最終話 2124年という未来
「ヘンドリクス中将、次に視察に向かう彼の国だが……」
「分かっているよ、叢鮫大佐。……しかし、脚のこともある。無理に君が出向く必要はないのではないか?」
「いや、私が行く。本部からでは、現場の声は聞き取れん。それに……『六戦鬼』の維持費を含めた重税の爪跡は、未だ深く彼の国の人々に貧困を齎している」
――2123年、12月のニューヨーク。その大都市のビル群に囲まれた巨大な施設は、国際連合の中枢を担っている。
2年前にその存在をこの世界に明かし、正式に世界各国との交流を申し出てきた「セイクロスト帝国」との国交も、この機関を中心としていた。
そのオフィスの中を歩む老紳士の後ろには、黒髪を靡かせる1人の青年が続いている。
彼らの横顔を映すガラス壁の向こうでは、クリスマスムードに酔いしれる摩天楼の輝きが、雪景色に包まれた夜の街に彩りを添えていた。
どこか懐かしむように、その景観を一瞥しつつ。
端正なスーツに袖を通している一方で、杖に頼りながらぎこちなく歩いている彼は――決意に満ちた眼差しで、老紳士の背を射抜いていた。
だが、その瞳に振り返った白髪の老紳士は彼の足元を一瞥し、神妙な表情を浮かべている。紛争に苦しむ人々の飢餓や貧困を救う、という理想に燃える彼の身体は――あまりにも傷付き過ぎていた。
「……あの日、君の雷名を聞いて会いに行ったのは失敗だったのかも知れないな。巻き込んだ私に言えたことではないが……今にして思えば、君は誰よりも、自分の人生を歩むべきだった」
「これが私の人生だ。何一つとして、後悔などない。……私はCAPTAIN-BREAD、だからな」
自分の胸――その奥に埋め込まれた装置を指差し、彼はかつて蔑称とされていた名を口にする。
それは今や、英雄の通称として知られているのだが。その名を耳にしてもなお、老紳士の表情は固い。
「しかし彼の国の治安は、この2年間で大きく改善されたとはいえ……旧大臣派の残党が、完全に消え去ったわけではないのだぞ。その身体ではいざという時、ろくに戦えまい?」
22世紀に入り、白兵戦用装備は飛躍的な発展を遂げている。
強化服に適応するために人体を改造する戦闘改人は、一部の例外を除けば「過去の遺物」であり。現在は、人工知能による完全自律で行動する「機甲電人」が主流であった。
「兵器」としては再起不能となった、元戦闘改人では――現代の紛争に巻き込まれても、生き延びられるとは考えにくい。
颯人の知人であり、世界的に見ても稀少な半機甲電人を保有していた、日本の私立探偵――火弾竜吾。
今は亡き人工知能の世界的権威・大紋豊国博士の教え子であり、機甲電人についても博識な彼に助力を依頼する手もあったが、それは颯人自身が固辞している。これ以上「貸し」を作りたくない、という理由で。
「護身用なら、これがある」
「……」
そうまでして、現場に拘る彼は。懐に忍ばせていた蒼い光線銃を引き抜き、老紳士に訴えている。
1日も手入れを欠かされることなく、最善の状態を維持しているその銃身が、その決意を物語っていた。それを目の当たりにした老紳士は、観念したように深くため息をつく。
――知る人ぞ知る正義の味方は、筋金入りの偏屈者だ、と。
「……確か、それには名前が付いていたな。君のような堅物が、銃に女性の名前を付けていたとは意外だったよ」
そして、そんな老紳士の様子を眺めながら。窓辺に観えるイブの夜に、ふと昔を思い出して。
微かに口元を緩めていた彼は――銃に託された想いを、口にする。
「意外で結構。……『エヴェリナ』はこれまでもこれからも、俺のものだ」
◇
それから数日後、平和維持活動の一環として。視察の任務を帯びた国連軍の叢鮫颯人大佐は、支援対象となる地域へ発つことになった。
テルスレイド・セイクロストと懇意の仲である彼の存在は、異世界の情報を欲する国連軍としても放ってはおけず。皇帝の友人として、公的に帝国との交流を持つには必要になると、大佐相当の階級を与えられた彼だが――その行動理念が変わることはなかった。
