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冬の塔  作者: 櫛之汲 
9/13

9話

周井の壁面を階段がらせん状に取り囲む塔内。

ばねを筒に入れたような様子に例えてみてもよいでしょうか。塔の周りには馬小屋がないため、塔の一階の隅には、初めの頃は外に係留されていた馬が一頭、今は馬具を通じて塔の壁に繋がれ、休んでいました。


一階にあたる階は、上階との落差が、ウルプスにある王城の「内郭の区画」と「外郭の区画」を隔てる崖ほどもあり、この塔内に入口からはいれば、上階の石の床まで吹き抜けとなっています。一階には調理場があり、窯で発生した煙は塔の外へと排気筒を通り流れていきます。

「いただきます」

女性の兵士がひとり、かまどの前にある魚介料理ぎょかいりょうりの置かれた調理台に向かって手を合わせています。彼女は、塔では保存のきかない食糧しょくりょうを届けるためにやってきていました。彼女は冬の女王の住む塔に来たのは初めてでしたが、冬の女王の使用人の二人のうち一人と面識めんしきがありました。そのため塔に残り、こうして特別にもてなしを受けているのです。

「うーん。……ひさしぶりにお魚を食べたな」

今、塔の一階にいる人は兵士の女性だけです。彼女は名をミカといいます。

「ミカ。味の方はどう?」

塔の中は、明り取り用の窓が少なく、そのどれもが決して大きくないため、日没までにはまだ時間があっても薄暗い空間でした。調理卓の隣の空いた箇所かしょには、石の床の上に落ち着いた色の紋様をした絨毯じゅうたんが敷かれています。使用人の女性がらせん階段から降りてきて、その近くへと歩きながら、ミカに声をかけました。

「うん。すごくおいしいよ」

調理卓の上で湯気をたてる魚料理が並べられています。二人いる女性の使用人の分です。ミカは、使用人の女性に「そのなかから二品か三品食べていい」と言われ、焼き魚を一匹食べていました。ミカは、ほぐした身を一口味わってから。

「塩加減もちょうどいいよ」

「そう。お口に合ってよかったわ」

使用人の女性が一階に降りきってからミカはそちらをみて言い、微笑みました。二人はお互いに笑顔です。

「姫様のお食事は済んだの?」

「ええ。魚がお好きなようすで、小食な方であるけれど、いつもよりも多く食べていただいたわ。ああ、それと「明日もお魚が食べたいから館の方によろしく伝えてください」、とおっしゃっていたわ」

「姫様がおねだりするなんてめずらしい」

「ミカ、今の「お姫様」は「姫」じゃなくて、「女王様」よ」

駄目だめじゃないとミカをたしなめます。

「わかったよ。……執事さんにそう伝えておく。ふーん。元気そうで良かったわ」

「元気そう?」

「王様から戻って来るように言われていてもなかなか姫様はお城に戻ってこないから、なんか元気ないのかなって思ったの」

ミカは手元の焼き魚を裏返して食べやすいよう身をほぐしていきます。

それをみて、使用人の女性は、ミカの様子をみながらも井戸から水を汲み、調理卓に用意してあった通常の家庭で使われるものよりもやや大きめの水差しに注ぎました。それら調理卓越しにミカの正面の椅子に座りました。

「もー。……お元気よ。……ミカ、水とお茶どっちがいい?」

「それなら、よかった」、「どっちでもいいけど。んー、私やるよ」

ミカは、調理卓に並んでいた杯から適当に二つのはいを選び手繰り寄せると、手の動作だけで使用人の女性に水差しを近くに寄せてもらい、コップのなかに水差しの水を注ぎ入れました。

ミカは無言のまま片方の杯を女性の使用人に渡しました。

「私はいいわ、後で白湯さゆを飲むから」

「ん」

ミカがそれに頷きました。

窯のほうにはまだひとつ片づけられていない空の鍋がありました。


ミカが食事を済ませると、時たまに雑談ざつだんを交えて相席あいせきしていた使用人の女性があと片づけをはじめました。ミカもそれを手伝い、片づけを終えた二人は、再び向かい合うように調理卓を挟んで座りました。二人はしばらく世間話をしていました。使用人の女性は、ミカの最近の武芸の稽古の上達じょうたつ具合について尋ね、ミカは知人の最近の塔での生活について尋ねました。また友達としてのお話に戻ってしばらく話し込んだとき、ふとミカが。

「姫様のお世話はもう一人の子に任せていて平気なの?」と白湯を飲みながら使用人の女性に対して尋ねました。

「使用人として側に控えていないことは平気ではないけれど、一人ついていればそれほど問題ではないわ」

「真面目なマイにしては、珍しいことをいうね」

兵士のミカと知り合いである使用人の女性は、名をマイといいました。

「女王様のお願いを聴いてきているから。これから貴女ミカに少しばかり手伝ってほしいことが」

「姫様とマイの頼み事なら私は喜んで引き受けるよ」

ミカが話を切って承諾してくれたことを受けて、マイが言います。

「それを聞けて安心した」

ほっとしたのかマイは片手で胸をおさえました。

「おっ、さては無茶むちゃなことを言い出すつもりね」

「違うって」

マイは、咳払せきばらいをして。

「ミカは魔法が使えたわよね」

本職ほんしょくの魔法使いと比べたらほんの少しだけよ、で?」

「この塔にある……「開かずの間」をあけて欲しいの」

「開かずの間? どういうこと?」

「開かずの間というのは、知っての通り、開かない扉をさす通称よ」

「知っているわ。……言い方ひどいよ」

ねたミカは白湯に口をつけました。

「具体的には、古い魔法で鍵をかけられた部屋のこと」

ミカのぼやきに反応せずにマイは話を続けます。

「古い魔法で鍵がかかっていて中に入れない部屋ね、それって兵士の私の扱えるような魔法であくようなものなのかしら」

「私もそれほど詳しくないけれど、魔法使いとはいかなくとも、多少魔法を扱える「女王様」がみたところ、複雑な仕組みの魔法であったようだから、難しいと思う」

「姫様って魔法が使えたんだ……」

ミカが感嘆かんたんします。

「ミカには、その「開かずの間」を力づくで開けて欲しいの。もちろん、魔法も使ってくれていいわ。できる?」

ミカを試すようなマイの口調です。それを受けて、ミカが少しあきれた風な調子になり、マイに対し言いました。

「やってみないと分らないでしょ」




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