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影の末裔  作者: すがるん
6/9

6 大好き

 ――今日は午後から雨だから、傘持っていきなさいよ。

 そんな言葉と一緒に姉から渡されたビニール傘を手に、陵は学校への道を歩いていた。天気予報を反映してか、空はどんより曇っている。陵は右肩にスクールバッグを提げ、左手に握った傘を、棒きれのように振ったり上げたりしていた。

 住宅街を抜け、学校を囲むブロック塀が手前に見えてきた頃、

「陵、傘振り回すのやめなさいよ。そのうち人に当たるわよ」

 後ろから、葵のきびきびした声が飛ぶ。陵が面倒くさげに向き直ると、予想どおり、幼なじみの少女が立っていた。

「先生かよ、お前は」

 陵はぼやきながら、しぶしぶ傘をまっすぐ下ろす。

「あたしが先生なら、あんたは幼稚園児ね。そんなだから、ガサツだの乱暴だのって陰口たたかれるのよ」

 葵は陵と同学年で背も低いのだが、まるでもう一人の姉みたいな態度で、いつも陵と互角に渡り合っていた。

「はん。直接言ってこれねえ奴なんか、俺の敵じゃねえや」

 対する陵も、どこ吹く風というそぶりだった。

 葵は軽く肩をすくめると、

「あんたって、そういうとこ強いわよねー」

 陵の改心など、端から期待していないとばかりに呟いた。

 しばしの間を置いて、

「一昨日さ、山那くんとバスケした時、何で途中で帰ったの?」

 葵が思いきったように訊ねた。

「……」

 その問いは、傘の件よりずっと陵の心をゆるがすものだった。貝が口を閉じる速さで、陵の表情から余裕が消えていく。

「いきなり黙って行っちゃうし、顔色も悪そうに見えたから……あんた、負けそうだからやめるってタイプじゃないでしょ? みんな心配したのよ」

 葵の言葉に触発され、陵はあの出来事を思い返した。斉二のそばへ行った時に感じた衝撃は、忘れようもない。相手に勝つことが全てだった自分から、あらゆるこだわりや執着が消えて、裸になったような感覚だった。そして斉二と和解した今も、その理由は謎のままだ。

 ゆえに、陵は正直に答えるしかなかった。

「……わかんねえよ」

「は?」

 陵の声が小さかったのか、あるいは意味が通じなかったのか。葵は眉根を寄せて聞き返した。

「だから、わかんねえんだよ、俺にも」

 陵は絞りだすように言って、それきり黙りこんだ。葵が驚いて陵を凝視すると、これまで見たこともない、沈んだ横顔があった。

 その時、

「陵ちゃ~ん!」

 二人の状況にまるで似つかわしくない、明るい声が響いた。同時に、背後からバタバタと近づいてくる、軽快な靴音。

 陵が慌てて振り返ったところ、目の前に、輝くような笑顔の斉二がいた。

「おはよう、陵ちゃん!」

 歓喜あふれる挨拶とともに、斉二は正面から陵に抱きついた。

「☆□&◎っっ!?」

 突然の事態に、陵はまったく対応できず、やれたのは、よろめいて意味不明な言語を発することだけだった。

 斉二は陵よりわずかに小柄で、まさに『胸へ飛びこむ』格好になっていた。斉二のぬくもりに包まれたと思った直後、やや茶色がかった猫っ毛が陵の頬にふれ、さわやかな石鹸の匂いが、ほんのりと陵の鼻をくすぐった。それらを感じた瞬間、なぜか陵の胸の鼓動はぐんと速くなり、体が熱くなる気がした。

 隣で目を点にして固まる葵に、

「葵ちゃんも、おはよう!」

 陵に抱きついたまま、斉二は元気よく声をかける。その拍子に、陵ははたと正気に戻った。

「斉二! 朝から何なんだ、てめーは!?」

 陵は内面の動揺を丸出しで、くっついて離れない斉二をスクールバッグごと押し返した。

「だって、陵ちゃんに会えたから!」

 けろりと答える斉二に、

「お、おはよう山那くん。陵と仲良いんだね……」

 葵がUFOでも目撃したような顔で、ようやく口を開いた。

「うん。ぼく、陵ちゃん大好きだもん!」

 その言葉が、また陵を落ち着かなくさせて、

「お前、じいこと言うな!」

「いつからそうなった!?」

 陵と葵が、たまらず同じタイミングで突っ込んでいた。

「あ、ぼく日直なんだ。もう行かなくちゃ」

 しかし、斉二にはどちらの台詞も耳に入らず、思い出したようにスクールバッグを持ち直すと、

「じゃあ、先に行くね陵ちゃん! 葵ちゃんも、また教室でね~!」

 ひらりと駆けていった。

「何だよ、あれ――」

 残された陵が、ため息まじりに呟いた。大型の台風が上陸して、去っていった心地だった。

「へー……あんたと山那くんが仲良いって、ちょっと意外かも」

 平静を取り戻した葵が、興味津々な表情を陵に向ける。陵は即座に目を逸らすと、

「勝手に決めつけんな。つーか、あいつのカバン軽すぎだろ。中からっぽなんじゃねえの」

 苦しまぎれで、この場にさして関係のないことを口走る。

「陵」

 それでも、幼なじみは陵から視線を外さなかった。

「何だよ」

「顔、赤いけど」

「うるせーな。あいつのおかげで調子狂ってんだよ!」

 陵は先ほどの熱が再び全身をめぐるのを感じながら、葵を置いてずかずかと歩き始めた。


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