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境界横断  作者: 澁谷晴
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9 歓迎会

 ある日の夜、レオナルドの家にシャーマン隊長が来て、いきなり、これからおたくの歓迎会をやるので来い、と言った。

 言われるままに起きて、繁華街にある酒場にやって来た。天空教会の信徒と蒼昊騎士たちが大規模な宴会をやっている。あとは大学生たちが主な客層のようだ。

 彼らの饗宴を背後に、一人の猟兵がビールをちびちびと飲んでいた。社交的そうな青年だが、目つきはどこか遠くを見ているようにぼんやりとしている。彼はレオナルドたちに気づくと、

「やあ、どうも。先にやらせてもらってるよ。新入りのレオナルド君、だったっけ」

「そうです」

 隊長は腰掛けながら青年を指し、「レオナルド、こいつはジョセフ・リグビーだ。この西七番隊のけっこうな古参だな」

「まあ、なんか気づいたらねえ」

「おたくはすぐにどっか行っちまうと思ってたけど……ああ、すいませんウィスキーをロックで」隊長が近くを通りかかった店員に注文したのでレオナルドも、

「僕はコーラを」

「あ、私にもコーラを……チェイサーだ。こいつは〈遠出〉のジョセフで通ってるわけで」

「遠出?」

「いや、俺はただ歩いてるだけなんだよ。ちょっとだけさ。それが気づいたら遠出になってるわけだよ」

 ジョセフは毎日、三キロから六キロほど離れた場所にふらりと現れてはそこで仕事をするそうだ。他の地区の部隊はあまりいい顔はしないだろうが、もはや継続的にやってるので周辺地域にも顔は知られているとのことだった。

「最初に俺がそれをやったのは五歳のころだったかな……ヒルアイルまで歩いて行ったんだ。曲がったことのない角を曲がっただけなんだけど気づいたらむこうにいて」

「ほぼ大陸横断してんじゃないか。ちょっとしたテレビの企画だよ」

「向こうの猟兵に保護された後、大騒ぎになったが皆すぐ忘れちまったよ。そんなもんだって」

 レオナルドはコーラが水っぽいのが気になってあまり話を聞いていなかった。

「ところで隊長、今夜のメンバーはこれだけですか」ジョセフが質問する。

「たぶん」

「一応全員呼んだんですよね? まあでもチャーリーとサンドラが時間通りに来るはずもないし、天気は良いからミカエルも休みだろうな」

「アベルの奴めにはもちろん連絡つかないし、ルシアは……いるか?」

 隊長が宙へ向かって呼びかけ、一同、沈黙するが聞こえるは宴会の声のみ。

「いないか」

「こうして考えるとうちの隊は纏まってないですね」

「それが方針だ。レオナルドも自由にやれ。大事なのは誇りと自覚だ」

「そうさせてもらってますよ」

 一同はしばし、しんみりと飲んでいたが、酒が入ると隊長は口数が多くなり、最近の若い猟兵は肉ばかり食って野菜を食べないから持久力がないのだ、と見てきたようなことを言い始めた。相槌はジョセフに任せて、レオナルドは半ばまどろんでいると、背後から悲鳴が。

 見ると、大学生が頭から気持ちの悪いブヨブヨした塊を被ってもがいている。そうしている間も天井から同じものがボトボト降ってきて店内はパニックだ。蒼昊騎士と信徒たちはこの前のマチルダと同じようにバタバタしているか、気にせず飲んでいるだけだ。

「こりゃ大変だ。隊長のたわ言に耳を傾けてる場合じゃない」

 ジョセフが足元に立てかけてあった剣を掴んで立ち上がったとき、ブヨブヨが煙を吹いて蒸発した。

 床に転がっていたそれらも次々と、同様に消えていく。

「遅れた。駆けつけ三杯」

 何事かと見ていたレオナルドの隣に、薄幸そうな、灰色の髪の少女がいつの間にか立っていた。レイピア型の雑種刃を納刀し座ると、無断で隊長のコーラを飲み始める。

「ご苦労。久々だなルシア。あ、こっちはレオナルドだ。新入りの」ジョセフが言うと少女は頷いて、

「たまに街で見た。眠そう。今も」

「起きましたよ。この騒ぎで」

 彼女が注文した多量の食事が来るまでにジョセフが紹介する。ルシア・ヴァレンタイン、現在、レオナルドとは別のシティカレッジに通っている学生だ。〈亡霊〉の異名を持つが、それはこの存在感のない少女が、高校在学中に新たな七不思議を作り上げてしまったからだ。放課後の教室で本を読んでいたり、トイレで長い間手を洗っていたり、早朝の校庭で自分流の剣法の練習をしていただけで、教室で首を吊った生徒の霊とか、トイレで手首を切った女子の霊とか、大会前に事故で死んだフェンシング部員の霊とかにされてしまったのだ。無事に高校を卒業して大学へ入ったあと、のらりくらりと地道に怪異を狩り続けている。

「それにしても俺たちは怪異から離れられないもんだな」ジョセフがため息をつく。「なにせ、この街のどこに行ってもあるんだから。まあしかし皆のん気なもんだよ」

 大学生や教会関係者は、何事もなかったかのように酒宴を再会している。

「あいつらにとっちゃ怪異も私たちも、ルシアと同じく亡霊じみてるんだよ。陽炎とか夜明けの雲とか、あるいは起きる前の夢みたいに消えて終わりだ」隊長が言った。

 ルシアも頷く。「感謝されない。でも報酬もらえれば」

「問題はないってことだな。俺はそうだけど、レオナルドもそうだろ」

「そうですね」

 そうして他のメンバーが来ず、歓迎会は終わった。帰りの道にも何個かブヨブヨしたのが落ちていた。まあ酔っ払いの吐瀉物よりはましか、とレオナルドは思った。


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