人色-愛美
来る
そう思った直後、熱い舌が口の中に荒々しくねじ込まれる。
荒い息としけた熱風が顔にかかり、両肩は押さえ込まれてうまく抗えない。
合間を縫って鼻で息をすると獣のような荒々しい臭いがする。
やめて
きっときつく口を閉じて嘗め回す舌に抵抗し
そのまま両手をまっすぐ伸ばすと思い切り抱きしめて
横に引き倒す
おりゃあああああ
こいつはラブラドールのなかでもかなりでかい個体。
そしてかなりのいたずら好きでいつも何かしらを仕掛けるタイミングをうかがっているのは知っていた。
今日は目の前の少女に気を取られていてヤツが何気なく同じ方向を見ている一瞬気を抜いてしまった
押さえ込みには成功したものの未だ全身をばねにして起き上がろうとしてくる。
その合間にもヤツの伸びる舌の射程に顔が入るとすぐにれろれろしてくる。
なぜにそこまで舐めたい
何が狙いだ
一度好きなように舐めさせいていたら顔面がなくなるんじゃないかと思うくらい延々と舐められた。
終わりは来なかった。
もう少しで何かに目覚めそうだった。
-あはははははははははは
大爆笑されていた。
知っていたのだ、狙っていた事を。
もしかするといまだと指示をしたのかも知れない。
嘘のようだがラブラドールにはそのくらいの知能がある。
なにせ定位置で待っていて呼んだら探すというかくれんぼを数度で完全にマスターするのである。
テーブルの上のものを根こそぎ張り倒す強力なオッターテイルが、彼女の持つギターの弦をばしばし叩きべいんべいんという音が笑い声に重なった。
-行けって言ったろ? 言っただろ?
未だに荒い息を吐くヤツを押さえ込みながら抗議すると目じりに涙をうかべながら
-しらない しらない
全身で知らないアピールをしているが、顔を見て確信した。
け し か け ら れ た
こいつは雄だからか何なのかなぜか雌つまり女性には乱暴はしない。
乱暴はしない代わりに股間には鼻を突っ込んだり思い切り押したりする。
何度か変な悲鳴を聞いたことがあるしあああの鼻になりたいと思った事はない。
つめたい水で思い切り顔を洗い手タオルで水を切って戻ると
え何か?見たいな顔でギターを抱えた彼女の横で伏せていた。
股間いけ いけ とアイコンタクトを送る
届かなかった。
えなにそれ?という目線だけがかえってきた、この野郎。
-おかえり
また半わらいで言われた
-愛美アイコンタクトしたろ?
-ちがいますよねーえみそんなこといってませんよねー太郎サン
スタンバイモードに入ったべろべろいぬ太郎さんにふざけた口調で話しかける
ちくしょういまだ股間アタックだ太郎と再度アンコンタクト。
失敗
-ね ね きいて ここまでひけるようになったよ
ネックを白く細い手が動き綺麗に整えられた自然な爪、指先が弦を押さえる。
ごめん手しか見てなかった。
-なんで俺より手が小さいのに届くんだよ
思わず口をついた
くやしい、人差し指と薬指が俺の手なのに自在に動かない。
おかしいだろ俺の左手、おまえはそんなものか。
悔しいからラジオから流れてきた音楽をその場で単音で弾いてみる
-すごい、なんですぐひけるの
-アブソリュートピッチ
絶対音感をカッコよく言ってみる
-あ、できた
愛美も持っていた
太郎は・・・まあいいか
-ギターって面白いね
そこはアコギだろうといいたいところだが、愛美が遊びに来ている叔父のロッジにあったのはキブソンのレスポールだったのだからしょうがない。
大学教授の叔父さんは昔の趣味だと愛美に惜しげもなくあげたがもしかしたらビンテージなのかもしれない。
俺のは大手楽器メーカー製のストラトキャスターモデル。
会うたびにどんどん腕に差が開くのはギターの差ではないよな、分かってます。
しかしどうしてこうもスラリとした体に重いレスポールがサマになるのか。
女性らしいチェリーの色が愛美のキャラクターに驚くほど似合って
湖畔のロッジと傍らに伏せたちよっとでかすぎる真黒の犬が風景画という言葉では足りない一瞬の自然美を作り出していた。
-きょうのゴハンなーんだ
ギターを抱えたまま下から覗き込むようにいたずらっぽく顔を近づけてきた
一瞬風景の中から愛美だけが抜け出てきたような感覚にびくっとした
みとれていた
-ん、何?
