35 陽炎
駅のホームでシャーマン隊長が新聞を読んでいる。レオナルドはミカエルが境界の向こうへ消えたことを伝えた。
「なるほど。となると次なる隊員を募集しないといけないんだけど、危惧すべきは変質者がやって来ないかどうかって点。この前だって首刎ね女が出たわけだし」
「確かに、でもまあそれを恐れていたら出会いはないですよ」
「私の隊にだけは入らないでほしい」
そういう話をしている最中にレオナルドは眠くなってきたので、話を切り上げて帰った。
奇妙な新兵に出会ったのはその数日後だが、彼のことはあとから思い出す形になった。それが彼の奇妙なところで、その姿かたちは常にぼやりとしている。顔もはっきりと思い出せない。さらに、会って話したことは、必ずあとで思い出す形になる。常に彼と「今話している」というリアルタイムでの認識をすることは一切、できなかった。
シャーマン隊長が出した募集を見て連絡してきたのはデレク・サマーズという男で、三十六歳と言っていたが十歳ほど若く見えた。髪は暗い灰色で、目の色は奇妙に薄く、鼻は高かった――そういう断片的な情報は覚えているが、いざ顔全体を思い出そうとするとどうも曖昧になってしまう。
出身は帝都デレキアで、前職はアルバラの祓魔屋だと彼は言った。ギルドにおいて〈ヘイズ〉と呼ばれていて、それは陽炎から来ていると話していたので、それから彼は〈陽炎〉のデレクと呼ばれるようになった。
レオナルドがデレクと会ったのは歓迎会でだ。四時か五時位の早い時間から隊長、ジョセフ、レオナルド、そして珍しくチャーリーが参加した。彼女は待ち合わせの場所にいつものろのろとやって来るので通常参加できないのだが、今回は彼女がいつも愛用している飲み屋に集合したところ運よく同席できた。
チャーリーはチーズばかり食べてホットウイスキーをがぶ飲みしていた。ジョセフは最近近隣の農村に遠出して、牛をずっと眺めていた話をした。
デレクは故郷の話をしてくれた。「おれはデレキアの外れのほうの出身なのだけれど、それでもかなりごちゃごちゃしていましたね。どんどん馬鹿でかいビルディングが建つし新しい道路や高架や電線やらトンネルができていくものだから、非常に道に迷いやすかったですね。年に何人も旅行者や、ときには地元の人間がミイラで発見されるというくらいの恐ろしさですよ」
彼は三年ほどラプタニアにいたそうだが、うっすらと帝都訛りが相変わらずあった。
「ここも既にそうなりつつあるのかもしれないですが、王国では軍や政府のかなりの人間が、怪異を認識して利用しようと企てていますね。何人かの財閥関係者もです。怪異を人間社会に取り入れてコントロールしようなどと考えているのでしょうが、手を触れるべきではないものだとおれは思いますがね。かのレオナルド異端王がどういった最期を迎えたか、歴史の教科書を紐解いてみるべきだとね」
その場の誰もレオナルド異端王のことを知らなかったので、デレクは話題を変えた。
「皆さんは休日はどのようにして過ごされているのですか?」
「それを話すほど親しい仲にいつなったんだ?」酔った隊長が刺々しく言ったので、デレクは話題を戻した。
「とにかくあと数十年のうちに帝都は怪異に沈むと思いますよ。そもそもあそこでは境界横断がこの七百年で三度も起こっているのに、無理やり都市を維持しているのだから、次回の横断で街、いや大陸そのものに影響が及んでもおかしくないわけです。社としてはどのように対処していくべきか」
「おたくは毎月の給料のことだけを心配するべきだ。誇りと自覚を持ち、ウェスタンゼルスの怪異を除去することだけを考えるんだ」
隊長がまた切り捨てたのであとはろくに話もせず、一同静かに飲んだ。




