第36話 新生グリット・スクワッド
私達の頭上を舞い、巨大な翼を広げる輸送機。ダークブルーに塗装されたその機体は、吹雪に荒れ狂う闇夜の山の上空を、寸分の揺らぎもなく飛び続けている。
その機体に窺える「UN」の2文字と、地球を描いたマークに――私と大臣は同時に目を剥いていた。
「あのマーク、まさか……!?」
「な、なんだぁっ!? こ、国連軍が一体なぜ、こんな辺境の小国にっ……!?」
全世界の中枢を担う、国際連合。その機関に属する航空機が、このような辺境の小国に現れるなんて、ただごとではない。しかもあれは、国連軍の最新輸送機―― C-174、GLOBEMASTER-FXではないか。
大臣がクーデターを起こしていた時でさえ、彼らは来なかったのに。今になって駆けつけて来るなんて、一体……。
「……!」
そんな私の思考は、全長50mにも及ぶ輸送機から次々と飛び降りて来る「人影」の群れによって、掻き消されてしまった。
彼らの登場に目を見張る私をよそに、国連軍の使者達が次々と――CAPTAIN-BREADの傍らに降り立って行く。
「……来たか」
元々、使者達とは知り合いだったのだろうか。彼だけは特に驚くような様子もなく、矢継ぎ早に飛び降りて来る「戦士達」を見上げていた。
「……お前達が、例の?」
「そう。ボク達こそが、エドワード・金城・ヘンドリクス准将によって編成された――新生GRIT-SQUADさ! ボクはその一員にして、暫定リーダーを務めるQUARTZ!」
『その相棒を務めるクラフです。……質問、ありますか?』
最初に彼に声を掛けたのは、星条旗のパンツだけを身に付けた白人の男性。……見ているだけで凍りつきそうな私とは裏腹に、当人は白い歯を輝かせながら、余裕とばかりに盛り上がった筋肉を強調している。
「……寒くはないのか」
「ハハッ、心配無用さ! この身体はROBOLGER-Xの装甲にも使われた、ハイパーセラミック製だよ」
「……そうか。しかし、丸腰では……」
「大丈夫! 祖国のためなら戦地を問わず、剣にでも盾にでも喜んでなるさ。この身体そのものという、最強の剣と盾にね。それがボク、マックスという男なのさ」
『マスター。コードネームの意味をご存知で?』
「おっといけない。じゃあ、マックスもコードネームにしようか」
……なぜか1人の身体から、2人分の声が聞こえるような気がしてならないが……恐らく、吹雪のせいなのだろう。
格好や挙動からしてただの人間ではないことは明らかだが、流暢に会話するAIを機甲電人に積んだ個体なんて、聞いたことがない。QUARTZとも、マックスとも名乗るその男性は、CAPTAIN-BREADに己の堅牢な肩を貸している。
「私はカナダ陸軍から抜擢されたBERNARD 。お会い出来て光栄です、CAPTAIN-BREAD」
「……すまん、世話になる」
「礼は結構、任務ですから。……ただ」
そんな彼と共に、CAPTAIN-BREADを助け起こしていたのは――BERNARD と名乗る、赤と白を基調とした装甲服を纏う男性だった。セントバーナード犬を模した仮面で素顔を隠してはいるが、顎状の隙間からは微かに白人の口元が窺える。
「後でサインを所望します。息子がファンでして」
「……そうか」
そんな短いやり取りの、後に。
「――聖霊召来、スタート・オン! オン! ナイト・“ファイブスター”ッ!」
勇ましい叫びと共に輸送機から飛び出した白髪の男性が、その右腕に装着された手甲に触れ。眩い光に包まれると――赤、青、黄、緑、桃の色を各所にあしらった白銀の鎧を纏う聖騎士へと「変身」し、ふわりと彼らの前に降り立って来た。
先ほどまでは、白いショートジャケットを羽織っていたはずなのに。その全身を固めるように飛んで来た装甲が装着された時にはもう、荘厳な鎧姿に変わってしまっている。正しく、「魔法」としか言いようのない現象であった。
「セイクロストにその名、アリ! 聖霊騎士、オレがKNIGHT“V-STAR”! ……ってね! よろしくな、大将!」
「……異世界の聖騎士か。慣れない地球での戦闘になるが、無理はするな」
「へへっ、誰よりも無理してる御仁が言ってくれるじゃねぇか。そういう強がり、嫌いじゃねぇぜ。なぁ、姫さん!」
明朗快活に笑いながら、CAPTAIN-BREADの胸板を小突く彼は、自分に続いて駆けつけて来た「紅一点」を見上げる。その登場に――私は、自分の目を疑っていた。
