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01話「犯罪都市キャスマルス」

 クーロンギアは魂に呼応する。


 長きに渡る研究、検証の末にそれは一つの説として認められた。


 今までの常識を覆した特殊兵器クーロンギアは未だ多くの謎に包まれている。

 

 使い手の魂に呼応してクーロンギアは今もどこかで数奇なる運命を紡ぎ出していく――――。



「今期の騎士登用者リストだ」


 トウ教官から少年はリストを受け取り、記されている名前を確認した。そこに少年の名前はない。


「また騎士にしてやれなかった。

お前は誰よりも頑張っているのに……。

すまない、オレの力が足りないばかりに」


「それは違いますよ、教官。

全部、オレの責任です。必ず克服してみせます」


「そうだな、お前なら必ず克服できる!

来期も頑張ろう!」


 教官の励ましの言葉に少年は力強くうなずいた。


「そうだ、ついでに言っておく。


寝坊の癖も克服しろよ」


 教官の言葉が少年の頭の中で何度も何度も響き渡った。


「寝坊の癖も克服しろよ。

克服しろよ。

しろよ。

しろよ……」



 ジリリリリリー!!!

 目覚まし時計の鐘の音で少年は目を覚ました。



「寝坊なんてしませんよ。うるさいなぁ……」


 少年が寝ぼけながらベッドから起き上がると、直毛の黒髪に少し寝癖がついて所々がはねていた。


 ベッドの脇では目覚まし時計が夢にも影響を与えそうなほどの爆音を上げている。


 そして、床には5つの目覚まし時計が転がっていて、どれもアラームが止められている。少し離れたところにはクーロンギアに関するテキストや専門書が散乱していた。


「あれ?」


 少年はパジャマ姿で、その手には登用者リストの代わりに、金属製の球体、クーロンギアがしっかりと握られていた。


「夢、か……。本当に頑張らないとな~」


 寝ぼけ眼で壁にかかっているカレンダーを確認すると、その日の日付、天暦1995年9月18日の欄には「ランキング戦(ユキとの最終戦) 9時〜」と書かれていた。


「ん?」


 時計を見ると8:50。


「やっばっ! また、やっちまった!!」


 あと10分以内にランキング戦を開始できなければ、トウ教官から大目玉をくらうことになる。



 この少年は後にヴィンスの愛称で親しい人達から呼ばれることになる。ここでは少年のことをヴィンスと称することにする。


 ヴィンスはクーロンギアの使い手、騎士を目指している騎士見習い。


 トウを始めとする教官達から実力は十分と太鼓判を押されている。しかし、12歳から3年連続で騎士になる機会を逃していた。騎士を目指すにあたり、彼はとある大きな問題を抱えていた。


 しかし、何があろうとも、ヴィンスは騎士を諦めるつもりはない。


 騎士養成機関では、定期的にランキング戦をしており、その成績は騎士登用の大きな判定材料になる。騎士を目指すにあたり、遅刻による不戦敗だけは避けねばならなかった。



「いってきまーすっ!」


 30秒で身支度を済ませ、ヴィンスは玄関から飛び出した。階段を一段一段降りている余裕はなく――。


 ◇  ◇  ◇

「大家さん、今日からよろしくお願いします!」


「は~い、こちらこそよろしくお願いしま~す」


 マンションの玄関付近で、ある家族が大家に引っ越しの挨拶をしていた。大家を務めるこの女性はまだ30代前半。父が高齢になり引退したため若くして大役を仰せつかった。


 大家は優しさに満ちた笑顔で一家を歓迎し、父親と母親は晴れ晴れとした表情だが……。


「あら、坊やどうしたの?」


 もうすぐ10歳になる一人息子だけは何故か悲しそうな顔をしている。


「前のおうちの方がいい……」


「こら! すみません、大家さん。

こいつ、友達とお別れするのが悲しかったみたいで……」


「あらあら~、そうだったのね」


 父親が大家に事情を説明した後、母親も息子をたしなめた。


「いい加減にしなさい! 何度も言ったでしょ!


