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Eternal Fire  作者: 犬村犬太郎
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第1話 ゴブリン

「ファイヤーソード」

 そう呟いた直後、俺の右手に握られた剣に紅い火が灯る。小さい。そして弱そうな火を纏っている。

 だが、問題ない。目の前で、赤い毛に覆われた筋肉質のウルフが威嚇してくるが、問題ない。恐怖心もない。

 何故なら、

「ギャザーファイヤー」

 俺の胸の前に小さな火の玉が出現する。この火は小さい。だが、確かな熱を持っている。その熱は身体に汗を生ませる……だけなら良かったかもしれない。俺はいつの間にか後ずさっていた。そのくらい暑かった。

 それでもウルフは怯まない。

 でも、本命はこれから。

合技(ごうぎ) ファイヤースラッシュ」

 俺の剣は振られ、纏った火と火の玉が融合して、剣から離れていく。離れた炎は徐々に刃を形成しながらウルフに向かっていく。

 爆発音が鳴り響く。

 当たった。頭に当たった。眉間に当たった。口に当たった。

 焼けた傷口から、ゆっくり、砂糖が水に溶けたような粘度の赤い汁が出る。後に続けて白子のような物が滑り落ちる。

 何度、見ても見慣れない。気持ち悪い。そういう恐さがあった。

 俺は赤くなった野原を通り、ウルフの背後に回る。

 俺の剣は騎士の訓練用実剣で、その見た目は刃が鉄で出来、柄の部分は木で出来た装飾の一切ない直剣だ。

 そんな剣を背中に納め、腰の短いナイフに手を掛ける。刃を抜き、ウルフの背骨に合わせて皮を切る。次は首。次は腹。最後は脚の皮を切る。こうする事で片側の皮を剥ぐことが出来る。もう一巡することで全身の筋肉が露わになった。

 改めて、その筋肉量を実感した。

 血を失った筋肉は筋をぼんやりさせている。張った筋肉は人間のそれとは比べ物にならないほど大きく、圧倒的な性能美だ。

 ひとまず、目標は伐った。後は、皮を受け付けに提示すれば、晴れて騎士ランク5に昇格だ。

 俺は小さくステップを踏みながら、城下町へ向かった。


 城下町。そこは、アクセル王国の中心に位置している、主要都市だ。そして、更にその中心。王城の真下に、騎士を司る施設は存在している。

 そして、今、俺はそこにいる。

「おめでとうございます!」

 受付嬢の澄んだ声が、施設内に響く。

「ケイ様は騎士ランクが5に昇格しましたので、騎士団運動会への出場が決定しました」

 俺の真の目的はこれだ。

 騎士ランクが5になると、運動会の参加が可能になる。更に、それは強制だ。

 これに参加すれば、知名度も上がりクエスト依頼者も増えるかも、と言う魂胆がある。

 これで、貧乏生活脱却だ。もう、それ以上、感動的な事はない。

「では、運動会参加証明書を発行しますので少々、お待ちください」

「はい」

 俺は相槌を打った。

 その直後だった。

「ケイー!!」

 そんな叫び声が聞こえ、振り向こうとした瞬間、誰かが背中に飛び付いてきた。

 胸が当たってるから、女だ。しかし、そんな冷静分析出来る訳なかった。

 あばら骨が分からないほど大きく、そして柔らかい、それが背骨を包み込む。腰に当たった胴体と前に回された腕から感じる、その熱は辺鄙な布切れなど破壊する。その多大な情報量に男としてのそれは、完全に掻き乱されていた。

 俺はこの人の正体を知っている。普通に友人だ。

「止めろよ。エブリン」

 俺は焦りながら言う。

「やーだー」

「後でスイーツ、奢ってやるから」

 また、焦りながら言う。限界が近いのだ。

「むぅ……しょうがないなー」

 背中に張り付いた、柔らかな感触が小さくなっていく。

 スイーツは…依頼が増えるから大丈夫だろう。

 俺は彼女に向き直る。

 彼女の名前はエブリン・ウィリアム。亜麻色の髪、髪と同じ色の目、綺麗な唇、整った輪郭。下ると大きく、そして柔らかな凸。更に下は細いウエスト、病的なほど白い足がある。絶大な美少女。今はブラウスに青いショートジャケット、下は白いスカートを履いている。性格は子どもっぽいところがあるが、そこも良いと言う人もいる。何より、彼女は戦闘能力が高く騎士ランクが15で魔力は加速と、かなり有能な為、騎士からの人気が熱い。

