第1話 2121年という過去
〜主な登場人物〜
・穂波花奈
ヒロイン。航空会社を経営していた資産家・穂波家の出身だが、産まれる直前に起きた「20年前の旅客機事故」による影響で天涯孤独となり、現在は孤児院で暮らしている。身長162cm、年齢は20歳。
・篁紗香
花奈の友人。刑事の娘であり、空手の有段者でもある男勝りな女子大生。花奈の出自を承知の上で「親友」として付き合っており、彼女の窮地にはいつでも駆け付けると決めている。身長173cm、年齢は20歳。
・エヴェリナ・ノヴァクスキー
花奈の友人。東欧に存在する小国の姫君であり、その奇跡的な美貌故に多くの有力者から見染められているが、彼女自身はCAPTAIN-BREADに深い恋情を寄せている。身長157cm、年齢は14歳。
・叢鮫颯人/CAPTAIN-BREAD
主人公のひとり。「20年前の旅客機事故」によって両親を失い、生きるために「戦闘改人」と呼ばれるサイボーグ兵士になった。飢えた子供達を救うために自分を改造した陸軍に反逆し、孤独な旅を続けている。身長193cm、年齢は21歳。
・火弾竜吾/ROBOLGER-X
主人公のひとり。新宿で小さな探偵事務所を経営しており、相棒のAI搭載型バイク「ロブ」と共に暮らしている。「半機甲電人」と呼ばれる戦士に変身する力を保有しており、有事の際にはパワードスーツに変形したロブを装着して戦う。身長190cm、年齢は24歳。
・結城輝矢/PALADIN-MARVELOUS
主人公のひとり。異世界を統べる「セイクロスト帝国」の第2皇子であり、魔術と武芸の両方を極めた「聖騎士」の中でも最優と称えられるほどの天才。現在は訳あって地球人の青年として、花奈と共に孤児院で働いている。身長195cm、年齢は20歳。
――2124年7月。アメリカ、ニューヨーク。
「ご覧下さい、同志。彼女が例の……」
「そうか……あんな小娘が今や、彼の『帝国』の皇后だとはな」
「大統領。異世界の情報を得るためにも、ここは慎重に……」
「言われずとも分かっている。……ふん。あのホナミ家の娘が、随分と良いご身分ではないか」
新緑を基調とする絢爛なドレスを纏い、黒髪を靡かせる私―― ハナ・ホナミ・セイクロストには今、様々な思惑を内包した眼差しが注がれている。
世界各国の首脳陣が集う国連本部主催のパーティーに招かれ、「異世界の皇后」として出席した私に対する視線は、いずれも純粋な好意ではなかった。「嫉妬」にも似た負の感情ばかりが、この広大な会場に渦巻いている。
――23年前。旅客機事故による甚大な被害を齎し、その責任を問われ倒産した航空会社があった。
それを経営していた穂波家の娘だった私は、確かに歓迎されるような身分ではない。事実、つい3年ほど前まではそうだった。
しかし今は、異世界から来た「とある皇子」に娶られ――その遥か彼方の世界に在る、「セイクロスト帝国」の皇后という身分に就いている。私の身の上を知る人々にとって、これほどつまらない話はない。
件の旅客機事故は、最新鋭のAIによる操縦を売りにした「期待の星」が起こしたものであり、世界各国の有力者がその投資に関わっていた。つまりそれだけ、穂波家は世界中からの顰蹙や憎悪を買っていたのである。
もちろん、その当時は生まれて間もなかった私に、それを訴えたところで意味はないと誰もが理解している。が、事故と私を完全に切り離すことは難しいというのも、また事実であった。
このニューヨークに、私のためとして設けられたというパーティー会場。その中においても、私は「孤独」になりかけている。
絶え間なく耳障りの良い美辞麗句を並べる政治家達に、皇后として愛想良く振る舞いながらも――私は、その寂しさを振り切れずにいた。
「ますますお美しくなられましたな、皇后陛下。いかがです、久々の地球は」
「えぇ。とても心地良くて……なんだか、懐かしい気分です」
それでも私が折れずにいられるのは、数少ない理解者に恵まれているからに他ならない。筋骨逞しい肉体を軍服に隠し、必要かどうかも怪しい杖をついている老紳士――エドワード・金城・ヘンドリクス中将もその1人だった。
白く豊かな顎髭を撫でる強面な彼は、国連軍の要職に就く強力な後ろ盾として、公私共に私を手厚く保護してくれている。穂波家の過去を知りながらも、屈託なく私と接してくれる貴重な友人として。
