目が醒めればそこからサバイバル?!
「はぁっ、はっ、っ、まだ、出口はないん?」
もうどのくらい森を歩いたんだろう。
さっきまであんなに意気込んでたのに、もう撤回したくなってきた……。
息が上がり、肩が大きく上下する。
額からは汗が流れ、綺麗だったスーツもパンプスも泥まみれになっている。
「ははっ、笑える格好になってしもた……。ほんまに、人生どこで何があるかなんて、全く想像できひんなぁ」
気休め程度に服の汚れを手で払うが、当然落ちない事にガックリと頭が垂れる。
かれこれもう3時間以上は歩き続けているのに、一向に出口は見えない……。
途中で川を見つけて、渇いた喉を潤す。
お腹が空いたけど、食べ物は何も持っていないし、辺りを見渡しても食べれそうな物はない。
ぐぅーっとお腹がなるが、聞こえなかったフリをする。
あとどのくらい歩けば森から脱け出せれるのか。
夜になる前に此処から出なければ……。
鳥の鳴き声が聞こえるという事は、鳥を餌にしている野生の動物がいるかもしれない!!
「……熊とか狼とか、いてたらどないしよ?!」
サァーっと血の気が引くのがわかった。
ぐちゃぐちゃになった自分が想像できて、ブルリと震えた肩を両手で抱きしめた。
早く歩こう!!
「――っ、二回も死んでたまるかっ!!」
眼をカッと開き、足に力を入れてまた歩き始めた。
再び歩き出して、はや数時間経過。
最初の泥だらけの格好に加えて、木の枝や葉っぱによってできた小さな擦り傷が燐の顔や手にいくつか出来ていた。
歩き続けた足は靴擦れだらけ。
もう体力は底をついて、気力だけで歩き続けている。
が、ひとつ問題が発生した。
「……やばい。……日が、暮れてきた……!」
夜になる前に森から出るつもりが、未だに出口は見つけられていない。
気持ちだけが焦り、変わらない景色に苛立つ。
「……チッ!あぁ、もう!!」
我慢出来ずに舌打ちを一つ。
静かな空間に響きわたる。
苛立たし気に髪をぐしゃっと掴み、眉間にシワが寄る。
「もうこの際、下手に動かんで、朝まで何とかやり過ごした方が安全ちゃうか……?木の枝でも集めて、ライターで火ぃ着けたら動物も寄って来やんやろ。……いや、今やったら私、鹿ぐらいやったら一緒に寝れるかも。むしろ布団代わりに一緒に寝て欲しいわ、ーっ、ハ、ハ、ハックシッ!!」
大きなくしゃみがひとつ。
日が暮れるにつれて徐々に気温が下がってきた。あんなに汗まみれだった燐だが、汗もすっかり引っ込んだ。
キョロキョロと辺りを確認するが、背の高い木があるだけ。
「っ、くっそー……。何とか川の近くまで歩こう。ほんで、木を燃やして暖まろう。川の近くやったら、もし燃えすぎても水があるから大丈夫やろ?……そうしよ、はい、決定!!」
そう決めるやいな、早速木の枝を集めながら歩きだした。
そんな燐をずっと、付かず離れずの位置からこっそりと観察している男がいた。
「(……何なんだ、あいつは……。突然、何もない所から現れたよな……?観察している限り、特に害がある訳ではないようだが……。……いや、しかし……、見た事のない不思議な服装。服だけじゃなく、持ち物も……。彼女自体に何かできるとは思えないが、もし、危険があってからでは……。それにこの違和感……)はぁ」
男はため息をひとつ吐き、額に手を当てる。
サァーっと吹いた風が、男の灰色の髪を揺らした。
そして、腰の辺りにある刀を一撫でし、音を立てずに燐の後を追いかける。
「面倒な事にならなければいいが……」
今にも嫌だ嫌だ、と言わんばかりの表情を浮かべる。
後を付けられている事等、全く知らない燐はここでも大きなくしゃみを一つ。
「ハッ、ハ、ハクシっ!あぁ……ずずっ ―。誰かに噂されてるんやろか?」
鼻を持っていたハンカチで押さえながら、木を均等に並べて周りに石を置いていく。
「とりあえず良い場所見つけたから、よしとするか」
運が良いのか悪いのか、川を目指して歩いている内に滝を見つけた。
ここなら大小様々な石もあるし、水もある。
ついでに、大きな岩もあるから背凭れにちょうどいい。
種火となる枝に持っていたジッポで火を着けたら、石で作った囲いに中に集めた枝や葉っぱ目掛けて投げ入れる。
ジュッ、ボボッ!!
