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第34話 オリジン・オブ・レグティエイラ


「……で、あんたはいつまでそうしてるつもり? 第1皇帝陛下」

「……レグティエイラ。わざわざ余を笑いに来たか?」


 ――地球に開かれた「(ポータル)」の向こうに広がる、セイクロスト帝国。その皇族が住まう大宮殿の地下には、罪人を封じる牢獄が設けられている。

 紅く虚な瞳で天井を仰ぎ、牢の中で壁に身を委ねる第1皇帝――ルクファード・セイクロストは、自分を訪ねてきた1人の女性の前で、自嘲するかのように口元を緩めていた。かつては腰に届くほどの長さだった銀髪は、過去を清算するためなのか、短く切り揃えられている。


「えぇ、全くお笑い種だわ。テルスレイドが毎日セイクロストのために働いてるって時に、あんたはここでイジけてヒキってグチるだけ。これが笑わずにいられると思う?」

「そう言って余を焚きつけ、何かをさせようというつもりなら、無駄と心得よ。……散々思い知らされた。余は妬むことすらも許されん。余は何もしてはならん、災いしか呼ばぬ稀代の暴君であると」

「……重症ね。昔からあんたは勝手にテルスレイドを妬んで、ウジウジしてるような奴だったけど……いい歳こいて、ここまで拗らせてるとは思わなかったわ」


 そんな彼を見下ろす1人の女性は、冷ややかな眼差しで第1皇帝を射抜いていた。

 年齢は18歳前後。身長は、女性としては高めな167cmほど。腰にまで届く白銀の長髪を靡かせ、7色に輝く瞳を持つ凜々しい美女は――その華奢な肢体に密着する、白を基調とするナノマシンスーツを纏っている。

 金の装甲を各部に備えるそのスーツは、露出した肩口と太腿に碧いエネルギーの供給路である「溝」を覗かせていた。さらに背部には六角形のユニットが接続されており、頭上には天使の輪を一部欠けさせたような、独特な形状の装置が窺える。


 その女性――レグティエイラ・グランガルド・カネシロが、ただの異世界人ではないことは、誰の目にも明らかであった。異世界特有の容姿でありながら、その身を構成する人工物は、紛れもなく地球製のものなのだから。


「ならば、開き直れとでも申すか。……魔人という禁忌に触れてなお、余はテルスレイドには敵わなかった。あれほどの眷属を引き連れても、余は最後まで孤独であった。正しく生きられぬばかりか、悪を貫くことさえ叶わぬ。そのような愚物に一体、何が出来ようか」

「……」

「レグティエイラ。テルスレイド。お前達は正しかった。正しいから、勝ったのだ。……余には永久に届かぬ、その栄光を……大切にするが良い」


 一方。自ら囚人用の貫頭衣を纏い、さも投獄された罪人であるかのように振る舞うルクファードは――自分には皇帝の資格などない、と全身で語っているかのようだった。

 そんな彼の姿に厳しい眼差しを注ぎながら、レグティエイラと呼ばれる女性は牢の隙間から手を伸ばし、ルクファードの胸ぐらを掴み上げる。


「勘違いしないで。あたし達は正しくなんかない。ただ、たまたま勝って、たまたま正しいってことになっただけ。本当に正しいことなんて、神様にだって分からないわ」

「……」

「だからあたし達はみんな、自分が正しいって信じた道に進むしかない。それがもし間違いだったとしても、その時のあんたにとって、それが最善だったのなら……一体それ以上、何が出来たってのよ」


 ――5ヶ月前の、2121年7月。ルクファードは弟に勝ちたい一心で帝国の禁忌を侵し、数百年に渡り封印されていた魔人ヴァイガイオンを復活させ、自らの手で国中を大混乱に陥れていた。

 その魔人の力は、帝国最強の聖騎士(パラディン)と目されていたテルスレイドを退けるほどのものであり、初戦に敗れた彼は退却を余儀なくされていた。そんな彼の撤退を支援し、魔人を相手に「時間稼ぎ」に徹していたのが――彼女、レグティエイラだったのである。


