32 散文
この日ヘイロー区全体で白いぐにゃぐにゃしたサッカーボール大の球体が散見され、それがじつは蛆虫の塊だというおぞましい怪異が発生した。
当然ながら誰もが始末したがらなかったので、上級猟兵の出番となった。
久々にやってきたサイラスは「こんちは。お久しぶり、諸君。わたくしは日々怪異を軒並み片付けているつもりだが、うーむ、こうして次から次に発生するとなんというか感無量だね。おっと、使い方が違うだろうかね」
「ほざいてないで早くしてほしいんだけど」シャーマン隊長が言った。「虫どもが蝿になってしまうぞ」
「隊長、最近笑っているのかな? 人間、笑顔がないと余裕もなくなるよ! よき人生を送るきっかけだ……」
隊長はこれを一笑に付し、「はっ、阿呆がたくさんいて私の片腹がものすごく痛くなっているよ。よき人生? こういった腐ったゴミ貯めじみた街でそんなもの送れるとおたくは本気で思っているのかな、上級猟兵ともなると幸福の形も上級者向けか? サイラス! 早くしろ! 仕事を! 仕事をするために来たんだろ」
「落ち着いてください、平静に。すでに完了しているのだから」
と彼が言うと確かに、すでに辺りにあった虫どもは消えている。
「昔からそうだったけどおたくは来るたびに説教じみたことを言うから評判が正直悪いんだけど」隊長は直截に言った。「誰か代わりを寄越すように要請するから、さすがに」
「なるほど。そういうことでしたら長年のご愛顧、感謝いたします、それじゃ」
そう言ってサイラスはとぼとぼと歩いて行った。
「どうしたんです隊長? なんかいらだってるようですけど」レオナルドは聞いた。
「ブラッドのお袋が夜中に電話かけてきやがったんだよ。あのおばさんは倅が言う都市の危険をいちいち真に受けて酒に逃げてんだ。自分の頭でものを考えられない人間の末路っていうのがあれ」
そういうわけで代わりの上級猟兵が来ることとなった。次の大規模な怪異は、一つの区画全体がゼリー状のなにかで覆われるというこれまたグロテスクなものだった。人々はそのなかを泳ぐようにしてなんとか脱出を図っていた。
現場にかけつけた猟兵たちはただ見ていることしかできなかったが、一人の助っ人がそこに現れた。
まだ大分年若い、金髪に赤いリボンの映える、槍の雑種刃を抱えた、女性の上級猟兵だ。
「ダフネさんですか? サイラスの後任の」西六番隊のクロムウェル隊長が話しかけた。「彼と同じように迅速に行動してくれるのを期待してますよ、もちろん応えてくれるんでしょうなあ。さっそくお願いしますよ」
「午後の雨、雑音、軋むガラス、眠り病」
「は?」
「間延びした猫、斜陽、墓石、灰の山、梔子の花」
「この女はなにを言ってるんだ」居合わせたチャーリーがうんざりした声を出した。
「白墨、台風、西方の虹、うろたえる異教徒、八月のサイクロン、砂礫、卵黄、矢ぶすま」
「呪文か何かですかな? それよりあのぐにゃぐにゃをどうにかしていただきたいですなあ」
「胡乱なプラネタリウム、あなたの背中を、閾値の遥か下を、根絶、撲滅、三人の薬指、決壊」
「これマーサと同じタイプの人なんじゃないの」地べたに腰掛けた気だるい少年、アドニスが呟く。「呼んで通訳させたら?」
「いややめろって」チャーリーが言う、「どうかしてるのを二人合わせてもどうにもならないぜ、多分」
後日その人物は〈散文〉のダフネと呼ばれる、サイラスよりもずっと厄介な人物だと判明する。一同は終わらない即興詩の朗読に辟易して帰宅したが、翌日問題のゼリーはなく、ダフネは槍にものを言わせたようだ。シャーマン隊長が余計なことを言わなければよかったのに、と皆は思ったが、それを本人に抗議しようとすると、彼女は無言でその場を離れるので、早晩誰もが諦めた。