パパはすごく頑張ったのよ。首都キャスマルスで暮らせるのは、とってもとってもとってもスゴイことなのよ」


「だって……」


 父親は「やれやれ」と言いたげな表情で息子の頭を撫でた。その手のぬくもりは息子に少しだけ安心感を与えていた。


 マンションを見上げる父親の姿は、自信に満ちあふれていた。彼の眼差しは遠くを見つめ、自分が歩んできた道のりを振り返っているようだった。そこには成功への確信と、未来への希望が輝いていた。


 そして、熱く、優しく、息子に語りかけた。


「きっと、お前もこの街をすぐに気に入る。

こんな知らない世界があったのかって希望に胸を膨らませるようになるさ。

まぁ、犯罪には注意しないといけないけどな、ははは……ん?」

「「ん?」」


 父親に続いて母親、息子がマンションを見上げた瞬間――。


 階段の踊り場の柵を乗り越えて、ヴィンスは飛び降りた。階段を一段一段降りている余裕など彼にはなかったのだ。


「うわぁー!!!」

「ひ、人がぁー!!!」

「きゃー!!!」


 一家が困惑するのも無理はない。ヴィンスの家はマンションの10階、彼が飛び降りたのは10階付近の踊り場だったのだ。


 地上40メートルからの落下。どう受け身を取ったとしても大怪我は免れない。しかし、ヴィンスは軽々と両足で着地してみせた。


「はい、着地っと!」


「「「⁉」」」


 そして、何事もなかったかのように駆け出した。


「また寝坊? 駄目よ~、早寝早起きしないと」


「あ、大家さん。

あははは……。すみません、お騒がせして」


「あ、バイク来てるわよ」


「ん?」


 大家達に謝罪をしながら走り出したため、ヴィンスは気付かなかった。渡ろうとしている横断歩道の信号が赤になっていることに――。


 そして、運の悪いことにちょうどそのタイミングで黒いバイクが横断歩道に差し掛かっていた。


 ぶつかる直前になって初めてヴィンスとバイクの運転手はお互いの接近に気が付いた。一家は再び困惑し、悲鳴を上げている。


「うわぁー!!!」

「バ、バイクがぁー!!!」

「きゃー!!!」


 バイクの運転手が咄嗟に急ブレーキをかけたが間に合うはずもない。ヴィンスは高速のバイクに吹き飛ばされる、はずであった……この少年が普通の人間であれば。


 ヴィンスは驚異的な反射神経で人間離れした跳躍をした。空中に舞い上がり、背面跳びのようなフォームでバイクを飛び越えた。


「よっと!」


「「「⁉」」」


 そして、華麗に着地し、時間を無駄にしないようにそのまま全力で走り続けた。


「駄目よ~、赤信号渡ったら」


「本当にすみませーん! 今後は気を付けまーす!」


 バイクの運転手は飛び越えられた後、バイクを停止させ、謝罪を述べながら走り去るヴィンスの後ろ姿を見送った。


 そして、一家はただただ呆気にとられていた。


「オレ、この街でやっていけるのかな……。自信なくなってきた……。あははは……」

「だ、大丈夫よ……。きっと、多分……」

「パパ、ママ!!!

僕、新生活が楽しみになってきた!!!」


 一家はヴィンスが一体何者か知る由もなかったが、バイクの運転手はその正体に見当がついていた。


(今の反応速度、跳躍力……。

間違いない。クーロンギアの使い手だ。

あれだけのことができるなら訓練生じゃない。

B級以上の騎士だな)


 そして

「今度会ったら注意しないと。騎士は市民の見本でないといけないのに!」

とやや憤慨し、猛烈な加速で走り去った。



 ◇  ◇  ◇

「順調だ! このまま走り続ければ間に合う!」


 暗い路地裏を抜けて光刺す大通りへと飛び出し、ヴィンスは世界一の銀行、バンク・オブ・アリノンの前の信号にたどり着いた。近くには500mを超える超高層ビルが数多く建ち並んでいる。



 合衆国アリノン――。

 首都キャスマルス――。


 人々は勤勉に働き、道端ではボランティア団体がゴミ拾い活動と募金活動をしている。市民の努力により、世界一の繁栄を享受していた。


 しかし、光あるところに影は存在する。


 首都キャスマルスは世界一の繁栄を実現した都市であると同時に、一部のならず者達により世界一の犯罪都市にもなっていた。



「よーし、この信号が青になったら猛ダッシュだ!」


 しばらく待って信号が青になったが、ヴィンスは立ち止まったまま動かない。気になるものを見つけてしまったのだ。


 年配の女性が地図を手に持ち、迷いながら銀行に向かっている。迷って歩いてはいるが、その佇まいは長い年月を重ねてきた経験を物語っていた。きっと何かしらの道を極めた方なのだろうとヴィンスは感じ取った。


 しかし、気になったのはその女性ではなく、女性の先にいる人物であった。


 派手な格好をした青年二人が小声で話しながらその女性を見つめてニヤニヤと笑っている。


 女性の服装は飾り気が無いが、よく見ると高級なブランド品のようだった。指輪やネックレスにもそれなりの大きさの宝石がついている。



――詐欺か? いや、知能犯には見えない。


――恐喝? こんな人が多いところではありえない。


――ひったくり。バックの持ち方はかなり無防備。銀行から出た途端にカバンを奪う……。簡単だな。この辺は道が複雑だし、容易に逃げられる。


――でも、オレにはランキング戦が……。だが、あのご婦人はどうする?


