4 誘う路地
シャーマン隊長が家にやって来て、だいぶ真面目なブリーフィングをしていった。
コインロッカーの中に入っていた銀貨は、死者の国へきちんと行けるようにという縁起担ぎのためのもので、あるいは物事を決められないとき、諍いが起きたときに表か裏かで決定するのに使え、とのことだ。
「あるいは銃弾の飛び交う戦場へ行くとき胸ポケットに入れておけ」
猟兵社はかつて帝国に竜が襲来し、しかし皇帝も軍も警察も、誰もなにもしなかったし、市民も別に反応せず、竜に食われていたので、これはまずいと思った少数の人達が組んだ自警団が始まりらしい。銀貨に描かれている男はその自警団の長の某という人だと隊長は胡乱な説明をした。
この街や帝都デレキアは「境界線」の上にあるので怪異が集まりやすく、まあ大都市は少なからず幻想と現実の境界にかぶってるからしかたないのだという話だった。
大抵の場合、猟兵たちは個人行動をしているが、危険度の高い任務に限っては複数人であたることもあるのだという。
基本的に制服は来たままのほうが望ましいので、最初から汚れてもいいようにあえてボロっちく加工してあるそうだ。実際、レオナルドはほとんどずっとこの汚い外套を羽織ったまま生活していたし、外出するときは常に腰に雑種刃をぶら下げていた。
隊長はサーベルのような雑種刃と、大口径の拳銃を腰に装備している。自分も銃を支給してもらえないんですか、とレオナルドが質問すると、自腹で買うならいいと言うので、じゃあ今はいいです、と答えた。
「ほかに質問はあるかな」
「そういえば隊長は何歳なんですか」
「二十八」
吐き捨てるようにそう言って隊長は帰った。
明らかに自分の状況はおかしいとレオナルドが気づいたのは、とある日曜日だった。それまではかなり不規則な生活サイクルだったのに、最近は決まって朝の五時に目が覚めて、駅の裏まで歩いて来る。路地の奥、行き止まりの掃き溜めがあって、気づくと毎日そこにいた。空き缶やかなり前の新聞紙が散乱してて、上を見上げると細く区切られた空が、陰気な灰色をしてた。
配管やダクトが壁を縦横無尽に走り、人間の毛細血管じみてるな、とレオナルドは思った。正面の壁には汚い落書きがしてあった。黒いスプレーで描き殴った歪なハートマークだ。ぼんやりとそれを見て、レオナルドはなにやら違和感を抱きながら帰宅した。
その翌日も同じような調子で朝五時に路地に向かって、帰った後はもう一日なにもする気にならずに寝てしまった。どうやらあの駅裏の路地に迷い込まされているとレオナルドは考えた。これは時間の無駄だ――確かにこれまでもぼーっとしながら街をぶらついてたが、自分の意思だった。だけど、タイムスケジュールを他人に決められてそれをやるなら害悪でしかない。ということで、ある日の朝レオナルドは壁に向かって、「まあここも別に禁猟区ってわけじゃないよね」と呟くと雑種刃を突き立てた。その瞬間、男とも女ともつかない悲鳴が聞こえた気がして、我に帰ると家で寝ていた。
それ以来、いつも通りきちんと不規則な生活を送ることができるようになった。しばらくして再びその場所を訪れると、ハートマークに鮮血みたいな赤色が加えられていた。




