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全ての始まりは夢から

 いつもの時間に起きて、いつもの時間に出勤。

 いつもの時間に退勤して、家に帰って家族とご飯を食べて寝る。

時々親しい友達と会って、日頃のストレスを発散させるべくパァーっと騒ぐ。

そんな日常が崩れ去るのは、ほんの一瞬で……。



 バタバタッ、ガチャンッ!!

 扉を勢いよく開けて、家中を走り回わる。

 長く艶のあるストレートの黒髪が、彼女の動きに合わせてサラサラと揺れている。

「燐ちゃん、寝坊したん珍しいなぁ。朝ご飯はいらんの~?」

 片手にフライパンを持った母【奏】が、キッチンから顔を覗かせながら言う。

 ジュウッ、ジュワァ。

食欲をそそる美味しそうな匂いと音が漂っている。

 っ食べたい!美味しそうや……!!

ジュルリ……。涎が落ちそうになって、慌てて口元に手をあて、止める。

 なんとか母お手製の朝食を食べようとチラリとお気に入りの腕時計に目をやるも、項垂れる。

「ごめん!食べてる時間ないッ!!母さん、ほんまにごめんな!!」

早く起きれば良かった……!!後悔しても遅いけど。

「燐、もうちょっとはよ起きや!!それから母さんのご飯はちゃんと食べなさい。これ、お父さんのお願いや」

「燐姉~、鞄忘れとるよ?はい。ほんまに寝坊するん珍しいなぁ。昨日早く寝れやんかったん?」

 燐と同じ真っ直ぐで艶のある黒髪が特徴の父【空】が眉を下げながら言う。

 床に置いたままの鞄をさっと渡してくれたのは、母譲りの茶色のフワフワした髪の弟【翔】。

「ありがとう、翔。いや、昨日はちょっと夢見が悪くてなぁ……」

 昨夜の夢を思いだし、眉間にシワが寄る。

「あらあら、どんな夢やったん?悪い夢は人に聞いてもらうんがいいんやで~♪」

 ニコニコと笑顔の母だけど、心配してくれてる事が伝わってくる。

「んー、自分でもはっきり覚えてる訳やないんやけど……、キラキラした華が出てきたような……?」

「「キラキラした華?」」


 そう、5輪の華。

 キラキラと赤、白、オレンジ、青、黒と光輝いていた。

 はっきりとわからないが、たぶん……あれは薔薇の華やった。

 真っ黒い空間の中に咲く5輪の華、ヒラヒラと色とりどりの花びらが漂う不思議な空間。

 ただただ、目が離せなかった。

あれは一体……。

 考え込んでいると、ご飯を食べている翔から一言。

「燐姉、時間大丈夫なん?ほら」

「え?」

 翔が指差した時計に表示されている時間は、遅刻ギリギリの時間だった。

「あぁぁぁぁぁ!あかんっ、遅刻する!!いってきます!」

「「「いってらっしゃーい」」」

 私の大好きな家族。

家族からのいってらっしゃいで今日も頑張れる!!

見送られつつ、慌てて家から飛び出し駅に向かって走る。

 地面を蹴って走るたびに、ヒールのカツカツという音が響きわたる。


 あ、申し遅れました。神崎燐、28歳でOLやってます。

 独身です。

 こら、そこ!哀れみの目で私を見るんやないっ!!

 独身やとなんかあかんのか?!あぁ?!独身貴族万歳やろが!!

 はっ!!つい癖で、威圧的になってしもうた……。

 こんな厳つい表情はあかん!早く元に戻れぇー!願いを籠めながらグイグイと顔を揉みしだく。

 ま、まあ、それは一旦置いといて。

 家族とも仲良しで、職場の人にも恵まれて、大切な親友と呼べる人もいる。


 ごくごく普通の平凡な生活を送っていた私。

 そこに不満がなかったと言えば嘘になるけど、特別に自分が何かをするとも考えてなかった。

 いつか好きな人と結婚して、子供を産んで、老後は夫婦二人でゆっくりと過ごす。

 そんな未来を夢見ていた私やったのに……。


チュンチュン、ピピッ。鳥の声が聞こえる。

「な、ん……、っ、なんでやね―――――んっ!!!!ついでに此処どこぉ―――っ?!」

 はぁはぁっ……、肩で息をして、辺りの様子を見渡す。

 辺り一面、視界に入るのは全て木、木、木。つまりは森の中。

 なぜ私は森の中に立っているんか?みなさん、不思議やないですか?

当然私自身も不思議に思ってます、はい。

 しかも、通勤用のスーツにパンプス、さらにバックって……場違いにも程があるわ!!

