第39話 冷たい機械と燃えるハート
思案に暮れる私をよそに、GRIT-SQUADと機甲電人六戦鬼の闘いは、さらに激化の一途を辿っていた。VAIGAI-MANと名乗るあの異世界人の参戦は、彼らを強く焚き付けていたらしい。
「ぐッ……!」
『ギュイィイィイッ!』
そんな中――QUARTZはDUST-MAKERが持つ巨大な鉄拳を前に、防戦一方となっていた。
QUARTZ自身もかなりの体格を持ってはいるのだが、2m以上もの機甲電人と殴り合うには、いかんせんリーチに差がありすぎる。ましてDUST-MAKERは、エンジンを搭載し肥大化した両腕を特徴とする、格闘戦特化型の機体なのだ。
対物ライフルにも匹敵すると言われている彼の者の一撃を浴び続けていれば――如何に規格外の超人といえど、ただでは済まない。現にハイパーセラミック製と豪語していた彼の人工皮膚が、鉄人が放つ拳の乱打によって徐々に剥がされ、隠された機械のボディが覗き出している。
このままでは彼まで、DUST-MAKERの犠牲にされてしまう。そんな未来を想像してしまい、私が思わず目を背けそうになった――時だった。
『――攻撃パターン、解析完了。始めましょうか、マスター』
「――オッケー。始めようか、クラフ」
彼の身体から響き渡る、二つの声が響く瞬間。両腕による防御に徹していた、QUARTZの身体が――弾かれるように「反撃」に出る。
矢継ぎ早に飛び出すDUST-MAKERの鉄拳を、紙一重でかわすその巧みな回避は、先ほどまで防戦一方だった彼とはまるで「別人」のようだった。そう、まるでもう一つの「頭脳」が、彼の身体を手助けしているかのように見える。
『ONSLAUGHT-MODEッ!』
そんな錯覚を私に見せ付けている彼は、二つの声を重ね合わせて――さらなる変貌を遂げていた。
ただでさえ張り詰めている筋肉がさらに膨張し、その外観からは想像もつかないスピードで、DUST-MAKERとの間合いを詰めたのである。その力を発揮する上で放出された、熱によるものなのか――両肩からは炎の翼が噴き出し、炎のマスクが顕現していた。
『ギュイィィイッ……!?』
「君は戦車だろうと容易く鉄屑にしてしまうそのパワーから、DUST-MAKERと名付けられたそうだね。……ならば、その名は今日で剥奪だ」
『なにせあなたが、鉄屑になるのですから』
瞬く間にDUST-MAKERの頭部を掴み、アイアンクローの体勢に持ち込んだQUARTZは――そのまま豪雪の大地に鉄人の巨体を沈め、握力だけで頭脳部を破壊して行く。
「確かに大した破壊力さ。だが……頭を潰されちゃあ、意味がない」
『両腕の分厚い装甲に対して、頭脳部のそれは随分と薄いご様子。どうやら、よほど予算が足りなかったようですね』
『ギュイィイギギギッ……ギギィィッ……ギ……』
「彼」なのか、「彼ら」なのかは、分からないが。少なくとも、QUARTZに頭を握り潰されたDUST-MAKERが、動かなくなったことだけは――紛れもない事実であった。
「まずは、1機撃破。魂の宿らぬ冷たい機械に、ボクらの熱いハートは負けやしないってことさ!」
『熱いのはマスターだけで結構ですので。私まで巻き込まないで頂けますか』
「君はいちいち冷や水を掛けてくるねぇ!」
……それにしても。本当に、彼は誰と話しているのだろう。機甲電人に搭載されている人工知能は、戦闘における瞬時の思考能力にのみ集中させるため、人語での会話能力はオミットされているはず。
あれほど流暢に喋るAIとの両立を実現した、最新型……だというのだろうか?
