表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

地上からの編入生

 エルデが養成所の寮に入ってから、一晩が経過した。さっそく、彼は今日から授業を受け始めることになる。

 教室のスクリーンにエルデの名前が大きく表示され、それを背に、エルデは簡単な自己紹介をクラスメイトに向けて行った。

 地上から移住してきたことはもちろん、年齢、得意科目が理数系であること、趣味は機械いじりなど、当たり障りのないことを簡潔に淡々と発表し、一言「よろしく」と言ってすぐに席に着いた。

 クラスメイトたちは、おそらくは初めての編入生であるエルデに、かなり興味津々といった様子で、授業が始まってからも、エルデはずっと好奇の視線にさらされていた。

 クラスメイトは、この学年だけで十数名ほどで、ここがイーストスフィアの唯一の学校であることを考えると、そこから予測できるこの大陸の総人口も、たかが知れたものだとエルデは思った。やはり、田舎であることに間違いないのだ。

 そんなことを考えていた矢先、ちょうど授業は、世界やこの土地の歴史・環境についての分野に突入していた。

「皆さんもご存知のとおり、五十年前、世界は原因不明の大規模災害に見舞われました。各地で暴風、豪雨、豪雪、洪水、地震、津波、火山噴火、その他の様々な異常自然現象が起こり、たった一年の間に人間の住まう環境を広く大きく脅かしました。世界における人類の居住可能区域の面積が、約半分にまで激減し、同時に世界人口の約四分の一という多大な数の死者を出しました。深刻な食糧難、不衛生な環境による疫病の流行などの二次災害にも追い込まれ、その後もさらに死傷者を増やしました。世に言う『プロフェート無き暗黒時代』の幕開けです。暗黒時代以前の歴史では、世界は加速する少子化への対策を懸命に打ち出していましたが、暗黒時代以降、人類の居住可能区域面積が激減したことにより、無暗な人口増加は、そのまま人類全体の共倒れに直結しかねない事態となりました。そこで、各国首脳会議で決定した閣議案が、『人類一人っ子政策』です。一組の夫婦が持てる子どもの数は、最高でも一人まで。しかし、それでも深刻な食糧難や土地不足はなかなか改善されず、さらに新たに閣議決定し、遂行された対策案が、『大規模移民計画』です。皆さんにとっても、これは身近な歴史と言えますね。死滅した大陸を地上から切り取ったのち、人類の住める自然環境にまで回復させるスフィアフォーミングを施し、浮遊樹を大量に植え、大陸を浮かせ支えることによって、地上から独立した浮遊大陸を、それぞれ四つ作り上げました。ウェストスフィア、サウススフィア、ノーススフィア、そして、私たちが今住んでいるこのイーストスフィア。この四つの浮遊大陸に、地上からの移民を住まわせることで、環境保持の増進を図りました。この浮遊大陸は、地上で起こるあらゆる自然災害から守られた安全な環境であり、美しい自然に囲まれた豊かな土地ではありますが、高度約一万メートルという大きな障害が邪魔をして、この環境に適応できた者のみしか住むことができないという問題点もいまだ抱えています。浮遊樹は光合成によって、大量の酸素を作り出す働きをしているので、浮遊大陸内部は、外側の上空に比べて多くの大気で守られている環境にあります。それでも、地上に比べれば、かなり薄い酸素濃度の中で生活していることに変わりはありません。ここにいる皆さんのほとんどが空人二世ですので、生まれたときからこの土地に慣れ親しんでいるわけですが、私の世代や皆さんの親御さんでこの土地に住んでいる方々の多くは、元は地上から移住してきたのです。それゆえに、移り住んだ当初は高度障害に悩まされることは、決して珍しいことではなかったと思います。きっとエルデ、あなたもそうでしょう?」

 急に教師から話を振られて、エルデは反射的に背筋を伸ばした。それでも、必要以上に動じるほど彼は気弱な性格でもなかった。

「はい。それはもう、大変でした」

「……だそうです。皆さん。エルデと仲良くするのは結構ですが、あまり最初から彼に無理をさせてはいけませんよ。質問攻めもほどほどに。それでは、今日の授業はここまで」

 エルデは、この教師の一言により、余計に自分がクラス中の注目の的になってしまったような気がしたが、クラスメイトたちは、専らエルデに尊敬と羨望の眼差しを向けていたので、それほど悪い気はしなかった。

 優越感に浸ることは嫌いではない。どうせここにいる連中は、どいつもこいつも所詮はこの浮遊大陸の世界しか知らない、そして今後も知ることはない、世間知らずの田舎者たちなのだ。心の中でそう思っていた。

 授業が終わると、すぐにエルデはクラスメイトの半数以上の人間に取り囲まれることになった。

「ねえ、あなた地上から来たって本当? そんなに大変だったの?」

「ああ、死にかけたよ。着いてすぐに胃の中のものを全部吐いた。とにかく息が苦しくて、酸素ボンベを背負ったまま、初日は野宿で夜を明かした」

 周囲に集まった者たちが、「おお~」と感嘆の声をあげた。

「そんなに大変なのに、何でわざわざここに来たんだ?」

「うちは家が貧乏でね。もともと母子家庭だし、俺がここに移り住めば、母さんを楽させてあげられるから」

「へえ~、お母さん思いなんだ」

 エルデは根掘り葉掘り質問を受けても、その一つ一つにきちんと応対した。どうでも良さそうな話題には正直に答え、触れられたくないことには笑顔でもって、嘘とは見抜けないような、さもそれらしい返答を即座に用意した。

 こういうことに関して、彼は非常に頭の回転が速かった。

 エルデがしばらくの間質問攻めになっていると、彼を取り囲んでいたクラスメイトの前に、一人の女子生徒が進み出た。

「みんな、質問はそれくらいにしておきましょう。あまり初日から、移住してきたばかりの人を疲れさせてしまうものではないわ」

 今まで話しかけてきたテンションの高い生徒たちとは打って変わって、非常に落ち着いた物言いだった。

「それもそうだね」と、周囲の生徒たちも、これ以上エルデに構ってもらおうとはしなくなり、すぐに大人しく引いていった。

 きつく注意するわけでもなく、ごく自然に諭すような言い方であったため、角が立つことはなく、上手いあしらい方だなと、エルデは感心した。

「初めまして。看護学科所属のヒメルです。体調の方はどう?」

「おかげさまで、今は悪くないよ」

「そう、それは良かった」

 彼女はにこりとほほ笑んだ。クラスの中でも、ひときわ目を引くような、大人びた雰囲気の美人だと思った。

「エルデ君、だったかしら」

「エルデで良いよ」

「じゃあ、エルデ。先生から校舎の中を一通り案内するように頼まれたの。身体がしんどくなければ、今からでも一緒にどうかと思ったのだけれど」

「ああ、それは助かる。ぜひお願いしたい」

 他の幼稚そうなクラスメイトたちとはまったく違う、こういう落ち着いたタイプの生徒もいるのだとわかって、エルデは少しほっとした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