「む……それにしても、タカムラ刑事の眼光は中々に鋭い。周りの連中はおろか、私ですらも戦慄を覚えるほどですな」
「あ、あはは……もう、紗香ってば私が絡むと、すぐにああなるんですから」
それに、彼のような理解者は他にもいる。
警視庁から出向してきた護衛の1人として、各国政府のSPと共にパーティー会場の警備に就いている――篁紗香刑事。私が成り上がる前からずっと、支えてきてくれたかけがえのない「親友」だ。
23歳の若さでこの現場を任されるほどの才媛である彼女は、男性ばかりのSPの中では異彩を放っており、装備の上からでも伝わる圧倒的過ぎるプロポーションと美貌もあって、各国政府の関係者らも思わず視線を奪われている。
だが。ゆるく巻かれた茶色のロングヘアを靡かせる彼女の眼光は、どんな刃物よりも鋭く、冷たい。遠くからでも伝わるその気迫は、私に対する陰口を一瞬のうちに黙らせるほどであった。
「どうもこちらは嫌な視線ばかりで、気が滅入ってしまいますわ。場所を変えましょう、皇后陛下」
「そう、ですね……ありがとうございます、エヴェリナ様」
さらに。私にはもう1人、心強い味方がいる。東欧のとある小国の姫君である、エヴェリナ・ノヴァクスキー様だ。
同性の私ですら、思わず息を飲んでしまうような透き通る白い肌と、見目麗しいブロンドの髪。艶やかな紅いドレスを着こなすその佇まいは、まだ17歳だとは思えないほどの気品に満ち溢れている。
そんな絶世の美少女にして、いわゆる「成り上がり者」の私とは違う、生粋の「王族」である彼女は――ヘンドリクス中将と同様に、私に対して親身に接してくれる、かけがえのない友人であった。
彼らは世界各国からの視線に悩む、私の胸中を察してくれたのだろう。政務のため、今この場にいない夫に代わり――私を世界最大の夜景が映えるバルコニーへと誘っていた。
数多の権力者を一瞥するだけで虜にしてしまう、「奇跡の美貌」の持ち主である彼女にまで、不躾な目を向けられる者はここにはいない。
「……!」
そんな彼女の厚意に甘え、歩み出す私の視線に。ふと、会場の壁に掛けられた1枚の絵画が留まる。
私の異変に気付いた2人も、すぐさまその理由を察知し、足を止めていた。
「……美しいですわね。実物には劣りますが」
「ふふっ、エヴェリナ様は手厳しいのですね」
「あら、ごめんなさい。荒事に弱く、そのくせ芸術にはとにかくうるさい国の生まれですから、つい」
その肖像画は、異世界から寄贈された「偉大なる三英雄」を描いたものであり――私とエヴェリナ様は「実物」を知るが故に、絵の麗しさを認めながらも苦言を呈している。
そんな私達の「惚気」を、屈強な老紳士は微笑ましく見守ってくれていた。
右側に立つ真紅の戦士、CAPTAIN-BREAD。
左側に立つ蒼き鉄騎兵、ROBOLGER-X。
そして、中央に立つ翡翠の聖騎士。
私の夫にして、異世界を統べるセイクロスト帝国の新皇帝――PALADIN-MARVELOUS。
彼ら3人は皆、セイクロスト帝国を救うために神が遣わした救世主として、「向こう側の世界」で崇められているという。地球出身者もいる彼らの活躍がきっかけで、異世界も地球と交流を持つようになったのだ。
彼らがいなければ私は今も、惨劇を起こした者達の末裔として蔑まれ――こうして、友人達に恵まれることもなかったのだろう。
「……くすっ」
だからこそ。そんな彼らが、「英雄」として崇拝される所以となった戦いを、この目で見てきたからこそ。
思わず、笑みを零してしまうのだ。
――流石にこれはちょっと、カッコ良く描き過ぎじゃないかなって。
◇
「あれは……」
「皇后陛下がご覧になるのは、初めてになりますわね。あれはC-174輸送機こと、GLOBEMASTER-FX。『GRIT-SQUAD』のヒーロー達を乗せる、正義の方舟ですわ」
「……グリット、スクワッド……」
そして。
夜空の彼方へ翔び去っていくダークブルーの大型輸送機を、バルコニーから仰ぐ私とエヴェリナ姫は――「過去」を振り返り、思案する。
闘志の群れと名乗る、地球と異世界の精鋭を集めた最優のヒーローチーム。
そんな彼らと、私の運命が大きく変わったのは、今から3年前。まだ私が、ただの地球人に過ぎない穂波花奈だった頃。
2121年に起きた数々の戦いが――今にして思えば、私達にとって1番の転換期だったのかも知れない。