第4話 武装鉄人ロボルガー・クロス 前編【画像あり】
全米屈指の名門校とされている、とある工科大学。そのキャンパスの緑豊かな庭園を見下ろす、青空の彼方を――白銀の翼を持つ、機械仕掛けの小鳥が舞い飛んでいた。
「課題」の一環として造られたその小鳥は、本物と見紛うほどに自然な動作で翼をはためかせ、空を意のままに駆け抜けている。感情というものをまるで感じさせない、無機質な電子音と共に。
「うん、やはり君の作品はいつだって完璧だ。もちろん他の生徒達も素晴らしい結果を数多く残しているが……この分野において、君の右に出る者はいないと言っていい」
「……」
「と、評すれば大抵の生徒は喜ぶのに君はダンマリ。あの機甲鳥も性能は抜群だが、無口なのが玉に瑕だねぇ。君と一緒で、女の子にはあまりモテないタイプと見た」
「……僕にだって、それなりに経験はあります」
「じゃあ特定の相手と長続きしたこと、ある? 噂によると、ベッドの上だけなら金メダル級だって聞くけどさ。いくらテクニックが良くてもトークがダメだと……おっと、これ以上は野暮だったかな」
「……」
その様子を見守っていた、白衣の老人は――教え子の「作品」が見せたポテンシャルに太鼓判を押しつつも、わざとらしく残念そうな表情を見せていた。
そんな彼を一瞥もせず、眼鏡を掛けた黒髪の青年は、一通り飛び終えた「自作」に人差し指を向ける。優雅な軌道を描き、彼の指先に停まった白銀の小鳥は――絶え間ない機械音と共に、青い眼で主人を見つめていた。
「そうだ、今からでもめぼしい娘をキープしてみては如何かな。例えば……ほら、ケンブリッジで装甲強化服の研究をしていた辻沢博士。彼の孫娘がなかなかの美少女なのだよ。いずれ大人になれば……」
「それ以上茶化すなら帰ります」
「冗談だよぉ」
「だからです」
怜悧な美貌と逞しい肉体故に、女子生徒から密かに人気を集めている一方で、近寄り難い雰囲気のせいで「恋人」が一向に出来ない青年は――校内屈指の「変人」として有名な老人に、訝しげな眼差しを送る。
「……あり合わせのジャンクだけで、可能な限り高精度な飛行が出来るロボットを開発しろ。それがこの課題の目的でしたね」
「ん? あぁそうそう、その通りだよ竜吾君。どんなに無駄なモノだって、僕らがちょーっと手を加えれば世の中に役立つモノに早変わり出来るんだ。上空から要救助者を発見できる、機甲鳥のようにね。かく言う僕も、日本に居た頃は子供達のために鉄屑でブリキの玩具を作ってあげたり――」
「――ですが。これはジャンクでもなければ、無駄なモノでもありません。機甲電人の部品です、それも最新式の」
指先に停まる機甲鳥を一瞥し、竜吾と呼ばれた白衣の青年は鋭く言い放つ。だが、煙草を吹かしている老人は、そんな彼を前にしても――おちゃらけたような態度を崩さずにいた。
「……うん! やはり君は素晴らしい。いつからお気付きだったのかな」
「最初からです。全ての部品がジャンクに見えるように、敢えて錆付かせていたようですが……少しでも機甲電人の知識がある人間なら、すぐに分かりますよ。この金属の質感……某国の軍で使われていた、型落ちの戦闘改人などとは訳が違う」
「んー……機甲電人について学ぶ授業は、1年生の君達にはまだないと思っていたのだがね」
「日本にいた頃、独学で調べていました。……僕の両親は、機甲電人を利用した犯罪で死んだ」
しかし、生徒の重い身の上話を聞かされると、さすがにそうも行かなくなってくる。まずいことを聞いてしまった、と言わんばかりに、老人はシワだらけの顔を手で覆っていた。
「……おぉ、それは済まないね。悪いことを聞いてしまった」
「悪いと思うなら答えてください。本当にジャンクを使っても良かったはずのこの課題で、そんな代物をなぜ……」
「OK。課題で疲れているだろうし、簡潔に説明してあげよう。君を探していたんだ。僕はね、君がずっと欲しかったんだよ」
「……」
やがて気を取り直した彼は、教え子を元気付けようと声を張る。だが、当の竜吾はなんとも言えない表情で、1歩後ろへと後退していた。