「ぐぉぉおッ……!」
「……!」
そんな私の逡巡は、VAIGAI-MANが漏らした苦悶の声によって断ち切られた。ふと彼の方を見遣れば――銃創だらけの全身から血を流し、片膝を着く彼の姿が見えてしまう。
その痛ましい光景に、思わず目を伏せてしまいそうになるが。この戦いの元凶たるこの私だけは、目を背けるわけにはいかない。
私には、彼らの死闘を最後まで見届ける義務がある。
「こ、この化け物め……! 何百発喰らえば、くたばるんだ……死に損ないがッ!」
「……そう易々とはくたばらぬさ。まだ余は、何一つ為し得ていないのだからな」
「なにをっ……訳の分からないことばかり、ベラベラとッ!」
私を守るために身を挺して、銃撃を浴び続けていた彼の言葉に――兵士達は動揺を露わにしながら、銃口を眉間に向けた。
何一つ為し得ていない。その言葉に自分達の状況を重ね、思うところがあったのかも知れない。彼らは迷いを断ち切らんと、震える手で引き金を引こうとしていた。
「がぁあッ……!?」
「……っ!?」
だが、彼らが引き金を完全に引く――直前。メタリックイエローの逆三角形状の盾が、兵士達の脳天に直撃する。
その一撃で意識を刈り取られた彼らが、次々と倒れ伏していく中。VAIGAI-MANを取り囲むように、上空の輸送機から国防軍の「増援」が、矢継ぎ早に飛び降りてきた。
「貴様ら……国防軍製の半機甲電人か」
「えぇ。最終調整がギリギリ間に合いましたんでね……加勢しますよ、VAIGAI-MAN」
「……そんな見切り発車で戦場に出て来たと言うのか、愚か者共めが。余に構わず、あの娘の護衛にだけ専念しておれば良いものを……!」
3本の角を持つ超人に肩を貸し、戦列に加わる数人の国連軍兵士。彼らはその全身を鋼鉄の外骨格で固めており、盾や鎧の外観はCAPTAIN-BREADを想起させるものであった。
彼と比べてかなり簡素なデザインであり、配色もメタリックイエローを基調としているためか、全体の印象は大きく異なる。そして、彼らが携行する盾にはそれぞれのナンバーが刻まれていた。
言うなれば、CAPTAIN-BREADの量産型……なのだろうか。
「国連軍の新型パワードスーツ……!? 貴様ら、一体ッ……!」
「僕達は『JAVELINS』。……GRIT-SQUADの支援部隊だ」
「だが、脇役だなんて思わない方がいいぜ。このスーツは国連軍製半機甲電人の先行試作型。生身の一般兵士が携行し得る、『最硬』の装備なのさ」
「そしてアタシ達は、その試験運用を任された実験小隊ってわけ。要するに……」
すると。彼らは、兵士達の銃撃を盾と装甲で容易く受け切りながら――空いている右腕に、青白い電光を纏わせていく。
それが、国連軍兵士の固有兵装なのか。彼らは一斉に、稲妻の如き輝きを放つ鉄拳を、投げるように振るい――
「……アンタらじゃあ、勝負にならないレベルのガチエリートってことよ! JAVELIN-1ッ!」
「あぁ……JAVELIN-2、JAVELIN-3、一気に仕掛ける」
「おうッ!」
「な、なにをするつもりだ……!? う、撃て、撃つんだッ! 奴らに何もさせるなッ――!」
「THUNDERBOLT-JAVELINッ!」
「ぐぉあぁあぁああッ!?」
――その音声入力を、重ねて。「槍投げ」のように翔ぶ電光の一閃で、兵士達を瞬く間に吹き飛ばしてしまった。
CAPTAIN-BREADの拳打を彷彿させるその威力に、私もVAIGAI-MANも、思わず息を飲んでしまう。
「き、貴様ら……!」
「さぁ……あなた独りで良い格好をする時間は、もう終わりです。これからは、僕達も混ぜて頂きますよ」
「見切り発車なんかじゃない。俺達は皆、あんたを救いたいという『理由』と……救えるという『確信』を揃えて、ここに来た」
「……いいだろう。特例中の特例だ。余と共に戦うことを、許してやる。ただし少しでも危険と感じれば、その首を引っ掴んで戦場の外まで放り出すからな」
「どうせ投げるなら連中に向かって投げてください。アタシ達のスーツなら、ぶち当てるだけで威力抜群ですよ」
「……言うではないか。気に入ったぞ、地球の戦士達よ」
その戦い振りを見せつけられては、認めざるを得ないのか。VAIGAI-MANは不敵に笑みを零すと、雄々しく立ち上がり再び身構える。
彼に続き、肩を並べて盾と拳を構えたJAVELINSの隊員達も、その仮面の下でほくそ笑んでいるのだろう。
「ならば、余に見せてみろ。お前達の『理由』と『確信』を以て導き出される――勝利への道をな!」
「……望むところです」
VAIGAI-MANは気勢を削がれ始めている兵士達を前に、「反撃」を宣言していた。JAVELIN-1と呼ばれていた筆頭格の青年も、それに続いている。
3本の角に、右腕の拳に。闘志の電光を、纏わせて。




