第7話 至皇鉄騎士パラディン・マーベラス 後編
――剣と魔法の幻想世界。
この世界の価値観に準じて形容するならば、正しくそのような言葉が当てはまる異世界には――「セイクロスト帝国」と呼ばれる巨大な国家が存在している。
あらゆる魔法を意のままに操る魔術師。剣技を始めとする武芸全般に秀でた騎士。そして、その両方を兼ね備えた聖騎士。
そんな彼らによって護られているこの帝国には、双子の皇子がいた。
第1皇子、ルクファード・セイクロスト。第2皇子、テルスレイド・セイクロスト。
彼らは幼い頃から仲睦まじい兄弟として、周囲から暖かく見守られていたのである。その才覚に、大きな差異が出始めるまでは。
代々、皇帝の座は長男に継承されてきた。その伝統に則るならば当然、次期皇帝は第1皇子のルクファードということになる。
――だが。そのルクファードには皇族としても帝国人としても、致命的なほどに魔法の才能がなかったのだ。
セイクロスト帝国にとって魔法が使えるか否かというのは、血統の証明という重要な意味を持っている。魔法が使えないということは、何の権力もない平民と同じ――という認識なのだ。
つまりルクファードは、次期皇帝として求められる「能力」という面において、非常に大きな問題を抱えていたのである。
そして、そんな彼を何より苦しめていたのは――双子の弟であるテルスレイドの存在だった。彼は全く魔法が使えない兄とは対照的に、比類なき才覚に恵まれていたのである。
並の聖騎士では一生掛かっても届かないと言われている「奇跡の聖騎士」の称号を、史上最年少の弱冠15歳で獲得した彼の登場は、帝国の皇位継承を大きく揺るがしてしまったのだ。
あくまで伝統を重んじるか。より皇帝に相応しい方を選ぶか。この問題を巡り貴族達は真っ二つに割れ、どちらに付くべきかという政争にまで発展した。
そんな中で、ますます劣等感を募らせたルクファードは、聖騎士なら誰もが使える紅い電撃魔法にすら怯えるようになってしまい――家族として自分を案じる弟のテルスレイドにまで、罵詈雑言を浴びせるようになってしまったのである。
このまま事態が悪化の一途を辿れば、権利獲得を狙う貴族による「暗殺」の可能性も出てくる。最愛の兄を守るためにも、それだけは回避せねばならないと――テルスレイドは皇族の身分を捨て、帝国を去ることを決断した。
そんな彼に敬意を表した、元教育係の聖騎士団長ジークロルフ・アイスラーは、彼の身柄を安全な場所へと移せる術を求めた。やがて帝国最高の魔術師から「異世界転移」という秘術を知った彼は、テルスレイドを魔法が存在しない異世界へと移動させることに成功したのである。
かくして、帝国の影響が及ばない異世界に渡ったテルスレイドは――右も左もわからないまま、日本と呼ばれる国を彷徨い。変身魔法を頼りに、その世界の人間らしく振る舞い。
手探りの中で学んだ日本語を駆使して、とある孤児院へと辿り着いたのだった。
「あれっ……君も、親がいない人? 名前、なんて言うの?」
「……俺は……」
そして、門前の落ち葉を掃除していた少女に声を掛けられて。彼は咄嗟に、覚えたての言葉を組み合わせて――「日本人」としての名を、己に授けたのである。
「……輝矢。俺の名前は、結城輝矢。……それ以外は、何もないんだ……俺」
◇
――それから5年間。この世界のことが何も分からなかった自分を、根気強く支えてくれた花奈のために働きながら、鍛練を続けてきた彼にとって。
真正面から向かってくる聖騎士達など、敵ではなかった。聖騎士団長であるジークロルフが一から鍛え上げた、精鋭部隊「SACRED-SABERS」が相手であっても、例外ではない。
「怨みなどありはしないが、命令は命令。テルスレイド殿下、お覚――ごほおぉっ!?」
「ファッ、ファイブスター!? ――がはぁあっ!」
「さっさと帰って兄上に伝えろ。もう一度2人で、話をしようと」
皇帝の資格を持つ者にしか使えないと言われている鉄球――「帝鎚セイクロイザー」を振るい、白銀の長髪を靡かせて。輝矢はこの世界のPALADIN-MARVELOUSとして、白銀の聖騎士達を次々と跳ね飛ばして行く。
