少女の秘密
ヒメルと二人で、学内を散策して回ることになった。
エルデがもともと地上で通っていた学校よりも、一回りほど大きい規模の校舎だという印象を受けたが、大陸の全ての子どもたちがこの学校に通っているということを考えると、決して大きすぎるというほどではなかった。
ヒメルと一緒に歩いていると、他学年の生徒からもときどき振り返って見られることがあり、やはり彼女は自然と人目を引く存在なのだと思った。
エルデは、そのとき感じたことをそのまま口にした。
「ヒメルは大人っぽいな」
「そう?」
「ああ、とても落ち着いているというか。もちろん、良い意味で。よく言われないか?」
「そうね。実は、割とよく言われるわ」
ヒメルは否定も謙遜もすることなく、素直に頷いた。
「実は私、ついこの間まで病気で一年ほど休学していたの。もともと身体があまり丈夫な方ではなくて。だから、クラスのみんなよりも、一年お姉さんなのは事実よ」
「そうだったのか」
少々言いにくいことを言わせてしまったかとエルデは心配したが、ヒメルはそれほど気にしていないようだったので、あえてそれ以上のことは何も言わなかった。そういう話題のときは、あまり深入りはせず、無難なところで終わらせておくのが賢い選択肢だ。
なるほど、人とは少し違う経験をしてきているから、どこか達観したような雰囲気を醸し出しているのか、とエルデはなんとなく考えたが、真相は知る由もない。
かいつまんでだが、ようやく学内の主要な教室や施設は回りきったとのことで、今日のところは解散することになった。
エルデは一人になり、いつの間にか、夕刻を回って、少し小腹もすく時間帯となっていた。
早めに寮に戻ろうと足を踏み出した、そのとき。
急にめまいがして、その場でとっさに壁に手をついた。身体が非常に重だるい。なんとなく、初めてこの大陸に来たときの感覚と少し似ている気がした。あのときほど強い症状ではなかったが、一人で歩いて寮に帰るのは、若干の不安を感じる。
この場で寝転んで症状が回復するのを待っても良かったのだが、倒れていると勘違いされてしまうと、それはそれでちょっとした騒ぎになるだろうし、面倒だと思った。目立つことはあまり好きではない。
少し考えてから、エルデは壁にもたれかかりながら、保健室に向かうことにした。先ほど案内されたばかりで場所は把握していたし、幸いにも今いるところは、保健室からそう遠く離れているわけではなかった。
保健室の前にたどり着いたとき、エルデは冷や汗で額をびっしょりと濡らしていたが、意識はまだはっきりと保っていた。
部屋の中から、何やら微かに鳴き声が聞こえてきた。動物でもいるのかと思ったが、よく耳を澄ましてみると、赤ん坊の泣き声のように聞こえた。学校に赤ん坊がいるということを不思議に思ったが、とりあえず、すぐにでも横になりたい状況だったので、ノックもせずにドアを開け、ずんずんと部屋に入っていった。
室内には、養護教諭の姿は見当たらなかった。それどころか誰もいない。赤ん坊の声が聞こえた気がしたのは、気のせいだったのか。
無断でベッドを使用することに少し躊躇したが、はっきり言って、あまり余裕もなかったので、ここは仕方ないと割り切ることにした。
カーテンを勢いよく開ける。すると、誰もいないと思っていたベッドには、人が座っていた。
エルデは言葉を失った―――が、しかし、それ以上に相手の方がその何倍も驚いているように見えた。
女子生徒が赤ん坊を抱いて、ベッドの端に座り、自身の白い乳房をはだけさせて、授乳をしていた。よく見ればその女子生徒は、先ほど別れたばかりのヒメルだった。
エルデは、自分の体調が悪かったことも忘れて、しばらく固まってしまった。ヒメルの叫び声で、ようやく見てはいけないものを見てしまったのだと気付いた。
慌ててカーテンを閉める。
「ご、ごめん!」
心臓がものすごい勢いで拍動している。先ほどよりも明らかに呼吸が荒くなっていた。
驚きのあまり、一時的に苦痛が和らいだように感じられたが、少しずつ脳が冷静さを取り戻していくにつれて、先ほどよりも体調はさらに悪化した。
エルデは、ベッドにたどり着くことなく、そのままその場でくずおれて、意識を手放してしまった。