飢えた子供達に手を差し伸べる。それこそが、CAPTAIN-BREADの本質であるとして。
だが。杖が無ければ歩くことすらままならない身体になった彼は、もはやその名では呼べないのかも知れない。
日本警察の制式半機甲電人がロールアウトされたことで、お役御免となったROBOLGER-Xも、全ての武装を解除され無害なバイクに変わり果てている。
PALADIN-MARVELOUSと呼ばれていたテルスレイド・セイクロストも、すでに愛用の鉄球を捨て、為政者としての道を邁進していた。
かつて、この世界と異世界で。為すべき正義のために、守りたい人のために。命を賭して戦ってきた「ヒーロー」達は、すでにその力を失っている。
だが、それで終わりではないのだ。例え彼らの英雄譚が幕を下ろしたとしても、この世界の歴史は絶えず紡がれていく。連綿と続く時の流れの中で、彼らもまた――ヒーローではなく、1人の人間として。歳を重ね、生きていくのである。
何一つ変わることのない、己の正義に従い。不器用でも、歩み続けるために。
そして。そんな彼らの背を知る、次の世代のヒーロー達は。
「やぁ、ハヤト! 足の具合はどうだい?」
「……マックス。お前が皆を集めたのか」
国連軍航空基地の発着場に現れた、GRIT-SQUADの元筆頭格を――メンバー全員で迎えていた。その新たな旅立ちを、見送るために。
彼を乗せるために用意された、C-174輸送機ことGLOBEMASTER-FXも、あの日と同じダークブルーに塗装されている。
「ハハハハッ、ボクは何もしてないよ! 皆の方から来てくれたのさ、君がまた独りで旅立つって聞いてね」
『大佐の無茶は筋金入りと評判ですから。それにあなたなら、どうせ見送りなど要らん、とでも言っていたのでしょうし』
「俺のことならお見通し、ということか」
「ハハッ、静かな方が良かったかい?」
メンバーを代表し、戦友である颯人に労いの言葉を掛けたのは――マクシミリアン・アンクルパンツ大尉と、その相棒を務めるクラフ。このチームのリーダーを務める、ROBOLGER-Xの後継者であった。
紺色のシャツとデニムを纏う彼は、相変わらず季節を問わない格好で、己の肉体美を強調し続けている。美男美女揃いであることから女性人気も高いGRIT-SQUADだが、その中でも正体を包み隠さない彼の姿勢に対する支持は、アメリカ国内では絶大であるらしい。
「しっかし世間がクリスマスムード一色だってのに、大佐はまーた独りで仕事かよ。いいのかー、そんなんで」
「ファイブスター、奴は遊びに行くわけではないんだぞ」
「ちぇっ、ジョンは相変わらずカテぇんだから」
「貴様がはしゃぎ過ぎなんだ」
その横に立っているのは、白のショートジャケットを優雅に着こなす、フルアクセル・ドミニオン・ファイブスター。クリスマスを目前に浮かれる彼に釘を刺しているのは、黒の革ジャンを羽織るジョン・ドゥ少尉だった。その首には、一際目立つ赤いマフラーが巻かれている。
PALADIN-MARVELOUSに代わり地球人の盾となるべく、国連軍に加わったファイブスター家の聖騎士と。CAPTAIN-BREADの後継者と目される、最新型の戦闘改人。この2人はどうやら、あまりウマが合わないようだ。
「あれ、ジョン。そのマフラー、去年のクリスマスにリックが君にあげたものじゃないか? 嬉しいな、まだ使ってくれているのか。あの子もきっと喜ぶよ」
「なっ! い、いや、これはだな、リックのヤツが寒そうだなんていつも言うから仕方なく……!」
「いいんだよ、照れなくて。リックもすっかり君に懐いているし、兄弟のように仲良くしてくれているじゃないか。私にとっては君も、大切な家族の一員だよ」
「ポール……」
一方。マックスに次ぐ年長者として、メンバー達を暖かく見守っているポール・バーニー中尉は、赤のダウンジャケットに袖を通していた。
