11話
「どうにもこうにも暇ね」
塔の上階、「女王の間」に冬の女王様がいました。
彼女は、時期が過ぎてもなかなか終わらない冬を塔の中で過ごしています。日々、塔の上階にとどまり、良き季節の廻りを祈ることで、祭事を務めている「冬の館」のお姫様。塔で生活している間だけは、冬の女王様です。
彼女の名をユイといいました。
「本当は屋上に出て景色を眺めていたいのだけど」
冬の女王様は使用人のマイの前で愚痴をもらします。返事を求めたものではない、つぶやきのような口調でした。
外の寒さは厳しく、屋上に出て景色を眺めることは、使用人としてはとてもすすめられません。このことをユイも分っているはずでした。
そこで、マイは話題を変えます。
「女王様」
とユイに話しかけました。
「なに。マイ」
ユイ姫は、長椅子の背もたれに預けていた腰を離して、気さくに返事をしました。
「頼んでいたお食事の件ですが、兵士が言うに、魚の配達、明日も届くようにするとのことです」
「……やっぱり魚の配達はお断りをいれて、なかったことにしてもらえないかしら」
「どうしてでしょうか?」
「『塔の国』では。海の魚は貴重でしょう、「ウルプスの街」の市におろした方がいいと思うの。それか、お城で働く人たちに振舞う方が有意義だと思ってね」
「そんなことはないと思うのですが」
「深刻な食糧難とまではいかずとも。この寒さで食糧の減りが早いのだし、過剰に栄養を取る必要はないと思って」
「そうですか」
「そういえば、どうしたの? お友達のマイという子は? ……連れてこなかったの」
「いえ、当人は女王様がよければ挨拶をしたいと話していましたが、今は、開かずの間をどうにか開けてもらっています」
「そう。少し様子を見に行こうかしら」
「お供します」
冬の女王様と使用人のマイは「女王の間」を後にします。
開かずの間がある一つ下の階に向けて、女王様とマイはらせん階段を下りていきます。
らせん階段の途中に等間隔に配置された採光窓からは、雪に覆われた平原の景色が見えます。階段の壁沿いには、燭台が壁に奥まった形で設けられていました。
二人が、「開かずの間」に近づくと、なんだか、焦げくさいような匂いがします。
「開かずの間」の前の通路に近づくと、兵士のミカがいるのが見えます。
「ミカ? どうだった? 苦戦しているようだけど」
使用人のマイがミカに話しかけました。
「見ての通りよ、全然開く様子なし。剣で切ったり叩いたり、「魔法の火」も使って、どうにかこじ開けようとしたけど、それも駄目だった」
壁と同じ石ではなく、木製の扉はその表面が黒く焦げついていましたが、剣で叩いたというに傷一つありません。「開かずの間」の唯一の入口であるこの強固な扉は、魔法により守られていいるようです。
「でももう少しためしてみる、って、……マイその隣の人ってお姫様?」
「ええ」とマイが言います。
「はじめましてマイさん。冬の女王をしている、冬の館の長女、ユイと申します」
「はじめまして、冬の館の警備を担当しています。マイです」
「あなたのお話はマイから聞いています。屋敷の警備では、いつもお世話になっております」
「いえいえいえ、とんでない」
はじめて自分の務める館の姫を前に、マイは緊張を隠せませんでした。
「冬の館」からの馬車が1台、「春の館」が用意した馬車が一台、二台の馬車が「前門」の前に前後に並んで停留しています。それは、車一台につき、馬が二頭用意された馬車です。
前門へ続く道は馬車一台分が通れる幅に細くなっているため前後に停留していました。先導する冬の館の馬車が後ろに並びます。
春の館の玄関から外套を羽織った二人、ロムスとコノメ姫が出てきました。帰りが遅くなることが見込まれたため、ロムスと共に、まだ小さいヒナカ王子はお留守番です。
ロムス、ヒナカ王子、コノメ姫、三人での話し合いの結果、春の館からはコノメ姫一人が冬の館冬の女王様の暮らす塔に行くことになりました。
ロムスはヒナカ王子につくため、コノメ姫を「冬の館」の前門まで見送るだけです。
ロムスはコノメ姫の後ろからついてきています。
「春の館」の使用人である御者と「冬の館」の使用人の御者が、二人を出迎えました。「冬の館の者と春の館の者は互いに挨拶を済ませます。
コノメ姫が「春の館」の馬車の中にはいるとロムスもそれに続きます。中の座席はゆったりとしていて、やわからかい素材が使われていました。二人が座っても、座席の幅にはまだまだ余裕がありました。
出発する前に、冬の館の奥方様が言っていた今後の詳しい話をしてくれる「迎えの者」が春の館の馬車まで来る手筈となっています。二人は馬車の中で暫しの間「迎えの者」を待ちました。
外側から観音開きの馬車の扉がコンコンと軽く拳骨でたたかれました。
「冬の館よりお迎えに上がりました。次女のユミと申します。失礼します」
冬の館からの迎えの者は、「冬の女王」の妹であるユミ姫でした。
「お迎えありがとうございます。どうぞお入りください」
ロムスが早口に返事をします。隣にいるコノメ姫は目を大きく見開いて驚いていました。
「こんにちはー、あっ、コノメちゃんだ」
ユミ姫は畏まっていた声の調子から一転して緊張を解いた声を出しました。
コノメ姫とユミ姫は親戚同士というのと年が近いこともあって、小さいころから遊ぶ機会があって、今も仲が良かったのです。
「必要なのは、季節を見る? ことだって、ユミ、あなたのお母様はそのようにおっしゃっていたのね?」
コノメ姫は春の館の馬車の方に同乗したユミ姫に「塔の魔法」の詳細について尋ねています。
馬車はお城の内郭の中をゆっくりとした速度で移動中です。丁度今、冬の館へと一本道なりに続く廓沿いの小路に差し掛かりました。
「うん。「塔の魔法」というのはね、季節を見る助けになってくれる魔法の道具の事なんだって教えてもらっているよ」
「ユミのお母様は他に何か言っていなかった?」
「ううん」
ユミ姫はわずかに揺れる馬車の中で首をふって違うと言いました。
「私も訊いたけど、詳しく自分の口から話すのは恥ずかしいんだって。「魔法の言葉」を唱えて「開かずの間」に入ったら、直接確かめてほしいって」
「それじゃあ、……塔に着くまでは何もわからないのね」
二台の馬車は一度「冬の館」を目指します。
冬の館の奥方様に挨拶をしてお話を聞いた後は、一路、冬の女王様の住まう塔へと向かいます。