――いやいや、ランキング戦の連勝が……。しかし、市民を守るのが騎士の仕事であって……。



 騎士養成機関のランキング戦において、ヴィンスは前人未到の連勝記録を更新し続けている。その記録更新を諦められず、一瞬のうちに何度も葛藤をし、結論を出した。

 

「はあぁ〜……。トウ教官、大大大激怒だな」


 ヴィンスは深いため息をついた後、連勝記録更新への未練を断ち切り、笑顔で女性に話しかけた。


「こんにちは! 

もしかして何かお困りですか?」


「えっと、実は……」


 ヴィンスが女性に話しかけると青年達は舌打ちをして去っていった。青年達が立ち去るのを確認しつつ、ヴィンスはこの街が犯罪都市と呼ばれることを実感していた。


 そして、トウ教官への言い訳を考え始めたのだった。



 その時、バンク・オブ・アリノンの前に一台の車が止まった。窓ガラスは全て黒く、外から中を見ることはできない。車の中には運転手以外にフルフェイスのヘルメットを被った男たちが5人乗っていた。


「用意はいいか……?」


 リーダーが部下達に重い口調で問いかけた。その声は低く、覇気がない。


「いつでもいけますよ! 総長ォ!」


 逆に部下達はやる気に満ち満ちていた。リーダーに心酔しており、「何でもやります!」という強い意気込みが感じられる。


「なんで、オレが……。損な役回りだ……」


 部下達がどれだけやる気を出そうともリーダーは気が進まず、深いため息をついた。そして、彼らの作戦開始時刻が刻一刻と迫っていた。



 ◇  ◇  ◇

「これで送金完了っと」


 結局、お金を引き出す方法、送金の方法など手続き全てをヴィンスは女性に教えた。



 この女性は歌手として成功し、ビジネスでも成功を掴んだ実業家だった。現在では一線を退き、細々と活動を続けており、長年仕えてくれた執事一人だけが住み込みで世話をしてくれている。


 数日前、執事は珍しく体調不良を訴え、その日の夜から高熱で床に伏していた。


 しかし、今朝、熱が下がっていないのに、執事はフラフラしながら出かけようとしていた。今日が取引先への送金〆切だったことを思い出したのだと言う。


 取引先に連絡して振込期限を延ばしてもらおうと女性は提案した。


 しかし

「取引先は気難しいところがある、きっと話がこじれる、今日振り込まないといけない」

と執事は銀行に向かおうとする。


 それを制止し、女性が銀行に向かったという次第だった。



「本当にありがとう。こんなに丁寧に教えてくれて」


「いえいえ! 困ったときはお互い様ですよ! それじゃ、オレはこれで!」


 別れを告げた後、大切なことを思い出して振り返った。


「そうそう! この辺って、ひったくりが多いんですよ」


「ひったくり? まぁ、怖いわね」


「だから、バックを脇で挟むようにしっかり持っててください」


「こうかしら?」


「その持ち方なら大丈夫です! 

それと、あと2つ、銀行で気をつけないといけないことがあります」


「あら? 何かしら?」


「それはね、詐欺と……」


 二つ目を言いかけた時、フルフェイスのヘルメットを装着した男達が銀行に入ってきた。男達の異様な雰囲気に呑まれ、その場にいた全員が動きを止めた。




 やはり日記の書き出しは爽やかに限る。心踊る文章が並び、後で読み返したときに楽しい思い出と感動が蘇らなくてはなるまい――。


 この日記を爽快感があり、青春を感じられるものにしたかった。しかし、残念ながらそうもいかない。


 ここは犯罪都市なのだから――。




 突如、五人の中心にいた男が銃を取り出して天井に向けて発砲した。銀行のロビーに凄まじい銃声が響き渡る。

 

「全員大人しくしろぉ!! 

死にたくなけりゃ言うことを聞けぇ!!」


 銀行で気をつけないといけないことの二つ目、それは銀行強盗である。

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