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短編(和もの)

泡沫の中の私たち

作者: 月鳴

 主体性がなくて、いつもどこかふらふらしている人だった。一ところに留まることを知らず、居場所はどこにでもあって、どこにもないような、そんな人。


 野暮ったい前髪に長い髪。猫背で痩せ気味の体。陰キャっぽいのに何故かモテて、女の人とよく噂になっている。くらいの、大学にいれば誰でもわかる程度にしか知らない。


 詳しく語れるほどのひととなりなんて知らなかった。




 彼、友部伊織との出会いはコンビニの裏で、猫に餌をやっている彼に「餌付けは良くないですよ」と言ったのがきっかけだった。


「あ、すみません」


 なんだか惚けた言い方にちょっと笑う。


「いつもあげてるんですか」

「……たまに」

「これあげます」

「え?」

「じゃあ私はこれで」


 なんとなく買ったパックのコーヒー牛乳を渡して、その場を後にした。なんであげたかと聞かれると、なんとなくとしか言いようがないんだけど、たぶん彼が猫みたいに見えたからだ。


 餌付けをするもんじゃないと注意したのは私なのに。うっかりしていた。



「あの、こないだはどうも」


 まさか大学構内で話しかけられるとは。


 隣で友人が「なんで? なんで??」と興味津々な顔をしているのがわかる。

 彼は大学内でちょっとした有名人だ。目を隠す髪型の野暮っぽい見た目的にやはりというかバンドマンらしく学祭などで地味に顔が知られている。まあ前髪のせいで顔なんてわかったもんじゃないんだけど。

 かく言う私も学祭で彼の存在を知ったクチだ。何個か同じ講義も取っていて見知ってはいるけど、話したことは無いそんな相手。

 あのとき話しかけたのは、気まぐれだった。近隣に現れる猫にちょっと迷惑していたことも理由ではある。こんなことになるなら話しかけなければよかった。周りの視線が痛い。


「いいえ、こちらこそお節介なこと」

「ねえ、名前教えて?」

「え? あの……」

「ああ、俺は友部伊織。好きに呼んで」


 いやそういう意味じゃない。名前を知ったら顔見知りになっちゃうじゃんという抵抗感からの戸惑いなど相手にとったら関係ない。

 うーん。でもまあいいか。興味自体はあったんだ。


「藍田美生です、よろしく?」

「……美生サン」

「なに?」

「僕と付き合って」

「ほう」


 思わず唸る。そう来たか。なんの用かとは思ったけど。


「返事は?」

「……いいよ」


 ぎょっとした友人の顔も、ふにゃりと笑った伊織の顔も、ざわついている周囲も、なんだか遠い国の出来事のようだった。

 アホな話、答えを出した私自身も遠いところにいるような気がした。魔が差したのかもしれない。



 ぴこんとスマホが音を立てる。メッセージアプリへ一言送られたようだ。


『プリン食べたい』

『猫が可愛い』

『雨に降られた』


 彼のメッセージはそんな感じの一言日記みたいなものばかり。たまに写真もついていたりする。それに対して私も一言返して終了。

 直接会うのは月に二、三回。彼のライブに足を運んだこともある。他はだいたい大学の図書館でグダっている彼の側で私がレポートを仕上げていく。

 電話は月に一回あるかないか。肉体的接触とかは元よりデートとかは一切ない。たまに会って話して、それ以外は電子メッセージを交換する。友達以下知り合い未満みたいな関係で、役割は恋人。

 ちょっと意味がわからない変な関係。

 私は他に付き合ってる人などいないが、彼には私以上の関係の人が何人かいるらしい。だけど興味もなければ関心もない。

 好きで始まった関係じゃないから、このなんだかふわふわした交友関係は嫉妬も執着も薄い。


『一週間くらい連絡取れない』


 そう着たのが二週間前。生存確認に『元気?』と送ったのが一週間前。まぬけな猫のスタンプをひとつ送ったのが三日前。

 返事はまだない。

 元気なんだろうか。心配する権利くらいは私にもあると思う。ただ詮索も必要以上の連絡もしない。薄情だろうか。

 私たちの間なんてこのくらいの距離だと思うのだけど。彼はどう思っているのか。


 構内でも噂がぱったり消えている。彼は本当にどこに行ってしまったんだろう。でも不思議ではなかった。

 いつもふらふらしていて、どこに行ってもおかしくない人だから。首輪はきっと自分で外してしまうタイプの人だ。居場所なんて決めない人だ。だから心配はしない。


 でも、まあ。すこし。さみしい気は、する。


 会いたいなぁ。




「僕も会いたかったよ」


 びっくりして、もう中身のないジュースを啜ってしまった。ストローの奏でるズズズという音がまぬけに響く。


「な、んで」

「ごめん。ちょっと遠くに行ってた」

「いや、それは別にいいんだけど」

「いいんだ?」

「だってそういうものだと思ってたし」

「それって僕と君の関係が?」

「……まあ、広義に解釈すれば」

「そっか。君ってヤキモチとか焼いたりしないし、何も聞かないし、不思議だなって思ってたけど、そっか」

「なんか怒ってる?」

「怒ってはない。強いていえば自分に怒ってる」

「なんで?」

「僕は君が好きだからだよ」

「ほう」

「君にも僕が思ってるくらい好きになってほしいよ」

「……うーん、じゃあ、まずはどのくらい伊織サンが私を好きなのか教えてください」


 そういうとふわっとした雰囲気が辺りに広がった気がした。これは、たぶん喜んでる?


 変な人。でも、嫌いじゃない。


 ふわっとした関係は、どうやらすこし変わっていくようだ。それが、何気に、すごく、楽しみだったりする。


ちょっと書き足しました。2017/08/14

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短いメッセージの内容がたいしたことでないところが可愛らしかったです。こんな細やかなメッセージ交換をしてみたいと思いました。 とても不確かな、それでいて美しい、そんなキャラが描けていて尊敬し…
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