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第31話 オリジン・オブ・デルタ


 ――中東、某国某市の貧民街(スラム)

 22世紀を迎えた現代においてもなお横行する人身売買の悲劇は、砂塵が吹き荒れるこの街の裏路地でも、絶えず繰り返されていた。

 今日も「戦利品」を回収しに来た犯罪シンジケートの構成員達が、トラックの荷台に押し込められていた女性達を引きずり下ろしている。


「ひっ……いやぁあぁっ! やめ、やめてぇえっ!」

「叫んだって無駄だぜ、どうせ誰も来やしねぇ――!?」


 その辺境の地にはもはや、ヒーローの手など届かない運命にある――はずであった。少なくとも、今日までは。


「――があぁあぁあッ!?」

「えっ……!?」


 突如、物陰から飛び出して来た黒尽くめの男が現れ。女性の手を掴んでいた構成員を、たった1発の蹴りで吹き飛ばしてしまったのである。

 そのスピードと威力は、生身の人間では決して辿り着けない――「超人」の業であった。


「……」

「なんだテメェ、まさか戦闘改人(コンバットボーグ)ッ――ぎゃああッ!?」


 物言わぬ黒尽くめの男に、構成員達は素早く拳銃を向けるが――狙いを定め引き金を引くよりも。彼が繰り出す拳の方が、遥かに(はや)い。

 戦闘改人、だとしても速過ぎるその打撃速度に構成員達は全く反応出来ず、瞬く間に全員叩き伏せられて行く。何処かへと連れ去られかけていた女性は、そんな彼の姿を、固唾を飲んで見つめるしかなかった。


「あ、あのっ……」

「……」


 ものの1分足らずで、30人もの構成員達を昏倒させてしまった、謎の男。

 黒の覆面で素顔を隠し、何一つ語ることなく物陰へと走り去って行く彼の背に、女性は何とか礼を言おうと手を伸ばすが――そのか弱い指先は、空を掴むばかりであった。


「……ふぅっ」


 そして、現場から遠く離れた袋小路で、ようやく立ち止まった彼は――覆面を脱ぎ去り、その素顔を露わにする。

 身長は176cmほどであり、年齢は17歳前後。褐色の肌に、しなやかでありつつも逞しい肉体を持ち、ウェーブの掛かった黒髪は砂を運ぶ風に揺れていた。一見すればアラブ系の美男子――のようだが、緑色に発光する右眼が、彼が生身の人間ではないことを示している。


「黒い覆面で素顔を隠し、颯爽と女性達を救出する謎のクライムファイター……か。随分と殊勝な活動ではないか」

「……ヘンドリクス」

「まぁ、その程度の働きはあって然るべきなのかも知れんな。……元VIRUS(ヴァイラス)-FORCE(フォース)の君が、国連軍の信用を得るには」


 やがて物陰から彼を見守っていたエドワード・金城・ヘンドリクスが、身を乗り出しその姿を現した瞬間――自分を「拾った」存在を前に、黒髪の青年は怪訝な表情を露わにする。

 触れられたくない自分の「過去」に言及された彼は、ヘンドリクスから目を背けながら、どこか遠い目で空を仰いでいた。


「その名前を出すな。俺はもう、何者でもない。……今の俺はもはや、『ジョン・ドゥ』だ」

身元不明の遺体(ジョン・ドゥ)、か……なるほど、確かにその名の方が今の君には相応しい。だが、君をただの遺体にしておくには惜しくてな」

「……なに?」

「世界は今、突如現れた異世界の存在に揺れている。その混沌に紛れ悪事を目論む奴らを見つけ出し、駆逐することが我々の任務だ」

「それに付き合え、と?」

「誰にでも任せられる役割ではない。飢えた子供達を救うためだけに、君が属していた部隊を滅ぼし……ロイドハイザーを倒した()のような。戦闘力と酔狂さを併せ持つ、『物好き』のような。そんな連中にしか務まらん仕事になる」

