序曲 闇と運命の共鳴
とある夜の海岸での出来事。
空に浮かぶ満月の光に照らされた、果てしなく続く海を砂浜から見ている男がいる。波を打つ音すら聞こえない無音の空間に彼は存在した。
漆黒のローブに身を包み、目深に被ったフードで顔は見えなかった。
ふと砂地を歩く音が聴こえてくる。それは次第に大きくなってきて、こちらに近づいてきていることを理解する。そして、その音が彼の真後ろで止まったと同時に、彼は言葉を紡いだ。
「見よ……二番目の暦裁月よ。我らが月は、今日も我らを見下ろしている」
彼は手を空に浮かぶ月へと向けた。怪しげな光りを放つ月に、心を奪われると同時に、憎しみさえ抱いていた。
「遙か高見から全てを見下すあの座は、それは優雅であろう」
手の中に収まった月を勢い良く握りつぶす。
「──が、それもここまでだ。その座、神の座は我ら月の使徒のものだ」 そう言い、後ろを振り返り、漆黒のローブの男──裁月と向かい合い、裁月へと手を差し向け、その手のひらを空へと向ける。
すると、手のひらから眩しい光が溢れ出て、一つの光線となって天へと注がれていった。闇夜を切り裂いた光線を中心に、一二個の光の玉が浮かび上がった。それは一つを除いて、左から数えて一二番目を除いて、全て黄金の輝きを放っていた。
光の玉の一二目だけが、淡い白色の光を弱々しく放っている。
「これは、我ら月命機関の人数を表す。一の暦から一一の暦までは埋まっている。だが──最後の一つ、一二番目の暦、神月だけが空席のままだ」
光線の周りに浮かぶ光の玉が、一二番目だけを残して、音を立てて金色の煙となっていき、やがて直ぐに消え去った。
「我らは一二人揃って初めて一つの機関となる。言い換えれば、神月がいなければ神へと続く道は現れん、ということだ」
一つ残された一二番目の玉が、ゆらゆらと動き出し、裁月の前で止まる。
「裁月よ。神月を捜し出すのだ。もうこの世に産み落とされているだろう。それがお前の、いや、我らの使命だ」
冥月から差し出された一二番目の玉を、裁月は右手で丁寧に掴み取り、冥月に軽く一礼をし、静かなる海へと背を向け、闇の奥へと姿を投じた。
一人、この静寂の空間に残された冥月は、忍び笑いをこらえながら未来への希望を口に出す。
「これでやっと……この世界を、愚かなる人間共の手から取り戻せる。くく、まだ見たこともない神月よ、期待しているぞ」
そう言い残すと、冥月は、自分の姿を灰色の煙へと変え、この場から去っていた。
──月は、全ての者の願い、未来を知っていた。これから生まれゆく神月の運命をも。