玄関の暗闇
毎夜、自宅のドアをあけたときの暗闇を見て呆然とする。
帰宅すると私は一人暮らしだから勿論誰もいない。
暗い玄関で3センチのヒールを脱ぎ、スーツのボタンを外しながら冷蔵庫へ向かう。
その時頭の中はその日会社であった嫌な事でいっぱいだ。
冷蔵庫から好きな酒を見繕うと、1人テレビの前に陣取り、乾杯する。
遮光カーテンは休日しか開けないから裸にちかいペラペラのワンピースでも見とがめられる事はない。
アルコールを摂取しながらテレビをザッピングする。
ラインは見ない。人と関わりたくないから。
1人で笑い、1人でご飯を食べ、1人で眠る。
そんな生活が嫌な訳じゃない。
ただ自宅のドアをあけたときの暗闇だけが恐いのだ。
私は1人なのだということを厳然と教えてくるのだ。
ある日、会社の飲み会で同期の田中君と妙に気があって、タクシーまで呼んでくれた。
なんとなくの雰囲気で私の部屋へお通しして、結局その日泊まることになった。
朝方、ベッドの中で田中君が隣の私に聞える音量で言った。
「朝はさぁ、女がさぁ、朝食とか作っていてくれると嬉しいなぁ」
そこにイラっとした。
表情に出ていたのだろう、田中君はベッドを出るとシャツを着始めで背中を向けて訊いてきた。
「あのさぁ、君、僕と付き合う気あるの?」
「私1人が好きなのよね」
すらすら~とついて出た言葉に自分で驚いた。
田中君は全て着終わると、苦笑いを浮かべた。
「オッケー。じゃ会社で」
田中君が去った後、私はシーツを乱雑に洗濯機に入れた。
私は本当に1人が好きかと訊かれればNOだ。
暖かい家庭には憧れる。
今の会社は一流企業なので田中君なんか夫にしたら正解だったのだろう。
専業主婦で子供も産めたかもしれない。
でも嫌だ。
働いていたい。
1人でいようが関係ない。
私は自立した女でありたい。
自分の金で自分を食わせる身でありたい。
それが私の望む姿だったのだと気付いた。
玄関を開けると広がる暗闇は恐いけど、恐れずに入っていく。
それは未来と似ている。