白を基調としつつ、全身の各部に金色の装甲を備えたスーツを、その肢体に密着させている銀髪の美姫。彼女の背部に装着されているユニットからは――10本もの剣が不可視の力場に繋がれ、翼のように伸びていたのである。
「そうね。この煌翼姫、レグティエイラ・グランガルド・カネシロが降臨したからには勝利は必定よ! あたしが護ってあげるわ、感謝なさいっ!」
「史上初と聞く、混聖改人か……協力、感謝する。その翼、上空からの援護に有効と見た。可能な限り敵からは距離を置いて――」
「――はい、却下。あたしが女だから後方に回そうってんでしょうけど、生憎そういう優しさは要らないの!」
あれも魔法なのだろうか。あるいは、まだ世に出ていない新技術なのだろうか。まるで本物の翼を得たかのように、自由自在に舞う彼女は、地上から見上げているCAPTAIN-BREADに勇ましい笑みを向けている。
……彼とは、どのような関係なのだろう。いや、考えるな。今は、それどころではないはず。
「あなたこそ、地上からゆっくりご覧なさい。あたしの勇姿をねっ! えいえい、お~っ!」
「……そうか」
彼女が持つ、天使や女神のような見目麗しい姿に反して――その仕草がどうにも子供っぽいのが、少し気になるが。
「……」
「お前は……」
CAPTAIN-BREADの方を一瞥もせず、大臣率いる敵方にだけ視線を注いでいる――黒尽くめの兵士の存在も、気掛かりだ。面識があるのか、CAPTAIN-BREADの方から彼に声を掛けている。
「……DELTA-SEVEN。あるいは、ジョン・ドゥだ」
「身元不明の遺体……か。それがお前が望んだ現在なら、何も言うことはない」
「昔の話はしてくれるな、俺を怒らせない方が賢明だぞ」
2人の間には何か、私の知らない「過去」があるのだろうか。両者は多くを語らぬまま、肩を並べて「共闘」の準備に入っている。
「指示は?」
「敵機甲電人、及びその随行歩兵隊の撃破。そして、あの王女の死守だ」
「……了解。任務を受諾、敵を排除する」
その発言が、国連軍の介入を意味していることは明白であった。私には今まで、一言も話してくれなかったのだが……どうやら彼は、国連軍との繋がりを持っていたらしい。
「後の奴らは? まだ降りて来ていないようだが」
「『最終調整』ってのがまだらしい。先におっ始めちまおうぜ」
しかも、国連軍の使者達の会話から察するに――まだ、あの輸送機から降下していない「増援」がいるらしい。一体、何人の超人兵士がこの場に駆けつけているのだろう。
「おのれぇ、次から次へと……! 何をしている貴様ら、さっさと奴らを片付けろッ!」
「はッ!? し、しかし、国連軍に銃を向けるなど……!」
「1人残らず、この場で口を封じてしまえば良い! それともこのまま奴らの軍門に下り、何もかも蹂躙されたいかッ!」
「は、ははッ!」
CAPTAIN-BREADを庇うように立ち並ぶ、国連軍の戦士達。彼らを前に、周囲の兵士達はたじろぐばかりであったが――大臣の怒号に突き動かされ、必死に銃を構え始めていた。
『ギュイィイギィッ!』
『ビィィイッギィィッ!』
『ゴォオォオボォオォッ!』
『ジギィィギュイイイッ!』
『ギゴォオッ……ゴォォォオォッ!』
さらに、耳をつんざくような不快極まりない機械音と共に。
その背後から次々と飛び出して来るのは――250cmもの体躯を誇る、不気味な5機もの機甲電人。この国を最も苛烈に苦しめている、「六戦鬼」の刺客達であった。
持てる戦力の全てを持ち出して来た事実が、この内乱の決着が近いことを物語っている。
――彼の背後に国連軍がいるというのなら、この行為はもはや自滅に等しい。それでも大臣は、野望を捨て切れずにいるのだ。
ここさえ乗り切れば、祖国を売り払って得た資金を手土産に、今世界を騒がせている「異世界」まで逃げ込めばいいのだと……本気で、そう思っているのだろう。私はこの国の姫として、ただひたすらに悲しい。
そんな私の感情さえ、置き去りにするかのように。
機械仕掛けの身体を持つ、鋼鉄の戦士達は。異世界から駆け付けて来た、魔法を操る聖騎士達は。
「GRIT-SQUAD――ASSAULT」
CAPTAIN-BREADの合図を耳にする瞬間――吹雪の絶えない戦場を、駆け抜けていくのだった。
――この小国を舞台に誕生した、新たなる闘志の群れとなって。