 セイクロスト帝国とは同盟関係にある「グランガルド王国」の姫君である彼女は、ルクファードの幼馴染でもあり――その日は、地球から来たという新皇后(・・・)を一目見に訪れていたのだが。

 そこに突如現れた魔人からテルスレイドを救うため、「陽動」を買って出たのである。当時から自他共に認める天才的魔術師(メイジ)だった彼女は、自慢の魔法を武器に敢然と挑んだのだが――魔人にはまるで通じず。

 その巨大な漆黒の拳により、再起不能になるほどの重傷を負ってしまったのだ。どんな治癒魔法でも癒せぬほどの傷により、彼女は立って歩くことすら叶わぬ体になってしまったのである。


 ――だが、その後。テルスレイドの政令によって「(ポータル)」が地球へと開かれ、向こう側の世界との国交が始まった時。彼女に、転機が訪れたのだ。


 国連軍という組織の金城(カネシロ)と名乗る男が、地球の技術ならレグティエイラを復活させられるかも知れない――と、交渉を持ちかけて来たのである。はじめは半信半疑だったグランガルド王国の家臣達も、地球文明が持つ超科学の数々を目の当たりにして、そこに希望を見出すようになっていた。


 そして幾重にも渡る交渉と、レグティエイラ自身の志願を経て、ついに実現したのが。

 魔法を操る異世界人の身体に、地球ならではの改造手術を施した、史上初の超人――混聖改人(ハイブリッドボーグ)第1号、煌翼姫(コウヨクキ)だった。


 その後、地球人の助力により再起不能から立ち直った彼女は、感謝の印として。自分を生まれ変わらせた男の姓を取り、カネシロとも名乗るようになったのだ。

 テルスレイドが地球との国交という革新的な政策に乗り出したのは、彼女を救う手段を探すためでもあった。エドワード・金城(カネシロ)・ヘンドリクスと出会えた彼は、その賭けに勝利したのである。


「あたしはあんたの魔人に殺されかけて、この身体……混聖改人になった。今のあたしなら、あんたなんて簡単に殺せるのでしょうね」

「……」

「でも、殺してなんかやらない。それは、あたしが望んだ復讐じゃない」

「……では、何を望む」

「自分は何もしない方がいい。自分は災いしか生まない。そんなあんたの生き方を、あんたのせいで生まれた力で、徹底的に否定する。そのためにあたしは――GRIT(グリット)-SQUAD(スクワッド)に入ると決めた。地球と帝国の戦士を集めた、『ヒーローチーム』にね」

「……お前にその身体を与えた男が、立ち上げた特殊部隊……だったか。言っておくが、地球には凄まじい強さを秘めた者達が数多くいる。さしものお前でも……」


 そして。自分をそのような数奇な運命に巻き込んだ、ルクファードを前にしても。その出自故の苦しみを理解している彼女は、魔人の件で彼を責めるようなことはせず。

 あくまで、今もなお卑屈になり続けていることだけを、否定していた。


「だったら。この檻を破って、あたしに付いて来てみなさい。あたしは行くわ、エドワードに報いるためにも」

「レグティエイラ、待て……!」

「じゃあね、ルクファード」


 自分を責め続けるだけの生き方など、決して認めない。彼女はそう言わんばかりの強い眼差しでルクファードを一瞥し、彼の制止も聞かずに歩み出して行く。


「……余の生き方を否定、か……」


 やがて、彼女の背が見えなくなるまで。足音が聞こえなくなるまで。

 牢の隙間から手を伸ばし続けていた第1皇帝は、思案に暮れ――浅黒く、そして凶々しく変色・・する自らの掌を、静かに見下ろしていた。


 ――そうして。ルクファードが何かを決意するかのように、掌を握り締めながら。生気を失っていた紅い眼に、微かな「光」を宿し始めていた頃。


「いたたっ……も、もう! 歩きにくいわね、このスーツっ!」


 キメ顔で立ち去った後、ルクファードからは見えないところで足を滑らせていたレグティエイラは。人知れず、そのポンコツぶりを垣間見せていた。


「……なんなんだ、あの女は」


 地下牢の影に身を隠し、彼らの様子を伺っていた黒尽くめの男――DELTA(デルタ)-SEVEN(セブン)ことジョン・ドゥの存在など、知る由もなく。


 ◇


「……そうか。陛下が我々の誘いに乗るかは分からんが……ひとまず、布石は打ったということだな」


 その後。国連本部のオフィスでは、ヒーロー達のスカウトを終えたエドワード・金城(カネシロ)・ヘンドリクス准将が、異世界人(アクセル)の手引きで帝国に渡っていた部下(ジョン)からの報告を受けていた。


