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境界横断  作者: 澁谷晴
24/41

24 遅番

 ある日の夜中、三度寝から目覚めてレオナルドが街に出ると珍しくルシアが話しかけてきた。彼女は常に一本調子で、感情がないかのように話す。二つ名の通り、亡霊じみている。

「私は今重要な仕事をしている。上を見て」

 レオナルドは言われたとおりにした。いつもどおり、看板、ネオンサイン、電線、陸橋、日照権を無視した建造物が空を阻んでいるだけだ。

「あのミストラル・ビール支社の上。点滅する航空障害灯が見える?」

「うん」

「あれがちゃんと点滅し続けてるかチェックしなくてはいけない。百回連続。私は他のビルを見なくてはいけないので任せる」

 レオナルドは真面目にそれを行い、ルシアに報告しようと辺りを見回すと妙なものが歩道に横たわっていた。

 それは煙を上げる灰の山だった。

 ルシアがいつの間にか隣にいて説明する、「お疲れ。これは〈ヒルアイル・アッシュマン〉。人間に擬態する怪異で、見分けるのは難しい。有効なのは、対応する航空障害灯が百回点滅していると確かめること。そうすると死ぬ」

「なんで?」

「知らない。ただヒルアイルの猟兵が最初に発見したのでこの名で呼ばれている。彼らを百体討伐すると記念メダルがもらえる。私は欲しい。今六十七体。レオナルドがよしとするなら手伝って欲しい」

「よしとしない」

「そう」

 ルシアは人波に紛れ消えた。


 その後彼女はアッシュマンの討伐を集中的に続けたらしく、数日後の夜中レオナルドにいきなり後ろから話しかけて驚愕させたあと、メダルを見せびらかした。ヒルアイルのシンボルである、湾口を跨いで仁王立ちし松明を掲げた、古代リンダル人の王デレク一世の巨大な像が描かれたものだ。いつもと同じ無表情だったが、さんざん誇示したあと立ち去るルシアの後姿は、やたらと堂々としていた。


 別の日、動く死体を五体片付けた後、見たことのない猟兵がどぶに吐いているのに出くわした。繁華街で引っ掛けたあと帰る途中なのだろうか、と思いながら、挨拶しようとレオナルドは近づいた。

「大丈夫ですか?」

「酒を飲みすぎて吐しゃするっていうのは消化器官が健康な証だぜ、勘弁して欲しいんだけど」と言って、猟兵は唾を吐いた。「お前を知ってるぜ、レオナルド・バードって野郎だな」

「そういうあなたは?」

「シャーロット、シャーロット・メッセンジャー。〈牛歩〉のチャーリーって呼ばれてる」

 最初レオナルドはその人物が少年と思ったが、どうやら中性的な少女だったと気づいた。

「会うのは初めてだな? もっとも最近私は学業に専念してたからこっちに来れなくて」

「大学生?」

「うん。だけどやめたよ。必修を落として留年したから」

 チャーリーは北部の大都市、セントクローディアの出身だった。大学進学を期にこちらへ引っ越してきたが、自堕落な生活を続けてこのありさまだと言う。

「飲まなきゃやってらんないんだよ。私の将来はお先真っ暗だし」

「そうとも限らないよ。僕も大学ずっと行ってないけどあんまり不安じゃないし」

「性格の問題だぜ、それは。少しは人生を警戒したほうがいいって。まあクロウ隊長くらい妄想に取り付かれてるのが良いってわけじゃないけど。知ってる? ターミナルの〈監視者〉」

「知ってる」

「魚屋でイカ買って来てシャーマン隊長にぶん投げたって」

「そのイカを隊長がくれるって言ってきたけど断ったよ」

「まあ普通そうするよな」

 しばらく話した後チャーリーが何か食いたいと言って二人は移動することにした。

 彼女は殆どのウェスタンゼルス市民と同じく、眉間に皺を寄せて何かいやなことが会ったような表情を常に浮かべている。それが悪酔いのせいかどうかは分からなかった。腰には長剣の雑種刃を装備し、ガンベルトにはこの前ディンゴが持っていたのと同じ〈ピースモンガー〉がぶら下がっていた。

 少し歩いてチャーリーは足を止めて、ヌードル屋の屋台を凝視した。

「あ、あれにする?」

「いや、ただ見てるだけ」

 チャーリーは時々唸りながらそれを見続ける。

 レオナルドは、彼女の〈牛歩〉ってのはこういうことかな、と思い、先に歩き出した。

 しばらく行って夜市のある辺りを一周し、戻ってきたらチャーリーはようやくヌードル屋から先に進んでいた。しかし今度は飲み屋の看板をじっと見つめて動かない。レオナルドが話しかけても生返事だ。さすがにこのままじゃ夜が明けてしまうから帰ろうと思ったとき、チャーリーの後ろからゾンビが躍り出たのが見えた。普通、蘇った死体は緩慢に動くだけだが、ときどきすばやいやつがいるとシャーマン隊長に忠告されてはいた。

 看板に夢中で無防備と思われたチャーリーだが、ゾンビの方向を見もせず、ピースモンガーを抜いて発砲した。胸部を撃ち抜かれた屍は彼女の足元に倒れ、チャーリーは無造作に雑種刃を突き刺し、灰に還した。

 これなら特に心配はなさそうだ、彼女は確かに人生を警戒している、と、飲み屋の看板をしかめ面で眺めるチャーリーを見ながらレオナルドは思って、その場を後にした。


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