「あるぇー? クリスマス前だからって浮かれちゃいけないんじゃなかったっけー?」
「う、うるさいぞファイブスター! 敵兵より先に貴様から黙らせてやろうか!?」
「へへーんだ、やってみやがれ最年少……んがっ!?」
「あんた達、クリスマスだからって浮かれてる場合じゃないわよ! 大佐はもとより、最近はルクファードのヤツも、前向きに公務に取り組むようになって来たんだし。あたし達だって、『GRIT-SQUAD』の名に恥じない働きを見せないと!」
そして。最近ではもはや国連軍の名物となりつつある、アクセルとジョンの小競り合いを脳天チョップで止めたのは――レグティエイラ・グランガルド・カネシロ。
だったの、だが。
「……姫さん、どの口で言ってんの」
「……カネシロ、その名に恥じ過ぎだ」
あろうことか。白い胸元や脚線美を強調する、セクシーなミニスカサンタコスでのキメ顔を披露していたのである。この場の誰よりも浮かれている事実が、これ以上ないほどに露呈していた。
それこそ、先ほどまでケンカしていたはずのアクセルとジョンが、2人仲良くツッコミに回ってしまうほどに。
「な、なによ! 地球ではこの格好が正装なんでしょ!?」
「誰にそんなこと吹き込まれたんだ、全く」
「……ルクファードだけど」
「陛下かぁ……」
アテにならないことに定評のある情報源に、ジョンとアクセルはげんなりとした表情を浮かべ――レグティエイラが手にしていた旧式のタブレットを見遣る。
『フッハハハハー! 栄えある地球の視聴者共よ、チャンネル登録をするが良い! 登録ボタンはここであるぞッ!』
その画面では、セイクロスト帝国の広場で撮影されたルクファードの動画が、愉快なBGMと共に再生されていた。彼は現在、地球のSNS動画配信サイトを通じて異世界の食品や道具などを紹介し、配信者として爆発的な人気を博している。の、だが。
いくら帝国の文化を地球に伝える政策の一環とはいえ、フランクにも程があるその内容は、彼が第1皇帝である事実を忘れさせるには充分過ぎるシュールさであった。賢弟に対する劣等感のあまり、とうとう彼はここまで振り切れてしまっているらしい。
「はいカァーット! さぁお前達、編集の時間だ! ただちにサムネイルの作成に入れッ! 地球の民草が、我らの動画を待っておるぞッ!」
「りょ、了解……アタシ達の任務って、使命って……」
「やめろ、何も言うな。まともに考えたら頭がおかしくなる」
「あ、このフリー素材可愛いね。弥恵も好きそう」
「お前はお前で馴染み過ぎだろ」
この動画を撮影・編集するためだけに異世界へと派遣され、本来の任務とは程遠い仕事に翻弄されているJAVELINSの隊員達も、ある意味では被害者であった。
なんだかんだで今の環境に適応している、JAVELIN-1こと坂本竜也を除くメンバー達は、なんとも言えない表情で編集機材を弄り続けている。
自分達は一体、何をやらされて、何を見せられているのだろう。もはやそんな素朴な疑問さえ、虚空の彼方へ消え去ろうとしていた。
「ハハッ、仲が良いのは素晴らしいことだよ皆! でもそろそろ出発の時間だし、お喋りは一旦やめにしようか! ホラそこ、動画ばっかり観てると目が悪くなるよ!」
「普段1番ふざけてる奴に真っ当な正論で諭された……!」
「なんだこの屈辱感……!」
『分かります。なぜか私も無性に腹立たしい』
そして、まとめ役を買って出たマックスの笑顔に――アクセルとジョンが腑に落ちないと言わんばかりに唇を噛み締め、クラフまでもが同調する中。
颯人はふと、自分の人生を大きく歪めた「飛行機」という存在を前にして。あの元大臣が残した言葉を、思い返していた。
――悔しくはないか!? あの20年前の旅客機事故で多くの命を奪った、ホナミ家の女が今や異世界の皇后なのだぞ!?
――お前もあの事故を知っているのなら、許せんと思うだろう!? 何もかも毟り取ってやりたいと思うだろう!
