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07話「聖職者ルルアス=リープ」

 家族やトウ教官が連れてきた専門家から話を聞きたい、相談に乗ると言われたこともあった。


 しかし、ヴィンスは異常なほどに拒絶し、全てを断ってきた。


 クーロンギアの起動について手を差し伸べられる時、いつも決まって同じことが起きる。


 とある「声」が聞こえてくる。まるでヴィンスを邪魔するかのように……。


 自分一人で立ち向かうべきだ――。

 他人に迷惑をかけるべきではない――。


 その「声」に耳を傾け、ヴィンスは同じ結論に至る。


 しかし、今回は違った。


 「声」は聞こえない。


 そして、初対面であるにも関わらず相談してみようという気持ちも湧いてくる。


 ニルバーの柔らかい雰囲気がヴィンスに合っていたのか、彼女の声色が心地良かったのか、笑顔に癒されたのか。


 理由は彼自身にも分からない。


 論理や理屈では説明できない、うまく言葉にはできない何かが決め手だった。


 ヴィンスはニルバーに全てを明かした。


「あとは……心療系の本を読んでいまして、病院にも通わせてもらっています」


「な、なるほどぉ」


 クーロンギア起動のための基礎鍛錬は毎日欠かさず行っており、クーロンギアの構造についても熟知している。さらには、医療面からのアプローチ。


 ニルバーの眼から見てもヴィンスの努力は十分すぎるほどだった。


「トラウマ克服のためにやれることはやり尽くしてるね……。うーん」


 訓練所のベンチに座って缶コーヒーを飲みながら、ニルバーは少し考えた。


(この子は様々な方面から手を尽くしている。あとは何ができる?)


 真剣に考え込むニルバーの顔を覗き込んだ時……。


――これは正しいことなのか……?


「っ⁉」


 「声」が聞こえた。


 いや、聞こえてしまったのいうのが正しいかもしれない。


 彼だけに聞こえる、いつもの「声」に耳を傾ける……。


――ニルバー=マクスミリオンは命の恩人。その恩人に多大な迷惑をかけている。これは正しいことなのか……?


 やや低く、どことなく暗い声。



 手入れが行き届いているはずのクーロンギアはいつもより光沢がなく少し黒ずんでいた。



「うーん。こういう時は、やっぱり……。

ねぇ、今からさ……。

あれ? どうしたの?」


 眉間に少ししわが寄り、口元がひきつっている。ヴィンスの顔に浮かぶ苦しみに気付き、ニルバーの心はざわめいた。


「いや、その……。

本当に良かったのかなって思いまして……」


「どういうこと?」


「えっと……。それは……」


 しばしの沈黙の後、ヴィンスは言葉を慎重に選び、ゆっくりと話し出した。


「……クーロンギアを起動できないのは、オレ個人の問題です」


「……」


「オレが弱いのがいけないんです」


「……」


「やっぱり、オレが一人で解決するべきです」


「……」


 ニルバーはヴィンスに寄り添い、彼の言葉に耳を傾けた。そして、ヴィンスが一人で孤独に戦ってきたことを理解した。かつての自分のように――。


「それに……覚えてないと思いますが、ニルバーさんはオレの命の恩人なんです。

これ以上、迷惑をかけるのは……」


「……覚えてるよ」


「え……?」


「覚えてるよ、あのマスカレードの時に会ったよね。

あのマスカレードでの救出も今回のことも迷惑だなんて思ってない」


 今度はニルバーがぽつりぽつりと語り始めた。


「それに、困った時に人に頼るのって弱いってことなんじゃなくて、ある意味で強さなんじゃないかな」


「困った時に頼るのも強さ……」


「気が進まないなら、この話はここまでにしよう。

でもね、キミという原石に出会えて私は嬉しいんだ」


「……」


「こうやって出会えたのはきっと何かの縁だよ。

あと少しだけでもいい、私に手伝わせてくれないかな?」


「オレは……」



 ◇  ◇  ◇

 首都キャスマルスの外れ、特別な大理石で造られた荘厳な建造物。


 エヴォルストン大聖堂――――。


 ニルバーとの電話の後、キリュウは聖堂を訪問した。おそらくニルバーはここに来る、そう予想してのことだった。


 自分の力だけでは解決できない難題に直面した時、ニルバーはいつも聖堂で祈りを捧げる。そして、解決のためのインスピレーションを得ていた。


 キリュウをが礼拝室にそっと入ると、聴衆はいないが若い男性が演台に立って説法の練習をしていた。体格が良く、ただ立っているだけで様になっていた。


「大霊能者ニオン=ボルグの著作を紐解くと過去いくつもの文明があったと記されています。

ある文明は海に没し、また、ある文明は氷雪に埋もれ消えていったのだと。

物的証拠はありませんが、私はそれらの実在を確信しています。


滅んだ原因はおそらく精神的な退廃です。

人々が霊的なものを見失った時、大陸そのものがなくなるほどの天変地異に見舞われるのです。


今、この国も大切なものを見失いつつあり危機に瀕しているのではないか、私にはそう思えてなりません。


皆さまは勤勉に働きお忙しい日々を過ごしておられるでしょう。

しかし、週に一度は聖堂に来られ、人生を振り返り、天界との交流をはかってほしいのです。


皆様が、この世的な都合に流される事なく、霊的な真実に基づく成功を掴まれることを心からお祈り申し上げます。

ご清聴、誠にありがとうございました」


 説法を終えて若き聖職者は深々と一礼した。キリュウは彼の説法と所作の美しさに心を打たれ、思わず拍手をしていた。


「こうやっていつも練習してるんですね。素晴らしかったです。思わず聞き入ってしまいましたよ」


「やぁ、リュウ。恥ずかしいところを見られてしまいましたね」


 この聖職者の名はルルアス=リープ。


 ルルアスの説法は人気を博しており、人望も厚かった。


 人間関係で悩みを持つ人から相談されるだけでなく、経営者から事業について相談されることもあり、さらには騎士から相談を受けることもあった。


「この後、ニルバーが厄介な案件をここに持ち込むかもしれません。いつもみたいに」


「またですか。どこかに隠れてしまいましょうか、ははは」


「でも、今回は無理かもしれません。相手がアイツですからね」


「アイツ……?」


「ニルバーでも連れて来れるかどうか」


「アイツって、まさか……」


 どう転んでもうまくいくとは考えられない。


 それでもキリュウは聖堂に来た。


 最強たるニルバー=マクスミリオンはきっとどんな困難も乗り越える、そう信じていた。

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