「あぁ、分かっている。敵は六戦鬼だけではない……君達のような『英雄(ヒーロー)』を揃えただけでは、この件を解決するには足りんだろう。さらなる『兵士(ソルジャー)』を用意する必要がある」


 そして。部下と通信しながら、デスクに向かう彼の眼前では――ある一つのモニターが、輝きを放っている。


「人選については問題ない。アレ(・・)の装着者ならすでに、私の方で目星を付けている。この地球の『槍』となり得る、有望な者達にな」


 そこに映されていたのは、国連軍の新たなる「槍」。地球と異世界の治安維持という使命を帯びた、強化外骨格(パワードスーツ)のデータだった。


「そうさ、ジョン。君が思っている以上に……この地球(ほし)にはまだまだ、『ヒーロー』の資質に溢れた者達がいるのだよ」


 CAPTAIN(キャプテン)-BREAD(ブレッド)の面影を残す、次代の超人兵士達。その姿は、完成の瞬間を目前に控えている。


「……東京で活動していた元自警団(ヴィジランテ)、か。なかなか見所のある高校生が居たものだ」


 そして、部下との通信を終えた後。ヘンドリクスはとある書類に手を伸ばし、そこに貼られている写真に視線を落としていた。

 国連軍に能力を認められ、スカウトされた若者達のことを記述している、その書類の写真には――真っ直ぐな瞳を持つ、とある黒髪の青年の姿が写されている。


「生憎だが、『デルタ計画』最後の生き残りを遊ばせていられるほど、我々も暇ではなくてな。君の働きにも期待させて貰うよ、DELTA(デルタ)-SIX(シックス)……いや、坂本竜也(さかもとたつや)君」


 凛々しくも険しい、その写真の表情を見つめながら。彼は独りほくそ笑み――オフィスの窓から窺える、ニューヨークの輝かしい夜景を一瞥していた。


 ◇


 ――DELTA-SEVEN誕生のきっかけとなった、「デルタ計画」。そのプロジェクトが凍結され、一度は国連軍から解放された少年兵達の多くは、平穏な社会に馴染めず自ら戦場に帰り、命を落とした。

 生まれながらに銃を手に生きてきた彼らに、今さら歳相応の青春など謳歌できるはずもなかったのである。


 そんな中、6番目の被験体として計画に従事していた、唯一の日本人少年兵――坂本竜也だけは。優しい養父母と愛情に恵まれ、真っ当な人生を歩み始めていた。

 だが、その結果は環境だけが理由ではない。計画が凍結される以前から評価されていた、彼自身が持つ高度な「適応力」こそが、彼を「平凡な日本の高校生」として生かしていたのである。


 そして、ヘンドリクスが目を付けたのも、その「適応力」にあった。

 人間を超越した膂力を得る強化外骨格は、時としてそれを纏う者の「驕り」を招き、やがては破滅へと誘う。自身に如何なる強大な力が備わろうと、それに翻弄されることなく適応し、在るべき自我を保てる人間こそが、超人兵士に相応しい。


 それ故に。少年兵時代の技術と経験を活かして、街の治安を人知れず守る、たった独りの自警団(ヴィジランテ)として活動しながらも。表向きには、日本の高校生として穏やかに過ごしているという、その青年こそが。


 「次代の超人兵士達」の筆頭として、選定された者だったのだ――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] レグティエイラさん、異世界人なのに何で『カネシロ』って日本風の名前がついているのか不思議でしたが・・・そういう事だったんですね。 なかなかに気が強そうな性格で、『ゼロの使い魔』のルイズを彷…
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