未だ脳裏に残る、あの叫び。確かにあれも、真実の一つではあるのだろう。22世紀を迎えた今も、人々は憎しみという感情を乗り越える術を見付けられずにいる。
――誰も傷つけまいとすれば、誰も救えない。彼女の味方でいれば、傷つく人々がいることも。救われる男がいることも、俺は知っている。
――全ての人は救えない。ヒトの身である以上、限界は必ずある。だから今は、戦うしかない。1人でも多くを救うために。
――俺達に出来るのは、俺達がより良いと信じるもののために戦うことだけだ。その是非はきっと、未来が教えてくれる。
だからこそ。叢鮫颯人という男に尽くせる正義は、その程度が関の山であり。それのみが、彼を戦地へと向かわせる原動力となっていた。
やがて、杖を握る手に力を込めて。颯人は仲間達が見守る中、傷付き過ぎた足を引きずるように――機内へと乗り込んでいく。
そんな彼の背に、無言で敬礼を送る仲間達も。志は、同じであった。
戦闘改人。
救助用改人。
半機甲電人。
聖騎士。
混聖改人。
国籍も年齢も能力も生まれた世界も、何もかもが違いすぎる彼らは――「使命」だけを一つにして、それぞれの戦いを続けている。
「では……行ってくる。後は任せたぞ、皆」
それから間も無く。颯人を乗せたダークブルーの輸送機は、空の彼方へと飛び立つのだった。あの戦いで巡り会い、「不変の正義」を遂行するべく集った仲間達に、見送られて。
東欧の片隅にある、雪の小国へと。
◇
――そして、2124年4月。タイムズスクエアのスクリーンや、渋谷のビジョン等をはじめとする、道行く民衆が幾度となく目にしている大画面には。
『それでは、テルスレイド陛下がこの世界との交流を望まれたのは……その人物達の存在がきっかけであると?』
『はい。あの2人がいなければ、私に今の帝国を築くことは出来なかったでしょう。彼らというヒーローを遣わしてくれた、この世界には深く感謝しております』
『なんと……それほどの人物が、こちら側の世界に……』
『テルスレイド陛下、ぜひその人物達にもお話を伺いたいのですが』
『私から話すことはありませんよ。恐らく私より、あなた方の方が彼らについては詳しいはずです』
『と、言いますと……?』
全世界の注目を集める「異世界」を代表する、セイクロスト帝国の第2皇帝――テルスレイド・セイクロストが、報道陣からの質問に答える姿が映し出されていた。
『CAPTAIN-BREADとROBOLGER-X。彼らはこの世界においても、「ヒーロー」なのですから』
『……!? あの紛争地域に出没していたという、謎の戦闘改人と……国際犯罪組織を潰したと噂の、半機甲電人が……!?』
彼が口にする、異世界を救った地球出身の救世主という存在に、報道陣が息を飲む中で。かつて結城輝矢と名乗っていた若き皇帝は、ついに「その名」を告げる。
『えぇ。かつてGRIT-SQUADを率いたPALADIN-MARVELOUSとして、彼らには常に敬意を評しております。……だからいつか、また会おうな。叢鮫颯人、火弾竜吾!』
やがて。その映像と発言に、世界中が騒然となり。
「……ふっ」
瞬く間に2人の雷名が、地球全てを駆け巡り。
「おーおぉ、全世界に言っちまいやがって。賑やかな1年になりそうだぜ……なぁ、ロブ」
『ピポパ!』
当人達は、微かに口元を緩める。
――かくして。穂波家の惨劇に始まる、長き戦いの火蓋が切られてから24年。
セイクロスト帝国や東欧の小国を救い、その名を刻んだ闘志の群れの物語は、全世界に知れ渡るのであった――。
◇
「ねぇ輝矢君、知ってる? あの事故機に乗っていた人達の中には……私達と同じ歳くらいの子がいたんだって」
「……うん。前に火弾から、ちょっとだけ聞いたことがあるよ」
「もし。もしね。死んだ人とお話できる魔法があったなら、せめてその子にだけでも伝えたかったんだ。ごめんね、怖かったよね、辛かったよね……って」
「花奈……」
「さすがに、そんな魔法は帝国にもなかったみたいだけど。……それでもね。いつかは、ちゃんと伝えたいなって、そう思ってるんだ」
「うん……そうだね」
「それでね、輝矢君。私、ちょっと考えてたんだ」
「考えてたって、何を?」
「魔法とか異世界とか、信じられないようなことがこの世にたくさんあるなら……きっと『生まれ変わり』っていうのも、本当にあるんじゃないかな、って」
「……」
「だから……ね。名前、考えてたの。女の子なら『サヤカ』。男の子なら……『ハヤト』かなって」
「……あぁ、そうだな。それがいい。楽しみだね、花奈」
「うんっ、楽しみ。……元気に産まれて来てね、私達の赤ちゃん」
「機甲電人六戦鬼編」、完。
本編はこれにて完結となります! ここまで読み進めてくださった全ての皆様、読了ありがとうございました!(*≧∀≦*)
2月14日に公開を予定している次回の番外編を以て、本作の更新は全て終了となります。どうぞ最後までお楽しみにー!٩( 'ω' )و




