40 殉教者
何の前触れもなく、町中に鎧を着込んだ、二メートル半くらいの騎士たちが出回るようになり、それにともなって、やたらうるさい、鳥獣の鳴き声や、ばかでかい蟲の羽音のようなもの、大勢の走っていく音などが聞こえるようになった。騎士たちは例外なく大きな剣や槍を所持しており、それでもって幻の怪物をがちゃがちゃと追いかけている。
なにごとか、と思ってケインズ司祭のところへいくと、彼は苦々しい顔でテレビガイドを読んでいた。
「ああ、ミスター・バード、ついに拙僧の懸念が現実のものとなりつつあるよ」
「あの大きな人たちはなんですか?」
「あれは幻獣に対抗するために天空教会が〈大いなる業〉で作り上げた〈恒星兵〉だ。忌まわしい人造の竜の肉を用いて、おぞましい改造を施したものだよ」
「後々、問題になりませんか?」
「恐らくなるだろう。なにより痛ましいのは、ミス・ウェストが志願して処置を受けに行ってしまったことだ。アイドル扱いされてのぼせてしまったのだろう。拙僧には何も出来ぬ。我が神ヒムもだ。今日はもう閉めるよ」昼前にもかかわらず司祭は無気力にそう言った。
それから三日後くらいにレオナルドはマチルダと会った。礼拝堂近くの道をふらふら歩いているから、酔っ払いか何かと思ったら、左腕と顔の左半分を、包帯とガーゼで覆った彼女で、目つきはこれまでにないくらいに異様で、ぎらぎらと輝いている。
「マチルダさん、具合が悪そうですよ、大丈夫ですか」
「少年よ、誰かは知らぬがわたしは健康だ。健全だ。十全だ。恒星の洗礼を受けし聖マチルダとなり、もはやとどまるところを知らない」
「処置を受けたって聞いたんですが、身長は二メートル半くらいにはならないんですか?」
「ああ、正規の〈恒星兵〉になるにはまだ狩りが必要なのだ。しかしそれも時間の問題……すでにやつらの血で我が手が祝福されている」
しかし彼女の左手から滴るのはどうやら自身の血膿らしかった。レオナルドは、やはり〈竜の肉〉の正体は尋常のものではないと推測した。
恐らくそれは本当に〈竜の肉〉で、かつて都市から放逐されたはずの竜の一部、血肉かあるいは生きた個体が無力化されたまま飼われ、それに力を求めたのが始まりではないだろうか。
竜たちは空から来た。だから、大陸中を襲った怪異で変異した信徒たちが、意識的か無意識的か分からないがその肉を求め、それから儀式は連綿と受け継がれてきたのでないか。
猟兵と同じく、彼らは体内に怪異を宿すに至った。しかしそれは後天的に経口で摂取した歪なもので、のちの境界横断により〈ヒム〉と呼ばれる何かが飛来し、信徒たちが増えるにしたがって歪みは増し、今日〈幻獣〉としてついに噴出したのだ。
マチルダも、〈恒星兵〉たちも、これから終わらない聖戦に手を染めて、不可視の鳥獣を駆り立て続けるのだろう。
それを思うと気が滅入ってきて、まさしく神に祈りたい気になり、レオナルドは天を仰いだ。そこには雲ひとつない空が広がっているだけだった。




