第5話 武装鉄人ロボルガー・クロス 後編
「ぐぎゃあぁッ!?」
「がはぁあぁッ!?」
「……あんたら、ちゃんと保険入ってんの? 治療費なんて出してやれねぇぞ、ウチも貧乏なんだから」
『ポピッピ!』
メタリックブルーの鉄人と化した竜吾は、黄色に輝く両眼で敵方を射抜き――AIには真似出来ない拳闘の技で、群がる男達を叩き伏せて行く。
銃弾の雨を浴びても擦り傷一つ付かない、超合金製のボディの前では――小銃で武装しただけの生身など、ひとたまりもない。
「きゃっ……!?」
「悪いな。ウチの相棒が、あんたにはこれくらいがちょうどいいって計算したらしい」
「……その子、見る目あるじゃん。大正解よ、生憎だけどッ!」
その混戦の渦中。竜吾の指先から放たれた細い熱光線が、紗香を拘束していた鎖を瞬く間に焼き切ってしまう。
両腕が自由になった紗香は、真紅の下着姿のままでありながら――恥じらいを捨て、近くにいた男達に鮮やかな回し蹴りを見舞った。
「ガハッ!?」
「こっ、この女――ごあぁッ!?」
「……残念。あたしは人質に使えるほど、便利じゃないの」
白く艶やかな脚から、爪先を伸ばすように放たれる――強烈な蹴りの嵐。そして、拳打の豪雨。
その洗礼を浴びる屈強な男達は、激しく茶髪を振り乱し、胸を揺らす彼女の前に悉く倒れ伏し――冷たく見下ろされていた。
『ゴォガァァアァアアーッ!』
「……今日は随分と機嫌が悪いな、ポーカーにでも負けたのか?」
一方。倒れた男達を無遠慮に蹴飛ばしながら、竜吾に襲い掛かる秘蔵っ子の機甲電人は――身長190cmの彼よりも遥かに大きな体躯を利用し、その圧倒的なパワーで殴り掛かってくる。
竜吾は右へ左へと何度も跳び、ひたすら回避に徹していた。
「奴のバイク……可変式の機甲電人か! ABG-06! なんとしても奴を叩き潰せッ!」
『ゴォガァァアァッ!』
「……ロブ。ほんの一瞬だけ、『本気』でブン殴る。一旦バイクに戻って、左肘のジェットを開錠だ」
『ポピッ!』
第6世代という最新式の機甲電人なだけあって、ガタイに見合わないスピードで矢継ぎ早に拳打を放ってくる。もしまともに喰らえば、如何に超合金製ボディといえどもタダでは済まない。
――だがそれは、お互い様である。そして竜吾とロブには、二人三脚だからこそ。他のAIにはない、「機転」というシステムが備わっているのだ。
一度主人の身体から離れ、外骨格の部品からオートバイ形態に戻ったロブは、颯爽と飛び乗った竜吾と共に急発進する。その加速と質量にモノを言わせた体当たりで、機甲電人をよろめかせた彼らは――衝撃の反動を利用しながら、今度は逃げるようにターンし始めた。
「逃すなABG-06! ガトリングを使えッ!」
『ガゴォオォオッ!』
「――ご心配なく、すぐに帰って来るよ。ロブ!」
『パポピッ!』
そんな彼らを逃すまいと、機甲電人は胸に内蔵されていた回転式機関砲による、一斉掃射を開始する。倉庫内を大きく周りながら、Uターンする竜吾とロブは――弾丸の雨を掻い潜りながら、再び敵方へと直進し始めた。
「ARMOR-CONNECT!」
その叫びが、倉庫内に響き渡る瞬間。最高速度に乗ったオートバイから、バックルのスイッチを押した竜吾が一気に跳び上がる。
刹那、ロブの車体の分解が始まり。バイクによる「助走」を得た彼の全身に、再び外骨格の部品が装着され――瞬時に「アーマーコネクト」が完了した。
そして、竜吾の指示に応じて――彼の左腕を防護していたロブの部品が、変形を開始する。
「――フンッ!」
『グゴォオォオッ!?』
肘の裏に展開されたジェットが火を噴き――その「推力」と「助走」を乗せた鉄拳が、敵の下顎に炸裂したのは。それから僅か、一瞬のことであった。
機甲電人であろうと、機体自体が人間を模しているのなら――「急所」も自ずと、人間のそれに近くなる。
人体における「頭脳」に相当するその部位を、下顎への衝撃を通して揺さぶられた鉄人は――火花を散らして、大きくよろめいてしまった。
「な、ななっ……なぜだ! なぜ最新式の機甲電人が、DEVAS-TAKERが、あんなヤツにッ! ただの機甲電人ではないというのかッ……!?」
「ご名答。ロブは人間との合体で初めて真価を発揮する、半機甲電人――HABG-01Xこと、ROBOLGER-Xだ」
『ゴォッ! ガッ、ゴォガォオッ!』
そこへ追い討ちの如く――頭部に集中的な連続拳打を浴びた完全自律兵器は、故障により内蔵されている全ての銃器を乱射し始める。終始冷静な竜吾やロブとは対照的に、その挙動は混迷を極めていた。
自身の勝利を疑っていなかったBLOOD-SPECTERのボスは、あんぐりと口を開けたせいで葉巻を落としてしまっている。
『ゴッガアァァ……ギ、ギギ、ギィィイイィ!』
「うわぁあ! や、やめろぉABG-06! 何をする!? 私は、私はお前のマスターなんだぞ!?」
「……自律機動ってのは便利なモンだが、一度バグるとこの有様だ。機械に全部押し付けてっと、今に足元掬われちまうぜ」
――AIのみによる完全な自律は、一度間違いが起きれば甚大な被害を呼びかねない。約20年前には、当時の新型旅客機がAIの誤作動によって某国へと墜落し、乗員乗客全員が死亡するという凄惨な事故が起きている。
