8話
「前門」の警備にあたる当直の兵士が2名いました。
窓越しにロムスの対応を済ませたあとにその兵士は表へと張り出した窓際の机に向かい椅子に腰かけていました。
もう一人の兵士は、部屋の奥でロムスから受け取った訪問状を確認していました。彼は訪問状にある「春の館の印」と、冬の館で保有する「見本の印」が書かれた薄い紙。それらの紙を二枚照らし合わせていました。本物の印であるか否か、調べているのです。
ロムスの位置からは、その作業をしている兵士の背中が見えています。
「訪問状を確認しました。申し訳ないのですが、ただいま当主様は遠方の地へ外出中です。こちらの訪問状は、奥方様へお渡しいたしますがよろしいでしょうか」
前門の詰所内、その窓際で兵士がロムスに話す度に、開かれた小窓の隅が曇ります。
ロムスが頷きます。
「それと、面会までにお時間少々いただけますか?」
ロムスは「はい」と返事をした後に、また頷きました。
兵士の受け答えは、ロムスからみて、慣れている風に見えました。
兵士は落ち着いた様子で、
「それでしたら、ここでお待ちになりますか?」とロムスに提案をなげかけます。
前門として小道を挟むように建つ「兵士の詰所」、その内装は壁や床、家具にいたるまで、木の板を張り、あるいは、組み合わせて造られています。木の板が敷かれた床は、もともとの石造りである詰所でありますから、すこしでも足が冷えないように、石面の上に床板を取り付けているようです。
ロムスは、兵士に案内された椅子へ腰かけて、訪問状が本物であるかの確認作業を待っていました。
残った方の兵士は、さきほど訪問状を「照合」していました。彼は、道へと張り出した窓際にある、背凭れのない椅子に座り、門番をしています。
ここでロムスがすることもなさそうです。彼は、外へと張り出した窓の外を兵士の背中越しに見ていました。
窓際の兵士はただ、座るだけでなく何か読み書きをしているようです。その顔は伏せているわけではなく、視線は外へ向いています。話をする雰囲気ではありません。
机上には斜に傾いた「書見台」があるようで、書物の本文や「のど」や栞が見えていました。その兵士は、本棚まで「来館名簿」を取りにきていたり、分厚い本を本棚に戻していたりしましたから、どうやら報告書を書いているようです。
道の向こう側にこの場所と同じかたちの詰所がありました。
ロムスが見えた限りでは、向こうの詰所に兵士は詰めていないようすです。
その間に前門を通った人もいませんでした。
ロムスの座る椅子にも背凭れは有りませんが、兵士の計らいで、ロムスは壁際に背を預けています。ロムスは、椅子の側についている「脇机」に用意された暖かな飲み物を静かに飲んでいます。詰所にて警備の任を任されている相手であるため、ロムスは土産を用意しませんでした。食べ物ではない手土産の用意をするべきでしたが、時間もなかったのです。
室内は戸棚が左右の壁に隙間なく並んでいます。
それらの戸棚は、大人の胸の高さほどはあります。それなりに大きな家具といえるでしょう。その大きな戸棚の上には、本棚と本棚が隣り合うように隙間なく並べてありました。
詰所のなかは、他に「仮眠室」がありました。そこに「未使用」という札がさがっています。
入口から離れた位置、「簡易調理場」の丁度反対方向に「仮眠室」が設けられていました。
窓際の兵士の頭髪には寝ぐせがついています。彼はおそらく夜勤明け(やきんあけ)だったのでしょうか。夜勤を終えそれから仮眠室でいくらか仮眠をとっていたのでしょう。いずれにせよ間が悪かったようす。正午過ぎですが、報告書を書いていることからも交代の時間だったようす。
今のロムスの位置からみて左手側に「簡易調理場」があります。
仮眠室と調理場の前には、部外者が立ち入ることができないことを意味している小さな「掲示板」があります。調理場にも人がいる気配はありません。
