスとキリュウは一緒に訓練生をしていた時は互いに認め合い高め合う良き仲間だった。しかし、キリュウは騎士となってから多忙な日々を送っておりしばらく会えていない。
「ニルバーがここに来るだろうから先回りしたんだ。
今、ニルバーと組んで仕事してるんだよ」
「そうなの⁉︎
でも、昼間から聖堂に参拝って……。
諜報部って意外と暇なんだな」
「まぁ、聖堂に来る時間くらいは……んん⁉︎
なんで、オレが諜報部だって知ってんだ?」
諜報部は国家機密に関わる事案を担当することもあるため、所属していることは家族にすら打ち明けてはならない。
「え? だって、トウ教官が……」
「はぁ、教官、勘弁してくださいよ……」
「あははは……」
重大な情報漏洩が判明した気がするが、ニルバーは何も聞かなかったことにした。
和やかな空気の中、ルルアス=リープが姿を現した。
そして、ヴィンスに声をかける。平静を装ってはいるが、気まずいという感情を隠しきれていない。
「お久しぶりです」
「どうも……」
「お元気でしたか?」
「まぁ、それなりに……」
「……」
「……」
二人のやり取りでその場の空気は一変した。
なんとか雰囲気を変えようとニルバーがルルアスに明るい口調で相談を持ちかける。
「え、えっとぉ……ルルちゃん、お願いがあるの!」
「はぁ。ルルちゃんはやめてくださいって何回言えば……」
ニルバーは通称ルルちゃんにヴィンスの事情を事細かに説明した。
ふむふむと話を聞きつつ、ルルアスは時々、詳しく知りたいことについて質問をしていた。ルルアスはクーロンギアについて相当詳しく知っているようである。
「さすが元騎士様だ。
大変お詳しいようで」
次第に怒りが込み上げ、ヴィンスはついつい悪態をついてしまった。
「おい、やめろ」
「……」
「さすがに失礼が過ぎるだろ」
「……すまん」
キリュウにたしなめられ、喉から漏れた音が声になったような小さな小さな声でヴィンスは謝罪した。
「前にも言ったが、あの事件は……」
「分かってるって……」
「ありがとうございました。
大体わかりました」
ニルバーからの説明を聞き終わり、ルルアスはヴィンスを正面からじっと見据えた。
「この礼拝室に来てどう感じましたか?」
「えっと……まぁ、すごいところだなって」
ヴィンスはルルアスの不思議な雰囲気に包まれ、今がいつであるか、ここがどこであるかを忘れ、周りにキリュウとニルバーがいることも一瞬忘れてしまっていた。
「ねぇ、あの二人ってどういう関係?」
「はぁ……」
「え? 何?」
「いえ、何でもないですよ……。
実は、2年前に――」
ルルアスとヴィンスが話している間にニルバーは小声でキリュウに質問した。
「……ということなんです」
「そんなことが……。
でも、それだとルルちゃんが悪いわけじゃ……」
「そうなんです。
それはアイツも分かってるはずなんですが……」
ルルアスはヴィンスの目をじっと見つめ、そして、ニコリと微笑んだ。
「ニルバー、この子は大丈夫ですよ。
もうすぐクーロンギアを起動できます」
「えっ……」
「はいぃ?」
「もうすぐクーロンギアを起動できますぅ……?
な、何を根拠に……」
それは誰にとっても予想外の一言だった。そして、ルルアスは穏やかな口調でヴィンスに質問した。
「根拠ならありますよ。
礼拝室に入ったとき、何か感じたでしょう?」
「えっと、それは……」
「光を感じた、不思議な眼差しを感じた、そうですね?」
「はい……」
「それは天使からの応援です。
キミが感じたように天使は確かに存在する、たとえ目に見えなくても。
そして、私達が天使の存在に気付いても気付かなくても彼らは私達にずっと寄り添い続けてくれている。
そして、祈り続けてくれている。
キミはどんなときだって決して一人ではない。
どうやらキミは今、天使からとても強く助力を得られているようだ。
きっと大丈夫。
クーロンギアを起動できます」
ヴィンスはルルアスの話を聞き、腹の奥底から今までに感じたことのない力が湧き上がってくるのを感じていた。
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