-てづくりピザだよ、すきでしょ
-おっ、超たのしみだ
本格的オーブンがあるので、愛美や叔父さん以外にも逗留している人たちででかいピザを作るのだ
場の雰囲気もあるのかもしれないが、好物のピスタチオとかばらまいてとにかく美味い。
かくいう俺も叔父さんの奥さんの友達の友達、つまり完璧な他人だ。
初めて会った愛美はもともとあまり人見知りしないのかこのロッジにくるゲストには平等なのか
もしくは太郎と会ってすぐに格闘していた俺を見たのか。
なんとなくというか正直カッコつけでここで練習してみたいと持ち込んだギターに興味を示し、叔父さんから俺あこがれのレスポールをさらっと入手。
俺の弦の張替えを興味深げに見ていたが、床に両肘をつけて邪魔にならないよう覗き込んだり
ギターを裏返したりし始めると、肩越しに手をかけて覗き込んだりと妹よりもはるかに年下なのにこっちが
警戒心の無さにはらはらさせられた。
俺程度でも年の近い人間がいなかったらしく、遊びに行くたびに歓迎の度合いが大きくなり帰りになると寂しそうな表情が増える感情を隠さない素直さに勝手に将来が不安だとか思っていた。
叔父さんによると、何か事件で数年前に両親を亡くし、環境を完全にかえる為にあずかっているとの事。
ギターを弾き始めて最近はさらに感情をオープンにして甘えるようなしぐさが多くなった愛美を好意的に見ているらしく、自分が個人授業をしている関係上、俺をギター先生と呼んだりする。
ギター の 先生ではない、もう抜かれてるし。
聞いても答えないが、あのおっさんは絶対めちゃくちゃ弾けるはずなのだ。
愛美にきっとスペシャルなレッスンをしているはず、いやらしい、ちくしょう。
-おーい
ちくしょう言いながらギターを弾いていると、愛美がロッジの脇からこえをかけてきた。
ビッザ作成が始まるらしい。
なぜ愛美はおーいを多用するのか、そして太郎はどこにいったのか。
-ひゃんん
愛美のかわいいというか妙な悲鳴が上がった
太郎がジーンズのうしろからピンポイントアタックを敢行した模様。
なぜあいつはスカートだと前、ジーンズだと後ろからなのか、誰の指示だ。
Good Boyというかみえないところでやりやがって殺意が沸いた。
ピザはいつもより美味かった。
こはんの涼しい風と風景を記憶しておこうと外に出て、転がっている木に腰掛けていると
愛美がやってきた。
太郎はすこし離れた場所で伏せている、空気の読める男だ。
はなさないといけない事があった。
-つぎはいつあえますか
いつもの台詞
ここのところ毎週末知人にくっついてここまで来ていた。
しかしその知人はしばらく日本を離れる、さすがに単独で来るずうずうしさは持っていなかった。
ここは決して都心から近くはないし、知人がいないと愛美に会いに来るという特定の目的になってしまう。
そしてなにより、今の俺には逃げずに踏み込んで、決着をつけないといけない問題があった。
-しばらくこれないと思う
-
-はい つぎはいつあえますか
-つぎ はいつあえますか
-約束はできない
-やくそくほしいです つぎはいつあえますか
泣き声なく思い切りぼろぼろ泣いていた。
胸の辺りがきりきり傷む、なんでこの子はこんなに素直な思いを口にすることができるのか
驚くほど純粋な想い
かならず誰かがひどく傷つくもう避けて通れない結末、分かっていても進まざるをえない自分の心と
比べると、こんなふうになって欲しくないとただそれだけ思った。
そう、あいたいのつぎはずっとそばにいたくなって、ずっと自分だけのものにしたくなって
自分だけのものにするために誰かを押しのけないといけなくなる。
なにかを得るためには何かを失うなんて単純なものではなくて
ひとつの大切なものを手に入れるのにふたつもみっつも捨てたりこわしたりしないといけない。
-またあえるよ
いま自分が抱えている感情だけを想いうかべ邪念を無にしてそっと力をいれて抱き寄せた。
おどろくほど華奢で、やわらかく、そのまま身を任せてきた。
素肌の出た肩が、手に吸い付くようになめらかだった。
少しちからを入れて抱きしめた瞬間、むっと愛美の体を熱く感じ、独特の女の香りに一瞬
思いきり、力いっぱい抱きしめそうになり、全力で両腕を緩めた。
そりゃこうなるよ、めちゃくちゃ可愛いし素直だし。
でも妹かっていうとそうではないから、女としてみてしまう。
-すき きす してください
ああやっぱりそうきたか、もうこんな言葉、俺は素直にいえないよ
キスひとつするのにも信じられないほどいろんな感情や余計な事が一瞬で心の中にうずまいて
抱きしめるだけでもうすさまじい勇気を使っているのに。
夜空と月明かりに涙のあとがひかり、ぞっとするほど美しい、目を閉じた愛美の
ほおにきすをした。
-くちびる
駄目だった、おもいきりふくれていた。
-そこはつぎ 約束 覚えていたら
そう、覚えていたら
-わすれない
-ぜったい わすれない
顔を胸に押し付け、俺の体にしがみつくと、しばらく黙ったあと聞こえた。