火炎魔法も氷結魔法も、爆裂魔法すらも容易く跳ね返す鉄球の回転は、全てを穿つ攻防一体の必殺技となっていた。無論、聖騎士達の剣技では近づくことすらままならない。
「ぬぉおぉおッ! テルスレイド殿下ッ! 御覚悟ッ――!?」
ならばと他の聖騎士達は、輝矢を取り囲み全方位から飛び掛かる。鉄球の回転が届かない部位を攻めれば、勝機はあると信じて。
「――ごあッはぁあッ!?」
「案ずるな。覚悟なら、5年前からとうに出来ている」
だが、刃も魔法も。身体強化魔法を纏う片腕だけで、全て凌いでしまった輝矢は。諦めずに向かってくる彼らに敬意を表して、鉄球による反撃で応えてしまう。
「……流石ですな、テルスレイド殿下。虎の子のSACRED-SABERSを、こうも容易く……」
「ジークロルフ。お前が5年前に俺を、この世界に転移させてくれなかったら……今の俺はなかった。これ以上は戦いたくない、部下を連れて帰ってくれないか」
白銀の鎧をいとも容易く砕かれ、絶叫と共に舞い上がったSACRED-SABERSの聖騎士達が、次々と地面に墜落していく中――団長として彼らを率いるジークロルフだけは、今もなお両の脚で立ち続けていた。
「……私とて、本意ではありません。しかし私にも、皇帝陛下と帝国に仕える聖騎士としての立場があります。妻子のためにも、あなたの首を持ち帰らぬわけには行かない」
「そうか。ならば首だけなどとケチなことは言わず、全身をくれてやる。これが済んだら、一緒に帝国に行こう。兄上とは、俺が直接話す」
「ふっ……なんとお優しい。やはりあなたこそ、真の皇帝に相応しいお方だ。……しかしッ!」
輝矢の説得に対し、彼は笑みを零す。だが、答えとして彼が示したのは最大級の火炎魔法だった。
彼の手に握られた長剣に、巨大な火炎が収束されていく。今にも、弾け飛んでしまいそうなほどに。
「その優しさに甘んじて、生きているあなたを皇帝陛下に会わせるなど――言語道断ッ!」
やがて暴発するかの如く、解き放たれた魔力の奔流が――灼熱の濁流となって、輝矢に襲い掛かった。
「我々は過ちを犯したのです、殿下!」
「過ち、だと?」
「殿下が帝国から旅立てば、現皇帝陛下の御身が脅かされることはなくなる……私も、そう信じてきた! しかしッ! あなたが『野放し』になったという事実は、陛下を苛む恐怖をさらに煽る結果を招いたのですッ!」
「……!」
「故に私は今こそ、聖騎士の端くれとして……その過ちを正さねばならないッ! 例えそれが、どれほど罪深い愚行であろうともッ!」
「……だったら尚更、ここで死ぬわけには行かないッ!」
彼はセイクロイザーを高速で回転させ、その一撃を打ち払うと――素早く鉄球を投げ付ける。
「――ぐおぉおおッ!」
だがジークロルフは、聖騎士としての意地を見せるかの如く。セイクロイザーの強烈な打撃を、その全身で受け止めてしまった。両脚で踏ん張る彼の足元が、衝撃でひび割れていく。
「シィッ――!」
そこから彼は、意趣返しのようにセイクロイザーを投げ返してしまった。その鉄球の上を間一髪跳び越えた輝矢は、鎖に繋がる柄を握った拳で、ジークロルフの顔面にストレートパンチを叩き込む。
だが、それだけでは大したダメージには至らず――ジークロルフは反撃のラリアットを仕掛けてきた。
「甘いですぞ殿下! これで終わり――!?」
そして、咄嗟に屈んで回避した彼にとどめを刺さんと、大きく拳を振りかぶった――その時。
「ぐぁッ――はぁああッ!?」
正面から飛んできたセイクロイザーが、輝矢の頭上を通り過ぎて――ジークロルフの顔面へと、直撃してしまうのだった。
先程のストレートパンチによって引き戻されていた鉄球が、その瞬間に帰って来たのである。
「――SACRED-FINISH」
やがて。
セイクロスト帝国において、聖騎士同士による決闘の「決着」を意味する、その一言を――輝矢が呟いた瞬間。
痛恨の打撃をまともに浴びてしまったジークロルフは、激しく吹き飛び――採石場の壁に、頭から突き刺さってしまうのだった。
「……バカ言うなよ、『端くれ』なんて。お前以上の聖騎士なんて、どこの世界にもいやしない」
