第27話 私達の物語、彼らの物語
――かくして。ヒーロー達は各々の「世界」で、守るべき人々との再会を果たして行くのだった。あの戦いで止まっていた時間が、再び流れ出したかのように。
私達の「物語」は、これでおしまいかも知れないけれど。彼らの「物語」はきっとまだ、始まったばかりなのだろう――。
◇
「しかし、意外だったな」
「何がだ」
「お前のことだから、こんな飽食な国に来たら怒り狂うと思ってたんだが」
「そんな必要はない。……収穫もあったからな」
「収穫だぁ?」
そして。式に参列することもなく、早々に2121年の地球へと帰還していた、叢鮫颯人さんと火弾竜吾さんは――7月の陽射しをその身に浴びて、東京の海と街並みを眺めていた。
22世紀に入ってからも地球温暖化の勢いはとどまるところを知らず、アスファルトの向こうに見える景色は、絶え間ない熱気に揺らめいている。
「……」
一方。世間では夏休みが始まる頃であり、彼らの視界には笑顔を咲かせる子供達の姿が映り込んでいた。
家族と手を繋ぎ、幸せな日々を送るその姿は――革ジャンを羽織る2人の青年にも、微かな笑みを齎している。
特に叢鮫さんは、この日本の街並みに対して深く思うところがあるのか――戦いの時のような冷淡さがまるで感じられない、柔らかな微笑を浮かべていた。
「俺の故郷に、飢餓で苦しむ子供はいないということ。……そしてこの国は大抵、何を食っても美味いということを知れた」
「ハッ、なるほどな。さすがは大紋博士の……」
「……?」
そんな彼の横顔を見遣っていた、火弾さんも。人知れず、安堵するように口元を緩めている。
決して、言葉にはしないのだけれど。彼も彼なりに、叢鮫さんのことを気にかけているのかも知れない。
「……いや、それは別にいいか。しかし相も変わらず、食い物に目がねぇ野郎だ」
「お前の減らず口も、収まる気配はなさそうだな。それで? とっくに『任期』が終わっているのにも拘らず、ROBOLGER-Xの装備を持ち出したことは、警視庁にはどう説明するつもりなんだ。昨日までには全ての武装を解除して、ロブを『無害』なバイクにする予定だったのだろう?」
「あるがままを話すさ。信じるかどうかは、向こうが決めることだし……これは『資格』の問題じゃねぇ。お前だってそうだろう?」
「……ふん」
――輝矢君は全てが終わった後に、私に話していた。私が罪人の娘として、誰からも謗られないような世界を作りたい。そのためにも近いうちに、異世界と地球を繋ぐ「門」を作り、正式に地球との国交を始めるつもりだと。
ただ魔人を倒すことだけが目的なら、テルスレイド・セイクロストという「皇族」として、アメリカ政府や国際連合に協力を要請し、地球の軍隊を連れて来る方が確実だった。しかし軍隊という「最強」の力に頼れば、その後に始める外交は確実に、帝国にとって不利なものとなってしまう。
それを回避するためには、結城輝矢という「私人」として「個人」に協力を仰ぐしかなかった。得体の知れない異世界人が相手だろうと、人々の命運を救う為とあらば、自分と共に命を賭けてくれる傑物。そんな「最優」のヒーローこそが、叢鮫さんと火弾さんだったのだ。
私が生きていく世界を守るために、輝矢君は――「最強」よりも「最優」な彼らを、見つけてくれた。
今なら、私も心の底から思える。来てくれたのが、彼らで本当に良かったと。
やがて、微かな笑みを向け合いながら。彼らは互いの愛車に跨り――それぞれの「物語」に向かって旅立って行く。
「なぁ、言わなくて良かったのか? お前が『20年前の旅客機事故』から生き延びた、唯一の生存者だってこと」
「彼女もまた、あの事故で苦しんだ1人だ。これ以上悪戯に傷付ける必要はないだろう。……『過去』に拘れば奴のように、『今』を犠牲にしてしまう」
「へっ……カッコ付けやがって」
私の知らない真実を、その胸に秘めたまま。
「……お前こそ、報酬はどうした。追加ボーナスがどうとか言っていたが」
「あん? あぁ……そうだなー、忘れてた。『門』も閉じられちまったし、請求書も出せねぇや。こりゃあ大赤字だぜ、なぁロブ」
『ピポピポッ!』
「……ふん、格好付けやがって」
――何の見返りも、求めずに。
そんなヒーロー達の旅路は今も、続いているのだ。私の知らない、どこか遠い世界で――。
◇
「……あれがGENERAL-VIRUSを倒した、CAPTAIN-BREADこと叢鮫颯人。そしてBLOOD-SPECTERを壊滅させた、ROBOLGER-Xこと火弾竜吾……か」
そして。叢鮫さんと火弾さんが、正反対の方角へと走り去っていく様子を――1人の青年が、遥か遠くのビルから双眼鏡で眺めていた。
真夏の風に靡く艶やかな黒髪と、鋭い眼差しを持つ中性的な美男子。といった印象を与えている彼は、双眼鏡を下ろすと目を細めて彼らの名を呟く。
「ヘンドリクスさんの言いなりってのは癪だけど……これ以上誰も巻き込まないためには、僕らがあの人達に代わる『超人兵士』になるしかないんだろうな。あのスーツを、完成させて……」
「おい、いつまで油売ってんだよ。そろそろ行こうぜ、竜也」
「……あぁ、分かってる。今行くよ」
やがて、同じ服装に袖を通している仲間達に呼ばれた彼は。叢鮫さん達のいる方角に背を向け、静かに踵を返した。
その瞬間に翻った黒のレザージャケットには、「JAVELINS」という文字が刻まれている。
竜也と呼ばれた青年を含む、彼ら全員が着ているそのジャケットの背には、「槍」を想起させるエンブレムが描かれていた――。
◇
それから約2ヶ月後の、2121年9月。
地球との国交を始めるべく、輝矢君が東京に「門」を開いたことをきっかけに――「剣と魔法の異世界」の実在が、全世界の知るところとなり。
当然のことながら、世界中が大騒ぎになってしまったのだが。それからのことはまた、「別」のお話である。
※輝矢と花奈の結婚式に、颯人と竜吾が出席しなかった理由
颯人は元々、飢えに苦しむ子供達に食糧を届けるため、陸軍からパンを奪う義賊として活動していた。異世界に召喚されている間は当然ながらその活動がストップしてしまうため、戦いを終えた彼は早く元の世界に帰らなければならなかった。
ただその場合、結婚式から颯人だけ欠席する形になってしまうので、彼を独りにしないために竜吾も付き添う形で帝国を去ることになった。ラストシーンで「門」を抜けた彼らが東京に居たのも、戦場育ちで故国を知らない颯人に一度、日本を見せてやりたい……という竜吾の計らいによるもの。