そちらから視線を外して、背表紙を目で追うと、『○○名簿』をはじめ『家印図画』『刑事判録』『○○辞典』『判例集』といったような題名の本が多く、空いた時間に読める類の本などがない様子です。兵士の居るあたりの窓際の壁には書き止められたものが、木板の壁に対して、幾つも幾つも鋲で留められていました。
ロムスを案内した兵士は、ロムスへの飲み物を用意したら、訪問状の伝達のため館へと出かけて行きました。
「ロムスさん、お待たせしました」
兵士が戻ってきて、それからくわしい話を交えてしばし経ったころ、兵士はロムスにこのように話の内容をまとめていいました。
「本日中に奥方様との面会をできるようにいたします。用意が整い次第、当館の者が「春の館」にお迎えに上がります。日が暮れるまでには、確実に伺いますので……恐縮ですが、一度お戻りください」と兵士が罰の悪そうに言います。ロムスはそれに頷いていきます。
何か事情があるのかと訊く様子はありません。
「わかりました。それではよろしくお取り計らいください。ご連絡ありがとうございました。寒いなかお疲れ様です」
「お気遣いありがとうございます」
ロムスが詰所の室内に訪れた時から、応対する兵士のズボンは裾の方だけでなく膝近くまで濡れていました。兵士の着替えの前に、ロムスは訪れてしまったようでした。窓越しに話したそのときにはロムスには兵士の衣服が濡れていることは分からないことでした。
急ぎの用事である旨出窓を通し、既に話していたので、兵士は手早くもう一人の同僚に話をつけるとすぐに連絡をとるべく館へと向かっていました。
「お疲れ様です」
「失礼します」
相手に合わせて立ち上がって兵士と話をしていたロムスは、ここで一礼しました。それから、詰所を後にしようと、腕に提げていた外套を着て、廊下を歩いて玄関口へ向かいます。入口の近くにあった札のさがっていない部屋の扉の隅にスコップが立てかけてあることにロムスは気づきました。はじめに通った時には気づかなかったようで、すこし目を見開いていました。
今見送りをしてくれている兵士は、朝に雪かきをしていたようです。
ズボンだけ濡れていたのは、その着替えの途中だったからでしょうか。
もう一度ロムスは兵士たちに向かい一礼をしました。
戸を開けると冷たい空気に包まれました。
「あのまだ外はかなり滑りやすかったので、お気をつけてお帰りください」
後ろから声がかかったのは、出口を出て数歩先を行ったときのことでした。
兵士も見送りのため戸口の外に少し出ていました。見送りと声かけに対して、ロムスは申し訳ない気持ちを感じていましたが、それよりも感謝の気持ちが大きかったようです。振り返ってお礼を言い、もう一度お辞宜をします。
気持ちがあたたまりました。
そうしてからすぐに前を向き直して、歩き出します。
ロムスとしては急がないとなりません。
そのため早歩きです。
行きの道の時と同じで、今も外は寒さで身が震えてしまうほどでした。
ロムスが「春の館」へ戻ると、同僚の使用人たちとコノメ姫とヒナカ王子が出迎えてくれました。
兵士から伝えられたことを早く話さねばなりませんから、ロムス、彼は手早く外套を脱ぎ、「執務の間へ向かいましょう」とその場にて開口一番で姫と王子に言いました。
「いいえ、ロムス、しばらくゆっくり体を休めていてください」
とコノメ姫が声をかけました。
「そうだよ。ロムス」
ヒナカ王子も親が子に教え諭すようにそういいました。
ロムスは言い淀みます。そんなロムスを見たヒナカ王子が玄関口から階段の方へと回り、腕を広げて通せんぼします。
コノメ姫は弟の行動に微笑みをみせました。
「ひとまずみんなでお茶にしましょう」とそれから言い残しコノメ姫はひとりで居間の方へと歩いていきます。
ロムスは低く呻きました。
ロムスは息を吐きます。
「わ、わかりました」
ロムスは、ことを急ぐあまり、普段よりも少し疲れをためてしまっていたと気づきました。