29 怪異の神
アベルに出会った日から、交差点に巨大な獣が何匹も行きかうようになった。シャーマン隊長は日が経てばなんとかなると言っているが、じつに不安な話だ。
夕刻、それを見に行くとアベル・フィリップスが無造作に何体かを雑種刃で真っ二つにしているところだった。
「アベル、どうやったらそんなに真っ二つにできるの?」と、一仕事終えた彼にレオナルドが聞くと、
「真っ二つ、確かに真っ二つだ。オレは継続性は重視すべきポイントと考えていて例えば本日五センチしか切れなくとも明日六センチまで切ったらあとは時間の問題だな。ところでああした大型獣は数多くいて、大半は空虚獣だが実像を持った個体もいてそいつを料理して食べたいと思っているのか?」
「僕が?」
「もしそうなら急いだほうがいい。ミカエルは自分が所有するレストランにて怪異生物の肉を客に提供し、その確かな中毒性で蔓延させようとしている。代表的なのはアスファルト豚や突発性偶蹄目だが魚介類も多く存在しやつの餌食になりつつある。いわゆる怪異ビジネスだ」
それに対しさすがにレオナルドも危機感を覚えた。
「市場経済がめちゃくちゃにならなければいいけど」
「既になりつつあるだろうな。まあオレには関係ないことだが」
それから数日後、今度は交差点を冷蔵トラックが埋め尽くした。どこかの巨大な獣を解体してその肉を運んでいるのだろうとレオナルドは察した。
シャーマン隊長が、ビーフジャーキーを食べながら通りの向こうから歩いてくる。
「隊長、怪異生物の肉はおいしいんですか?」
「これは違うよ」
「はい、それはいいんですけど」
「さあ。まずくはないんじゃないの。少なくとも騎士どもが食べる竜の肉とかに比べると」
「ああ、その竜の肉って本物なんですか」
「そんなわけないでしょう。竜達はすべて狩られ、境界線の向こうへ消えたのだから。あれらは多分鰐とかの肉」
「知り合いの騎士の人がなんかおかしいんですけどそれはなんでですか?」
「知らない。怪異か、本人がイカれてるか。まあでもこの前の騒乱以来幻獣とかいうのを皆が追い求めてるからね。試練じゃない、天空神ヒムの」
「ヒムっていうのも実際にいるんですか?」
「実体があるかどうかは知らないけど概念的にはばっちり存在するんじゃないの。あれもまた、境界の向こうから来たものだから。世界の最初からいたような顔で……」
久々に礼拝堂へ行くとマチルダ・ウェストがいた。
様子はかなり穏やかだったが、レオナルドはあまり油断できそうにはないと思った。腰にぶら下げた聖剣に、赤黒い液体がべったり付着していたからである。
「ミスター・バード、懺悔か? あいにく司祭は留守だ。わたしでよければ話は聞くぞ」
「幻獣の討伐の調子はどうですか?」
そう聞いたが、そんなものは存在しないプロパガンダの産物だ、という答えをレオナルドは期待していた。しかし、
「抜群に決まっているだろう。我が剣はくらげどもを引き裂いたぞ。昨日など三十七匹も始末したのだ。この調子でやつらを根絶させてやる」
以前のように狂った様子はなく穏やかにマチルダは言った。
レオナルドは既に現実に定着した天空神ヒムという怪異が、洗礼のとき騎士たちの頭に入り、その構造を永遠に変えてしまうのかもしれないと考えた。しかし、今や騎士たちはアイドル扱いで幸せそうなのでこれでもいいではないかと少年は思った。




