スイムとランと、(俺は燃えるぜスタンプ)
職場で女は三人。
あとは男性が占めている。
アラフォーの私は、定時で帰るのが嫌であった。
なぜなら、残りのアラサー2人組が、いつも仲良く定時に会社を出るからである。
だから、退社は必ずその後だ。
トイレ以外、2人組はずっと喋っている。
一生離れない糊みたいにくっついて。
うるさいなーと、私は思う。
うち1人,リサが私と話すのは、仕事の必要な時のみ。仕事を離れれば、とたん無視を決め込まれる。
もう1人のアラサー・ヒロミは、リサに従順してるようにも見える…というか、リサの押しが強い。
ああ見えて、リサは旦那さんには弱いんだろうか??
リサの態度や、当番の掃除をさぼる事も気に入らない。仕事さえしてりゃあいいという態度が見え見えで、行儀も良くないし。
ま、こんなの、男性社員には分かりっこない。
実際、仕事のできるリサに、男性社員は信頼を置いている。だから、リサがふんぞり返ったまま上司の話を聞いていようが、タメ口だろうが何も言わないのである。
男性の一部は,私には八つ当たりしてくるのに。
唯一LINEを知っている、アラサー社員の春人に「会社辞めたいわ…」と、LINEでこぼしてみた。
彼には、リサと、八つ当たりしてくる社員の事も何度
かLINEで愚痴っていた。
春人はときどき、財布を忘れたまま高速に乗る・たまーに寝坊して出社し、上に怒られる・説明書を読んだつもりが、家電の買い物を失敗する…など抜けてはいるが,営業では手腕を発揮し,顧客とのやりとりやサポートも欠かさない。
性格やフランクさも手伝い、評判も中々である。
数時間たち、返信のLINEは、「ここで辞めたら,篠田さん(私の苗字)の負けだよ」と一言。
意外な言葉にハッとしてると、「先輩ならもっと堂々としてていいし」と、クマと炎が載った、(オレは燃えるぜスタンプ)が入ってきた。
堂々としてていい、確かにそうだけど…。
どうやったら、仕事も出来る、圧の強い人に堂々とできるのか??
どうやったら…。
私はそのLINEの文字を前に、ずっと考えていた。
そして、以前から燻っていた気持ちを、長く孤独を感じていた気持ちを何かにぶつけたい衝動に駆られた。
そうだ私は,何らかの形でリサを見返す事を、本当は以前から考えていたのだ。今、行動に移すべし。
頭の回転も速く,出来るリサとは仕事で、張り合うつもりはない。ならば…!!
ある日,リサと男性社員に、心の中で今まで以上に最強にキレた日を境に,市民プール施設の歩行コースで、水中ウォーキングに週4.5回通い始めた。
家ではストレッチや筋トレ、公園でウォーキングも始めた。
水中ウォークは、慣れてきたら泳ぎに変え,公園ウォークは少しずつ距離を伸ばし,ランニングを始める。
さらには、月に2回ほど、休日に山にも登るようになった。
そんな日がしばらく続くと、さすがに、「なんか痩せました??」と、リサとヒロミが聞いてきた。
引き締まってきてますよね…とも。
どうも、2対1なら会話をするらしい。
よし!!と私は思った。
リサはぽっちゃり体型。実はそこを突きたかったのである。あと、彼女がまったく運動をしないことも。
「ふふ、そうねえ。嬉しいなあ」と、私は違う意味でほくそ笑んでしまった。
だけど本当の目的はその先にあった。
私は,短い距離からマラソン大会に出るようになり,次はハーフを目指している。
水泳でも、マスターズの大会に出れる為に練習している。マラソンで疲れた足は水の中で癒す。
気づけば,マラソンでも水泳でも、練習仲間が出来、都合が合えば大会に一緒に出るようになった。
リサも男性社員も、目を丸くして私の体つきを見てくるようになり,やっと、見返せた…ふふんと、そんな気分に少しだけなった気がする。
あれ、少しだけ??
自分でも意外だったけど、日々の孤独感も薄まり、少し自信がついたような気もしていた。
そして…そんな日々を繰り返すうちに、スポーツやスポーツ以外でも疲れた人を癒したいと思うようになり、(いや、本当は前から思っていた)リラクゼーションの仕事に興味を持つようになった。
大きなイオンモールや商店街にもあるそれ系のお店。
以前から行っていたそのお店が、求人を出してる事もあり、ネットで情報を調べ、お店の人にも話を聞いたりしてるうちに、数ヶ月ほど経った。
そして…私は長らく勤めていた会社を辞めた。
アラフォーにして第二の人生…。
研修を積み,晴れてそのお店で働き始めた。
よし、これで、あの仲良し2人組に会わなくて済むし,八つ当たり男性社員の顔も見なくていい。
もちろん、マラソンも水泳も続けている。
とあるイオンモールに入ってる、リラクゼーションのお店で働き始めて数ヶ月ほどが経ち、ある土曜日の朝の開店時。
店の専用ネット予約サイトのリストを見ていて驚いた。あ…え?まじ??
マジマジとその名前を見ながら、緊張感…というより、可笑しな気持ちになった。
他に3人施術メンバーがいたが、今日は1番に私がサイトを開いた。だから……。
お昼過ぎ、2人目の施術を終え,他のメンバーと交代で店の受付に着いてしばらくして、向こうからそのお客さんはやってくる。
近づくにつれ,目を窄めながら、こちらを確かめるように。「ああ…遂に来てくれた」とシーっと指を立てながら小声で私は思わず、受付までやって来た彼にそう呟いた。
「久しぶり!元気??遂に来てみたよ。値段高いから中々来れないけど、たまにはよさそうだし」
全く、相変わらず、遠慮も何もない(笑)
だけどそこがまた、何か笑える。
唯一春人にだけ,転職先を伝えていた。
他の人には死んでも言わないでと。
春人は最初、店の情報を知るなり,高いから来ないかも…と遠慮なく意見していたくせに。
「俺,これが終わったら,3階の映画館で○○を観るんよねー」と、施術の間、春人とたわいもない会話をする。腰や肩など,特に疲れてる箇所を中心にほぐしながら,会社のこと、忙しいこと、相変わらずの間が抜けた話などに聞き耳を立てる。
気がつくといつのまにか、春人は軽いいびきをたて、爆睡していた。相当お疲れのようだ。
1時間ほどの施術が終わり、別れ際に、「ありがとう!!めちゃくちゃ気持ち良かった…またお願い」と、飾り気のない破顔した顔で、小さく唸りながらお礼を言い,エスカレーターで3階に上がっていくその後ろ姿を見送る。
またお願い…。
思いもよらない言葉が返ってきたのと、あの嬉しそうな顔を思い返し,なんだか清々しい気持ちになる。
また来る……頻度は分からないし,期待する気持ちは持たないのが楽なのはわかってる。
だけど、繋がりがあるならそれでいい。
その日のシフトを終え,帰宅途中にふと、スマホを見ると、「元気そうでよかったよ。今の仕事、大変だと思うけど頑張って」と、LINEにメッセージが届いていた。その文面のあとには、熊と炎の「俺は燃えるぜスタンプ」が。
ぷっ、どこまで、燃えらせるんだろ(笑)
ふと見上げると、秋の夜空に大きな満月が輝いていた。私はすかさず写メを撮り、返信した。
完