思い出せ、なんとか思い出せ……、さっきまでの私はどんな状況だったか。

頭に手を当て、静かに眼を閉じる。


そう、さっきまで私は駅に向かって走っとった。

それはもう、爆走してたと言うていいぐらいやったわ。

 その途中、信号が赤に変わりみんなが立ち止まったので、私も走っていた足を止めた。

 お気に入りの腕時計で時間を確認すると、なんとか間に合いそうだった。

「はぁ…、これなら大丈夫やな」

 おでこにうっすらと滲んだ汗を拭き、荒れた息を整える。

信号が青に変わり、周りの人達が歩き出したのにつられて足を一歩踏み出した瞬間……。

「?!」

はっ、と息を飲んだ。

ブォン!!ギャギャギャッ!!キィ――――!!ドンッ!

「きゃぁぁぁぁ――――?!」

「誰か!警察を呼んでくれ!!」

「イヤァァァ?!誰かっ…助けて!!うちの子供が!!」

「い…痛っ、誰…か……たす、け、て……」

「救急車はまだか?!」

「あ"…っ、あ"ぁ……」

暴走したトラックが信号を無視して、通勤通学途中の人の波に突っ込んだ。

それも猛スピードで……。

トラックは何人もを轢き跳ばし、そのまま壁に激突し止まった。

運転手は外から見た様子では生死不明だったけれど、おそらくあの状態では生きてはない。

あの潰れ具合で生きてたら奇跡や。

いったいどれだけの人達を巻き込んだのか。

辺りには夥しい程の血が流れ、悲痛な叫び声、呻き声、パトカーや救急車のサイレンの音が響きわたった。


……あぁ、思い出した。

そうや、私もあの事故に巻き込まれたんや……。

全身に広がる痛み、冷たくなっていく体の感覚、動かせない手足、霞む目、近くのはずやのに遠くに聞こえる耳。

何もかもが他人事みたいやった。

薄れてゆく意識の中で見た空は、腹立つぐらいに綺麗な雲一つない青空。

その時にふと、浮かんだのは……。

「(い、たい……、とか、そんなレベル遥かに通り過ぎてるわ……。そやのに、なん、でやねん……なんで、こんな時に今朝の夢を、思い出すんや……?もっと、もっと、他にいっぱいあるやんか)」

夢で見た華やった。

何にもない暗い空間の真ん中に咲く5輪の華、はらはらと舞い落ちていく5色の花びらが、頭から離れない。

とても幻想的で、儚くも雄々しく見える光景。

思わず手を伸ばさずにはいられなかった。

懐かしいような、いとおしくて堪らないような、ずっと待っていたような、そんな気になる……。

目の前にある訳じゃないのに、手を伸ばせば掴めそうな気がして。

「(あか、……ん、もう、眼が開けてられへん……せやけど、やっぱり…)き、れい…、や、なぁ……」

涙が一筋零れた。

その先からは、真っ暗。

何もわからなかった…。


「―――つまり私は、あの事故で死んだ……?!」

記憶を何度も何度も再生するが、事故の後の記憶は……この森で立っていた場面。

つまり今の状況。

もう、頭がおかしくなりそうや……。

頭を抱え踞る。全身が震えて止まらない。

自分でもわかる、あのケガで生きてるはずがないって事を。

死んだんやったら、なんで私はこんな訳のわからん森で立ってるんや?

なんで心臓が動いて、息をしてるんや?

怖い!怖い!怖いっ―――!!

「もう……なんなんや……っ、なんでもいいから家に帰りたい!!家に、家族のところに帰らせてぇやっ……!っ、ひっ、ひっ、うぇ、ぐずっ…」

どうすればいいかわからない、帰りたい一心で涙が次から次に溢れて止まらない。

化粧が崩れようと気にもならなかった。

静かな森に燐の泣き声がやけに響く。


「っふぅ、ひっく、ひっ、ずび……」

一体どれくらいの時間が経ったのか……。

燐の眼と鼻は真っ赤になっている。

腫れて重くなった眼をグッと擦る。

やっと涙が止まってきた。

踞っていた燐は辺りをもう一度見渡した後、立ち上がった。

まだ日は高く明るい。

涙を流して、思考回路がクリアになった。

色々思う事はあるが、今、私がするべき事は……。

「ぐずっ、……とりあえず泣くだけ泣いて、スッキリしたわ。このまま此処に居ってもしゃーない。家に帰る為に歩けっ、私!方向はわからんけど、そんなもん勘や、勘!!」

グッと拳を握り、森から出る為に力強く歩き出した。

「絶対に帰るんや!!」


自分自身に言い聞かせるように、言葉を口にした。

でも、私は気づかなかった……。

この森に突然現れた私を、木の影からずっと見ていた存在に。

カサリと揺れる木葉。

「……あいつ、なんなんだ?」








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