「よしっ!」
上手く火がついた。
ホッと一安心し、胸を撫でおろす。
その時にふと、ポケットに入れていた煙草の存在に気づいた。
「……すっかり、煙草の事忘れてたわ。いつも、煙草なかったら死にそうな顔になるのにな……」
取り出した煙草を見ていると、色々と考えてしまい、涙腺が緩み、視界がじわぁっと歪む。
「あかんあかん、泣いたって何も変わらへん!泣くだけ水分の無駄使いやわ」
無理矢理作った笑顔で、持っていた煙草に火を着ける。
煙を深く吸い込み、肺に送り、息を吐く。
「フゥー……、ははっ」
たったそれだけの事が、ひどく燐を安心させた。
ふと、目を上に向けると、視界全てに広がるのは宝石を散りばめたような星と、まん丸なお月様が浮かぶ夜空。
「うわぁぁ……、めっっっちゃ綺麗やぁ~!こんなん、初めて見た!!」
口をポカーンと空けて、ただただ頭上に広がる夜空に魅了された。
「……うちの住んでる所も田舎やけど、ここまで綺麗やなかったなぁ。プラネタリウム見てるみたいやわ……、ほんまに綺麗」
少し気持ちに余裕ができたのか、煙草のお掛けで安心したからか、グゥ~っと燐のお腹が鳴った。
「なんや、急にお腹空いてきたわ……。……こんな事になるんやったら、お母さんの作ったご飯ちゃんと食べといたらよかった、な……。もしもの話をしてもしゃぁーないけど」
後悔したところで、お腹が満たされる訳ではないが、わかっていても、言わずにはいられなかった。
お腹を擦りながら、煙草を岩に押し付けて消して川に向かう。
空腹を誤魔化すように水を飲んで、口元を拭う。
また元の位置に戻って、腰を下ろす。
今日1日で色々な事が起こりすぎて、まだ頭が混乱している。
更に歩き続けた事で、体力はゼロ。
そのせいか、ゆらゆらと燃える火を見ている内に、睡魔がやってきた。
目が段々と閉じていきそうになるのを、なんとか耐える。
「……あか、ん……、寝たら、……もう、ちょっと火の様子、見てやんと……、くあぁぁ。もう、無、理……」
その言葉を最後に、完全に燐の目は閉じてしまった。
気持ちよさそうに眠っている燐。
カサリ、葉っぱを踏む音がした。
すると、燐をずっと観察していた男が木の影から、スッと現れた。
岩に凭れながら眠っている燐の前まで来ても、熟睡している為、全く起きる気配はない。
片膝をついてしゃがみ、更に近づいて燐の顔を覗きこむ。
月明かりに照らされた二人。
距離はほとんどない。
スー、スー、と寝息が燐から聞こえる。
男はおもむろに手を伸ばし、燐の顔に触れた。
燐の艶のある長い黒髪が、サラリと流れ落ちて男の手に掛かる。
驚き、そして、ある事を確信した。
「……はぁ。やはり……そう、みたいだな。全く、面倒な事になったな……。チッ、【大丈夫だ。ちゃんと、わかっている。】」
ため息の後に吐き出した言葉は、誰もいない方向に向けられていた。
焚き火の火は、もうすぐに燃え尽きるだろう。
男は燐を抱き上げて、静かにその場を後にした。