「昇格、おめでと!」

 俺はその事を誰にも伝えていなかった。何故、知っているのだろうか。そう思い辺りを見渡す。

「なるほど。それは大事な物だから、返してくれないか」

 エブリンの手には、運動会参加証明書が握られていた。

「勿論!」

 そう言いながら、証明書を手渡してきた。

「君たち、ちょっといいかな」

「「はい?」」

 エブリンと声が被る。

 話し掛けて来たのは、白髪、白髭の老人だ。商会バッチを付けているから商人だろう。

「何でしょう」

 エブリンが問う。

「依頼じゃよ。ご婦人は……失礼。名前、何じゃったかのう」

「エブリン・ウィリアムです」

「そうじゃそうじゃ。聞くところによると、相当な腕らしい。そこで本題じゃ。最近、国外に出た商人があるモンスターから被害を受けているらしいのじゃ」

「その、モンスターとは」

 エブリンが更に問う。

「変色体ゴブリンじゃよ」


 あれから、ニ日たった。

 食材を輸出しようとしていた商人を囮にする作戦に食い付いた。

 変色体は数年に一度の特殊個体。本来、緑色の肌に頭には貧相な角があるはずだが、このゴブリンは筋肉質で紫色の肌。頭には、黒髪と大きな角がある。

 これから、ウルフ戦とはまるで違う戦いが始まる。

「いくぞ、エブリン!!」

「うん!」

「合技 ファイヤースラッシュ!」「加速!」

 炎は腕に当たった。

 だが、さすがだ。傷も火傷も殆どない。

 エブリンは短剣をニ本、逆手で持って戦う。これも俺と同じような訓練用短剣だ。

 加速した彼女は、後ろに回り込み片方の剣で突く。刺さったが浅い。ゴブリンは振り向きながら、拳を振る。エブリンはすかさず離れ、追撃。ゴブリンが1撃の間、エブリンは一、ニ、三撃。着実に傷が出来ていく。血が流れる。エブリンが狙うは勿論、最初の傷口。確実に刺せれば殺す事も可能だ。

 だが、変色体は甘くなかった。

 加速の効力が切れ始めた頃、反撃が始まった。

「うっ……」

 反撃の初撃は肩だ。

 野原が鮮やかな赤で彩られる。

 復讐の追撃が始まる。腹へ、腕へ、脚へ、赤い追撃が彼女を赤く塗り替える。

「ファイヤーソード。俺の前で誰かを、エブリンを殺せると思うなよ」

 俺個人の怒りと、家訓『仲間を護れ、敵を喰らえ、総ての裏切りは敵と見なせ』を込めた言葉。

 奴の背中に剣を振る。傷も火傷もない。でも、炎は何度でも燃え上がる。

「再炎上」

「ギェェェーー!!」

 背中と腕は、俺が与えた痕跡は燃える。

 背中の炎はエブリンの与えた傷口に入り込んで、肉を焼く。

 奴の背中の真後ろに向き直る。

 俺の怒りの象徴。俺の最大。

 剣を振り上げて、言う。

「逝ね。絶火斬(ぜっかざん)

 蒼く燃える剣を振り下ろす。

 蒼と紅の炎が混ざり合い、奴の身体を精神から焼き尽くす。

 だが、まだ足りない。もがいて、もがいて、もがき苦しんでいる。いっそのこと自害してくれたら、俺も貴様も楽なのに。

 足りないなら、足掻くなら何度だって。

 怒りと憎しみを込めて、

「ファイヤーソード」

 切る、皮を、肉を、骨を、内臓を、切る。何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!切り刻む。


 『そうだ。切れ。何度だって。それが、七年前の代償だ』

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