「あぁ勘違いしないでくれたまえ、別に君のケツを狙っているという話ではないんだ。……正確に言えば、この課題の本質を理解できる学生を探していたんだよ。助手になり得る人材を探していたんだ、僕は」
「……AI兵器の機甲電人を、『役立つモノ』に組み替えるのが本質……であると?」
「まさにその通りだよ、竜吾君。破壊と殺戮のために産み落とされた、22世紀の闇。悪魔の人工知能。そんな機甲電人ですらも、我々人間の心ひとつで、誰かを支える『正義』に変えられる」
「……」
そんな彼の誤解を解きつつ、その逞しい両肩に細い手を乗せる老人は――徐々に真剣な面持ちへと変わり始めていた。
彼の「変化」にただならぬものを感じた教え子は、ようやくその「真意」に辿り着こうとしている。
「……そして君には、それを実現し得る可能性が満ち溢れているんだ。手を貸してくれないか、私の時間があるうちに」
――やがて、この発言から僅か5年後。無口な教え子と共に、ある研究に打ち込んでいた彼は。
既にその身を蝕んでいた病魔によって――この世を去っている。
それから更に、しばらくの月日が流れた2121年の現在では。東京を中心に、機甲電人による犯罪が増加しつつあり――日本の警察では対処しきれないほどの被害となっていた。
だが。
科学が生んだその悪魔に、敢然と立ち向かう者達がいたことを、知る者は少ない。
◇
「手は貸せないってどういうことよ! あんた探偵でしょ!?」
新宿の片隅にひっそりと建つ、火弾探偵事務所。そのオフィスに立つ1人の美女が、茶髪を振り乱し怒号を上げていた。
均整の取れたプロポーションと、ゆるく巻かれた艶やかなロングヘア。そして透き通るような柔肌からは、清楚な気品を漂わせているが――そんな優美な外見に反して、眉を吊り上げたその表情は、勇ましさに満ち溢れている。
「そりゃ、俺達ゃ殺し屋じゃないからな。復讐は結構だが、殺人に手は貸せねぇよ。なぁ、ロブ」
『ピポパ』
だが、彼女の罵声を浴びても私立探偵――火弾竜吾は、眉ひとつ動かさない。
艶やかな黒髪や端正な顔立ちとは裏腹に、軽薄な印象を与えている彼は――だらしない表情で、デスクに頬杖をついている。
彼の傍らでひとりでにかぶりを振る、メタリックブルーに塗装された「ロブ」というオートバイは、無機質な電子音で「拒否」の意を示していた。
「あんた、状況わかってる……!? あいつらは、平気な顔で大勢の人を殺してきた悪魔みたいな連中なのよ!? 父さんだけじゃない! 高校の時、親身になってくれたマックス先生も……カナダ留学の時に世話してくれた、トロントのアリッサさんも! みんな、みんな殺された! やっとそいつらの居場所が、見つかるかも知れないのにっ!」
「そうかい、そいつはお気の毒」
「……ッ! もういい、あんたみたいなチャラ男になんか頼まない! 父さんの、みんなの仇は、あたしが討つッ!」
そんな彼らに業を煮やし、今回の「依頼人」である美女――篁紗香は、激しく胸を揺らして勢いよく事務所から飛び出してしまう。その背中に、発信機を付けたまま。
「……全く。父親の仇を探したい、って依頼まで断った覚えはないんだがなぁ。行くか? ロブ」
『ピポ!』
彼女の背を見送った後。竜吾は炎柄の黒い革ジャンを羽織ると、仕事仲間のバイクに語り掛け――自分にしか分からない色よい返事を聞くと、口元を緩める。
一瞬のうちに鋭い貌に変わった彼が、素早くシートに跨ったのは――その直後であった。
◇
「フフ、いい格好だな篁紗香。そんなに父の仇が討ちたかったのか」
「く、うぅッ……!」
――22世紀の新宿を根城にしている、国際犯罪組織「BLOOD-SPECTER」。その壊滅を目指して、勇敢に戦っていた篁刑事は、彼等の罠に嵌り敢え無く殉職した。
彼の娘である紗香もまた、空手3段の腕前を持つ実力者であり。その技を武器に、父の仇を討つ道を選んだのだが――今となっては囚われの身。彼女は東京の港にある、とある薄暗い倉庫の中で鎖に繋がれていた。