「……」


 ――身元不明の遺体(ジョン・ドゥ)。それは、あからさまな「偽名」であった。


 どこか虚な眼で、ヘンドリクスを見つめていた青年ことジョンの前に、一つのスーツケースが差し出される。漆黒の義手を伸ばし、そのケースを開けた瞬間――彼の眼前に、最新鋭の特殊戦闘服が現れた。


 漆黒の戦闘服と、ガスマスク。自分という存在そのものを、黒く塗り潰さんと言わんばかりのその装備を、青年は暫し吸い込まれるように見つめていた。


「かつて……君のように有望な少年兵を、国連軍に有益な人材に再教育するというプロジェクトが、極秘裏に進められていた。『デルタ計画』と呼ばれたその計画は非人道さ故、2121年現在はすでに凍結されている」

「……」

「そのデルタ計画に組み込まれていた少年兵は、6人。そして君が、存在するはずのない7人目となるのだ」


 元より自分は、戦場にしか居場所がない。ならば、それしか見えなくなるような仮面を被り、闇の中に沈んでしまうのも悪くない――。

 幼き頃から少年兵として生きて来た彼には、そのような考えが過ぎっていた。そしてこの場に、それを止められる大人はいない。


「君には悪いが、身元不明の遺体で終わらせはしない。……付き合ってもらうよ、DELTA(デルタ)-SEVEN(セブン)

「……いいだろう。契約成立だ」


 子供が銃を握り、戦うことが未だに常識となっている国で生まれ育った彼は。全ての「過去」も、本当の名前すらも捨て去った彼は。

 迷うことなく誘いに乗り、スーツケースに敷き詰められたガスマスクへと、手を伸ばすのだった――。


 ◇


 ヴィルゴス・ロイドハイザー将軍が率いる、陸軍によって統治されていた中東の某国。そこで生まれ育った少年は、兵士としての類い稀な才能を持ち――14歳という若さでロイドハイザーに見込まれ、戦闘改人(コンバットボーグ)に改造された。

 生まれた時から戦うことばかりを教えられてきた彼にとって、それは当たり前だったのである。子供ながら陸軍の兵士として、反乱分子を処刑することも。陸軍に逆らう国民を弾圧し、銃を向けることも。


 それが崩れたのは17歳を迎え、陸軍の精鋭部隊である「VIRUS(ヴァイラス)-FORCE(フォース)」に加わった頃であった。

 陸軍最強と目されるほどの実力でありながら、軍部に反旗を翻した叢鮫颯人(むらさめはやと)大尉――CAPTAIN(キャプテン)-BREAD(ブレッド)に、完膚なきまで叩きのめされてしまったのである。しかもあろうことか、少年兵だからという理由で情けをかけられ、見逃されてしまったのだ。


 その後。陸軍の内戦に介入してきたアメリカ軍による空爆で、四肢と右眼を破壊され、身動きが取れなくなった彼は――抵抗も自決もままならず、国連軍によって保護された。ロイドハイザーが倒され陸軍が崩壊したのも、それから間もなくのことであった。


 その瞬間。祖国のために、陸軍兵士として戦うことが絶対の正義と信じてきた彼は、全てを失ったのである。

 新たな義手と義足を与えられ、社会復帰に向けたリハビリを勧められることもあったが。結局は今のように、国連軍所属のエージェントとして働く日々を送っていた。


 ――自分は結局、戦うことしかできない。今さら普通の少年として平穏に暮らすには、余りにも傷付き過ぎたし、傷付け過ぎた。

 ならばせめて、戦うことで。自分が今もなお、生きている意味を確かなものにしたい。


 その一心でGRIT(グリット)-SQUAD(スクワッド)に加わり、DELTA-SEVENとなった彼にとって。

 それは自分に情けをかけ、戦いから遠ざけようとしたCAPTAIN-BREADに対する、「報復」でもあったのかも知れない――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] デルタセブンの名前の由来、『存在しない筈の○番目の男』って、なんか8マンみたいですね。 自分が情けをかけた相手がなし崩し的にとはいえヒーローやっているって知ったら、キャプテン・ブレッドは…
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