そこで、AI技術が発達した22世紀ならではの危機を感じていた、ロボット工学の権威――大紋博士は。病に命を蝕まれて行く中で、人間と機械が相棒として手を結ぶ「半機甲電人」を開発した。
彼の元助手であり、亡き彼に代わり半機甲電人第1号「ロボルガー」こと「ロブ」のマスターとなった、火弾竜吾は今――博士の遺志を継ぎ、「正義の科学」を体現せんとしているのだ。
機甲電人犯罪に対抗し得る、貴重な戦力として。戦闘データの提供を条件に、警視庁からその存在と活動を黙認されている、神出鬼没のヒーローとして。
「ひ、ひぃっ!?」
「――ロブ。頭部の排気機能を切って、動力を『熱光砲』に回せ。ヤニ臭くなるが、必要経費だ」
『ポピポ!』
頭脳部の損傷により回路が狂い、マスターであるはずのボスを狙い始めた機甲電人。彼の者からボスを庇うように立つ竜吾は、ロブに指令を送りながら――砲身に変形した右腕を向ける。
「疲れただろう。お休み、06」
『ギギィィイィッ……ガアァアァアッ!』
「――ARROGANT-PUNISH」
仮面の排気口が止まり、「熱光砲」を起動させる音声が入力された瞬間。
右腕から放出された最大火力の熱光線が、機甲電人を貫いたのは――その直後だった。
本来は治安維持のために開発され、篁刑事のような正義の人を守るために運用されるはずだった、ABG-06。
BLOOD-SPECTERに買収されたがために、このような末路を迎えてしまった彼の者は――竜吾の見送りを経て、爆炎の中へと消えて行く。
一個人の私立探偵によるお仕置き、にしては――あまりにも傲慢な威力であった。
「そ、そんなバカな、最新型機甲電人のABG-06が……! おのれ、おのれッ……『六戦鬼』さえここに在れば、貴様らなどッ……!」
「無いモノねだりはその辺にしときな」
「ぐ、ぐぅぅううッ……!」
「さぁて……どうする、依頼人。俺の仕事はここまでだぜ」
「ひっ!? ひ、ひぃい! い、命だけはぁあ!」
「……」
部下の男達は簡単に倒され、頼みの綱だった機甲電人も破壊され。最後の1人となったBLOOD-SPECTERのボスは、膝をついて命乞いを繰り返していた。
「……警察に、引き渡す。生きて罪を償わせるわ。私も、刑事の娘だから……」
「それがいい。……あんたが手を汚す程の価値もないしな」
『ポッピポパー!』
あくまで誰も死なせまいと戦っていた、竜吾とロブ。そんな彼らの背を見守っていたが故の、紗香の決断に――探偵は頬を緩め、マスターから離れてバイクに戻ったロブも、嬉しそうに車体を左右に振っている。
その様子を目にして、復讐に生き続けていた彼女は――ようやく、笑顔を取り戻したのだった。
◇
それから、約1ヶ月後。BLOOD-SPECTERの壊滅により、新宿の治安は大幅に改善された。さらに組織の中枢が壊滅したことによって、世界各地の支部も連鎖的に崩壊しつつあり――BLOOD-SPECTERの魔手が伸びていた各国の街にも、平穏が戻ろうとしている。
収集された戦闘データに基づく警察用半機甲電人の開発も進み、「お役御免」となりつつあったROBOLGER-Xは、引退を控えた今になって。ようやく、ヒーローとしての本懐を遂げたのだ。
一度は大破したABG-06も現在では修理が完了し、本来の役割である警察用機甲電人として、都民の安全を守る任務に従事している。
――かつては悪の手先であったとしても、「機械」である限り心ひとつで正義にもなれる。それは、火弾竜吾を導いた大紋博士の教えでもあった。
(竜吾もロブも、元気にしてるかな……)
その頃――篁紗香は溌剌とした笑顔で、菓子折りを手に火弾探偵事務所を訪ねていた。
元々、空手着を押し上げる程の圧倒的なプロポーションとその美貌から、「勝ち気で美人過ぎる空手部主将」として大学では有名人だった彼女だが――BLOOD-SPECTERの事件を経て笑顔を取り戻してからは、より多くの男を魅了するようになっていた。
だが、「弱い男に興味は無い」と断じる彼女に言い寄る男達は、悉く撃沈しており。ミスコン優勝者さえ霞むほどの美女でありながら、未だに恋人がいないのだという。
そんな彼女が、今日という日のために妹と2人で完成させた、手作りの菓子を手に。こうして意中の男が住んでいる事務所に、足を運んでいる――のだが。
「ロブゥ! てんめ、また勝手に課金しやがったな!? ソシャゲにハマるAIって何なの!」
『ピポ〜……パピポピ』
「だってSSR出ないんだもん、じゃねー! 今月の生活費カツカツだったのにどうすんだよ!」
『ポピポ〜』
「だから貸してじゃねーっつの! これ俺の携帯なんですけど!」
――扉を開いた先に待っていたのは。日々の生活費に四苦八苦している、彼らの乱闘騒ぎであった。
中身が無人のまま人型に変形しているロブが、涙目の竜吾に追い回されている。
「……」
そんな彼らの様子を目の当たりにして、なんとも言えない表情を浮かべる紗香は。そっと扉を閉じ、何事もなかったかのようにその場を後にする。
(……また今度にしよ)
新宿の空は今日も――平和な青空であった。