それでも彼女は気丈に、鋭い眼差しで諸悪の根源を射抜いているのだが。大勢の部下を従える、でっぷりと肥えた醜悪な男は――葉巻を咥えたまま、厭らしい笑みを浮かべている。
「ボス、この女どうします?」
「1ヶ月前に、某国陸軍の出資者が内乱で死んだばかりだからな。この女にはせいぜい、ウチの資金を稼いで貰うとしよう……この美味そうな身体でな!」
「きゃあっ!」
そして、為す術もなく。組織のボスに服を破かれ、あられもない姿にされてしまった。
きめ細やかな柔肌と扇情的な赤い下着が露わにされ、恥じらう彼女の肢体に――獣欲に滾る周りの男達が、喉を鳴らす。
「そりゃあいい……見たところ、Jカップはありますなぁ。こんな上玉、なかなかお目に掛かれませんぜ。しかも20歳の現役女子大生ときた!」
「どうでしょう、ボス。売り出す前に、俺らでちょっとばかし味見しても……!?」
「頼んますぜボス! 俺らもう、見てるだけで発狂しちまいそうだ!」
「ふっ……壊れん程度にしておけよ」
「イィヤッホォオォウ!」
「さすがボスゥッ! 話が分かるぜェッ!」
「こ、のっ……勝手なことばかりっ!」
――その時だった。
「……ブタみてぇな身体になるほど羽振りが良いクセして、そんなイイ女まで売っちまうのかい? 勿体ねぇな、億単位のローンでも組んでんのか」
メタリックブルーのオートバイに跨る美青年が、5月の夜風を浴びて――BLOOD-SPECTERの面々の前に、颯爽と駆けつけて来たのだ。
「あ、あんた……!?」
「依頼人の都合なんて知ったこっちゃない……が、死なれたら報酬もクソもないだろう? 乗りかかった船なら、泥舟でも付き合うのが探偵って生き物だ」
「……っ! ば、馬鹿っ……!」
一度は拒絶した探偵の登場に、紗香は思わず涙ぐむ。どれほど気丈に振舞っていても――やはり、不安だったのだ。
長い脚を気障に振り上げてバイクから降りる青年は、そんな彼女にウィンクして見せた。もう大丈夫だ、と言わんばかりに。
「貴様……噂の私立探偵か」
「そそ、よくご存知で。あーでも、こうして直にお会いするのは初めてになるのかな? 俺は火弾竜吾。24歳独身で、コイツと一緒にしがない探偵やってるもんです。趣味はツーリングとボクシングで――」
「そんなことはどうでもいい! なぜここが分かった!?」
「なぜって……あ、ごめん火ィ持ってない? 実はライター家に忘れちゃって――」
一方。ボスは探偵を黙らせようと、問答無用で光線銃を撃ち放つ。
だが。この時代においては希少な、非電子煙草を咥えた青年は、軽く首を捻るだけでかわしてしまい――僅かに掠った光線により、煙草の先に火が付いただけであった。
「――そのライター、イカしてるね。どこのメーカー?」
「お前達、あの男を殺せ!」
「イエス、ボスッ! ……死ねクソ野郎がぁあぁ!」
彼の挑発的な態度に怒り、ボスは部下達を差し向けて来る。その中には、AIによる自律機動で戦う人型兵器――機甲電人も含まれていた。
鈍色の装甲で全身を固める、体長260cmの鉄人が。赤く発光する眼差しでこちらを射抜き、地響きを立てて猛進して来る。
しかもそれは、ロールアウトされて間もない最新式。先進国の軍や警察で運用され、テロリスト達からは「破壊の狩人」の異名で恐れられている、鋼鉄の魔人なのだ。
「しょうがねぇなぁ……ロブ、話し合う気にさせてやろうぜ」
『ポピ!』
……が。探偵こと火弾竜吾は余裕を崩さず、傍らのロブに声を掛けながら、変身ベルト「コネクター」のバックルに内蔵されたスイッチを押した。
「――ARMOR-CONNECT」
そして、竜吾の表情が剣呑なものへと一変し。彼らの真価を発揮する音声が、入力される瞬間。
バイクだったロブの車体は、一瞬のうちに分解され――強化外骨格の部品へと変形し、次々と竜吾の全身に装着される。
やがてバックルを「座標」の中心として、集結して行く超合金の群れが――主人の身を守る、堅牢な鎧となった。