そんな彼の様子を、見届けた後。白銀の聖騎士としての姿から、結城輝矢としての姿に「変身」した青年は、埃を払って緑のパーカーを羽織り。
恩師の自虐を、真摯な声色で否定していた。
◇
翌日を迎えても、朝のニュースはまだ昨日の「紅い落雷」で持ちきりになっている。が、専門家の調査を以てしても何も分からなかった、というのがテレビの答えであった。
「……ま、それもそうか」
「え? 何が?」
「輝矢にーちゃん、何か知ってるのー?」
「いや、こっちの話」
朝陽が差し込む食卓を囲う子供達は、そんな輝矢の呟きにも興味津々で身を乗り出しているが――全貌を知る当事者は、敢えて何も語らず笑って誤魔化している。
「そうだ花奈、ちょっと今日から2、3日くらい出掛けてくるから……子供達のこと、頼んでもいいか?」
「え、えっ? 私はいいけど……急にどうしたの?」
「……ちょっとさ。知り合いに会う用事が出来たんだ。出来るだけ早めに帰ってくるからさ、頼むよ」
「う、うん……分かった。気をつけてね」
「あぁ」
そんな中。朝食中にいきなり切り出された外出の話に、花奈は微かな寂しさを覚えていた。
――これから自分がやる仕事のことを思えばこそ、少しでも傍に居たいのに。そんな想いが、貌に滲み出ている。
「……今度さ。その知り合いのところに、花奈も誘うよ。綺麗な森と川があって、デッカい城みたいな建物もあるんだ」
「えっ……?」
「昔、緑がいっぱいの場所が好きって言ってたよな。きっと、花奈なら気に入るよ」
そんな彼女の胸中を、知るが故に。朝食を終えて新聞を広げる輝矢は、穏やかに笑い掛けながら彼女を「旅行」に誘う。
思いがけない提案に花奈が固まる中、それを耳にした周囲の子供達は一気にはしゃぎ出してしまった。
「え、旅行っ!?」
「じゃあ輝矢にーちゃんの用事って、旅行の下見!?」
「ん? んー……まぁ、そんなとこ」
「わぁー! 旅行だ旅行! 川だって! 泳げるじゃん、多分めっちゃ泳げるじゃんっ!」
いつの間にか孤児院の皆で行く話になってしまい、苦笑する輝矢は――笑顔になりつつある花奈と、視線を交わす。
「大丈夫だよ。俺がずっと、一緒にいるから」
「……うんっ!」
――その笑顔だけで。この先に何があったとしても、自分は生きていける。
それが、華やかな笑みを咲かせた花奈の、胸の内で高鳴る想いであった。
◇
「じゃあ、なるべく早く帰ってくるから。皆、ちゃーんと花奈ねーちゃんの言うこと聞くんだぞー」
「はぁーいっ!」
そして、賑やかな朝食を終えた後。身支度を終えて、愛用の緑のパーカーを羽織った輝矢は――キャリーケースを引きながら子供達に手を振り、孤児院を後にする。
「じゃあ花奈、行ってくる」
「うんっ……行ってらっしゃい!」
そして、門前で見送りに来ていた花奈の頭を、優しく撫でた後。彼女の眼差しを背に受けながら、最初の角を曲がり――
「じゃあ行こうか、兄上のところへ」
「……本気なのですか、殿下」
「あぁ……俺は今までずっと、逃げてたんだ。勝手に兄上のことを理解した気になって、話し合うことを避けてきた。俺がいつまでもそんなだから、お前達まで追い詰めてしまったんだ」
「殿下……」
「だから今度こそ、分かり合えるまで話し合う。俺はもう、逃げないよ」
――その先で縛り上げられていた、ジークロルフを始めとするSACRED-SABERSの面々と合流した。すでに彼らの傍らには、「異世界」へと繋がる門が広がっている。
「……イタっ、イタタっ」
「血の繋がりがなくたって、『家族』になれたんだ。双子の俺達に……出来ないってことはない。今度こそ、分かり合ってみせる」
「イタタタっ! ちょっ、殿下、あの、殿下、もうちょっと優しく……イタタタタ!」
縛り上げられた彼らを、キャリーケースと共に引き摺りながら。輝矢は門を潜り――帰郷する。
そこからが彼の――PALADIN-MARVELOUSとしての、本当の戦いであった。
◇
――その後。
セイクロスト帝国では、「2人の皇帝」が力を合わせて国を統治するという、前代未聞の政治体制が発足し。最初の政策として、異世界を跨いでの「孤児院移設」が行われた。
そして、穂波花奈の就職先は――「皇后」に決まったという。




