プロローグ 魔法少女転移
高らかに踏切の降りる音が鳴り響く夕空、目の前を横切る電車に向け、深いため息を告げる少女がいた。
彼女は学生服に身を包み、二つに結んだ紫色の髪を風に靡かせる。
「はぁ……」
隣で同じ様に電車が通過するのを待つサラリーマンを横目に、何となく「哀れだ」なんて無責任な感情を抱けるくらいの余裕は持ち合わせていた。
「君だってそうさ、同じ様に哀れだよミカ。僕に選ばれてしまったんだから。」
何もない空間から顔を出したソノ生き物は笑いながら言う。
「……私だって、なりたくてなったんじゃないもん」
ぶっきらぼうに、少女はソノ生き物に答える。
犬の様な狸の様な耳を持ったソノ生き物はミカにだけ見える憑き物だ。
「落ち込む必要な無いさ、これはミカにしかできない事なんだ。あの日僕が君と出会ってなかったら、今頃この世界は滅んでいただろうね。なんなら感謝されるべきだよ」
「言い過ぎだよアメリ、私がいなくてもきっと誰かがなってたんだよ……、本当偶然私だっただけ。何も特別なんかじゃない。」
たかだか4両の電車を待つのに5分かかる踏切に仕事帰りのサラリーマンはイライラを隠せない様で、足元が落ち着かない。
「悪人だって人間なんだよ、傷つけて良い人間なんてこの世に1人もいないんだよアメリ」
「それは違うよミカ、僕は見てきた。傷つくだけじゃ懲りない悪人をね、君は優し過ぎるんだよ。良い意味でも悪い意味でもね。」
ようやく開いた踏切に「急がなきゃ」とサラリーマンは駆け出して行く。
薬指に光る指輪が家で待つ者の存在を露わにする。
「……アレを見てどう思う?ミカ」
もう背中だけになったサラリーマンを見てアメリはミカに聞く。
「とても幸せそうだよ」
「そうだね、幸せそうだね。ただしそれは君によってもたらされた幸せさ。……君があの日悪人を傷つけたから彼は救われたんだ。彼が現場に居た訳じゃないけれど、この世界はそのサイクルで成り立っている。君の前任者も同じ事で悩んでいたけれど最後はサイクルの一部になって役目を終えたよ。」
「私も……誰かを救えたかな……?」
「君は英雄さ。」
そう言いながらアメリはミカの肩にチョコンと座る。
「ありがとう」とミカが微笑んで顔を上げ、踏切を超えた時、一瞬目の前が暗くなった。
「……あれ、なんだろ……」
「どうしたのミカ?」
異変を感知したアメリはミカの正面に移動すると首を傾げる。
「ううん……何でもない、ただ今目の前が……」
次の瞬間、ミカを見つめるアメリの腹部を、鋭利な刃物が貫きその小さな体を真っ二つに引き裂いた。
「いッ、いヤァァァァァァ!! 」
「ミカッ! どうしたのミカ! 」
道の真ん中で突然叫び出したミカに、周囲を歩く人間は困惑の視線を向けるも、ただ眺めるだけで立ち止まる様子はない。
「アメリッ! 死んじゃいやだよッなんでッ……!」
「ミカッ! 僕は死んでなんか無いよどうしたのさ! 何が起きてるんだい!? 」
頭を抱え涙を流すミカに、事情を理解できないアメリは、ただ困惑する事しかできない。
一方、ミカは引き裂かれたアメリの胴体から飛び出す内臓と、その血飛沫が自らの顔に付着する悲惨な光景を目にしていた。
「ミカッ……まずいな、逆流した魔力が弱った精神を蝕んでいるんだッ……! このままじゃ維持できない!」
アメリがミカに触れると、その部分が青く発光し、六芒星の魔法陣を空中に描き出す。
「……間違っていたのかな。」
青白い光がミカとアメリを包んで収束を始める。
「君を魔法少女にしたのは。」
周囲に溶け込む様にして、ミカとアメリがそこから消えてなくなると、2人がいなくなった世界に再び危険を知らせる踏切の音が高らかに鳴り響いた。