23 湖畔
「レオナルド、大丈夫かよ?」
道でジョセフに会ってそう言われたので、
「え? なにが?」
「すげえ顔してるぞ。なにか悩みでもあるのか?」
「あるかないかで言えばもちろんあるよ。多すぎて手が付けられないんだよね」
いったい自分はどんな顔をしているのだろうかとレオナルドは木箱に雑種刃を付き立てながら思った。
この木箱は銀輪通りに十メートルおきくらいに配置されてて、中に大き目の虫がいる。バッタに似てるけど、足が八本あって一抱えほどの。それを殺していくという仕事をシャーマン隊長から受け、延々やっているうちに、さすがに飽きてきたのだけど、無理やり続けていた。
「そろそろ放置してもいいだろ。遺棄するのも正統な権利なんだからさ。学校で習ったように人の嫌がることを進んでやるのも重要なんだけど」
「ああ。確かに」
「サンドラ姉さんが会いたがってたよ。もちろん、いつ、とかは言ってなかった。近々家に行くと思う」
「うん」
ジョセフが去ったあとレオナルドは次の一個を破壊したらやめようと思い、そうする前に視界がぐにゃりと歪んで、まどろみの中に入り込んだ。
箱に頭を乗せたまま寝てしまったので、中の虫が立てる嫌な音が頭の中に侵入してきて、嫌な夢がいくつか浮かんでは消えた。
気がつくとレオナルドはカビ臭いベンチに横たわっていた。周囲は濃霧が立ち込め蒼白く染まっている、どうやら早朝なのかなと少年は思った。
「ご覧。湖」
〈遅刻魔〉のサンドラが傍らにいた。見ると眼前には確かに、湖があった。それは西六番隊の管轄地にあるような陥没した道路の水溜りではなく、砂浜や林もありどうやら自然っぽい湖。
「これなに? どこ?」
「都市の只中にいきなり出現したってわけなのよね。この調子で行きゃ砂漠が都心部に出現して市民がミイラになる可能性すらあるんじゃねえかしら。それにしても」
サンドラはしばしレオナルドを凝視し、言う。
「あたしらが出会ってもう一年か」
「一年?」少年は違和感を覚えた。「一年も過ぎてたかな?」
「過ぎていたわ。無為な一年が」
しかしサンドラに出会ったのは確か夏で、それから一年が経過したというなら秋や冬や春を経由したはずだがレオナルドにその記憶はなかった。
まさかウェスタンゼルスが常夏と化したのだろうか。それほどの怪異が襲来すればさすがに分かるはずだし違うっぽい、いやしかし皆が「ほかの誰かがどうにかするだろう」とこの怪異を放置して夏と夏が直結されたらあり得るかも。
「無為な一年ね、まあ多分死ぬまで無為を続けてくんだと思うよ。ところで姉さんはラプタニア系だよね? 向こう住んでたことある?」
「いや親の代にこっち来たからあたしは向こう行ったことねえんだわ」
「最近うちに王国の祓魔屋が来て、修行したいって言ってたんだけどろくな人材いないからって帰ったんだよ」
「それは帰ったほうがいいわ。帝国で学ぶべきことなんて大してねえんだわ。少なくともこの街じゃ一つもねえって分かってなかったのかしら。ただうろうろするだけなんだから。誰もが」
「じゃあなんで姉さんの親御さんはこっちに来たの」
「風土に合ってたんだわ。陰湿で無責任だから」
「なるほど」
「誰もが責務を負わねえで生きてくのが一番、最高」
レオナルドはなにか言いようのない不安を抱いた。自分たちは怪異を駆除するのが仕事だがそのすべてを駆除することはできない。いつか世界の根源をぶち壊すのが現れたら? 世界がすべてぶっ壊れても、新しい無為な世界が出現してなんとかなるんだろうか?
湖に目をやると水面が泡立ち、なにか大きなものが一瞬姿を現してすぐ沈んだ。蛸かなにかに見えたけど。レオナルドは地下鉄が浸水し、いつも通りにやって来た通勤客が今のでかい蛸のモンスターに次々食われるのを想像した。あるいは、一生真面目に勤め人続けるくらいなら蛸に食われたほうがましかもしれない。やつらには硬い嘴がある。そいつに一気に頭を齧られた方が。いくら食っても次々に人々が来るので、モンスターのほうがいずれ嫌気が差してその食うって仕事をやめたがるだろう。




