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影の末裔  作者: すがるん
8/9

8 陵の家へ

 降りしきる雨の中、陵はダンボール箱を抱えた斉二と並んで歩き出した。軽くふたを閉めた箱からは、子猫のミイミイと鳴く声が時折もれてくる。

(……これは、あくまでチビ猫のついでだからな)

 陵は己にそう言い聞かせ、傘を少しだけ斉二の方へ傾ける。

 斉二はそれに気づいて、

「ありがとう。優しいね、陵ちゃん!」

 たちまち、花がこぼれるような笑顔を見せた。

「バ、バカ言え! お前らにこれ以上濡れられると、俺の後味が悪いから入れてやってるだけだ!」

 陵は大慌てで答えると、プイッと横を向いた。



 それから五分ほどで、二人は陵の住むアパートに着いた。

 建物は古い木造二階建てで、上下にそれぞれ四つの扉があり、昔ながらの長屋を思わせた。また、緑の瓦屋根の上には大きなブルーシートが敷かれ、飛ばないようにいくつかの石で押さえてある。

 怪訝そうに屋根を見上げた斉二に、

「ここ、雨漏りすんだよ。うちは一階だから被害ねえけど、いつ修理に来るんだか」

 陵はうんざりした顔で言い捨てた。

 そして、建物にはベランダがなく、住人はみな玄関前の通路に洗濯物を干していた。この日は雨のため、多くは物干し竿があるだけだが、なかには衣類を吊るしたままの所もある。

「ったく、天気予報知らねえのかよ」

 物珍しげにキョロキョロする斉二を尻目に、陵は一人ぼやいて、湿ったタオルや下着などを避けて進んだ。

 陵は端から二番目のドアの前に立つと、制服のポケットから鍵を取り出し、ガチャッとドアを開ける。

「姉ちゃん、いるのか?」

 靴を四足も置けばいっぱいになる三和土たたきにスニーカーを脱ぎ捨て、陵は中に入りながら声をかけた。

「お前も適当に靴脱いで入れよ」

 後ろできょとんと佇む斉二にそう言うと、

「うん、おじゃましまーす!」

 斉二はダンボールを抱えた格好で、快活にあいさつした。

 玄関の先は、すぐ左手にトイレと浴室が、右手には冷蔵庫や食器棚がひしめく、手狭な台所があった。

「陵、帰ったの?」

 台所の奥の部屋から、姉の知佳が顔を出した。高校一年生になる知佳は、ほっそりして、少し大人びた雰囲気が漂っている。

「こんにちは!」

 斉二がいきなり元気な声を上げたので、知佳はやや面食らった。

「ど、どうも。陵の友達?」

「はい、山那斉二です!」

「雨に濡れてたから連れてきたんだ。姉ちゃん、こいつに風呂貸していい? あと、こっちも――」

 陵が説明しながら斉二の持つダンボール箱に目をやると、知佳は不思議そうに近づいてきた。

「え、猫? わぁ、ちっちゃい、かわいい!」

 箱の中を覗きこんだ知佳は、まん丸い瞳で見上げてくる幼い黒猫に、思わずはしゃいだ。

「学校の前に捨てられてたのを、斉二が拾ったんだ。家に連れて帰るって言うから、風呂の間だけ、こいつも中に置いてやりたくて」

「少しなら大丈夫よ。この降りじゃ、猫の声もよそに聞こえないだろうし」

 知佳はすっかり子猫のとりこになってしまったらしく、二つ返事で了承し、ミイミイと鳴く子猫に顔をほころばせている。

「ところで、猫はこのままにしといていいの? まだ子猫だよね。うち、動物飼ったことないし、スマホもパソコンもないから調べられないけど……」

 知佳がふと面を上げ、心配そうに呟いた。

 すると、斉二は箱の中の子猫にまなざしを注ぐ。その時、陵には、斉二の琥珀色に包まれた瞳孔が、すうっと三日月型に細まったように見えた。

 それは人というより、猫に近い獣の目に似ていた。けれど、そのことに気づいたのは陵だけで、知佳は何とも思っていないようであった。

「陵ちゃん、この子を温めてくれる?」

 と、おもむろに斉二が言った。

「は?」

 斉二の瞳に気を取られていた陵だが、その言葉で我に返る。

「この子、外にいたから冷えちゃってるんだ。ぼくと同じだよ。ミルクも飲ませてあげたいけど、まずはあったまろうね」

 後半の言葉は子猫にかけつつ、斉二は細いうぶ毛の生えた体を優しく撫でる。

 子猫は斉二に答えるように、まだ短いしっぽを小刻みに揺らしてミャアと鳴いた。

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