20 レインメーカー
同地区の同僚、〈雨男〉ことミカエル・アシュベリーと出会ったのは夕立の降りしきる中のバス停だった。間違いなく雨は世界を変容させるとレオナルドは考えていていた。雨が降ると残像みたいな、カーボン複写されたような街が少しずれた状態でそこらをうろうろする。雨が止んでもそいつは消えていない。オリジナルと複製の街は交じり合ったり、悪影響を与え合ったりするけど通常みんなはそれを意識しないのでまあ問題はないかのように行動してる。だけど嫌そうに傘を差すのだけはやめられない。体が濡れるからってだけじゃなく嫌な形の曲線を、境界が描いてるからそいういう顔つきになってしまう。
そういうことをバス停で考えていると隣に腰掛けた男がいた。そいつは果たして猟兵だったが、外套が他の人間のそれよりだいぶきれいな気がした。乱雑な肩とかの縫い目もある程度丁寧に縫いなおされてるような。通常、猟兵の外套は、わざわざ新品のものを、切って縫い直し、道路にこすりつけたり土をなすりつけたり、小石とともに洗濯機で洗ったりと、衣料メーカーの人が一所懸命にやってくれているのであるが、かの男はそれをある程度個人的に修復したようだ。彼からは香の匂いがした。フルーツ、おそらくは苺の煙たい匂いが。
顔はといえば、どうやらジョセフや自分、ルシアなどよりだいぶ年上のようで、シャーマン隊長と同じか、それより上って感じだった。小奇麗なビジネスマン、という印象で、高そうなスーツと糊の利いたシャツを着込んでいる。しかし目つきが鋭すぎた。口元には微笑みしかしまなざしは剃刀のように。レオナルドはカタギじゃなさそうだなとすぐに分かった。
最初に口火を切ったのは男だった。
「初めまして。すごい雨ですね」
「ええ」少年はまともに男の顔を見ないで応じた。
「だからこそ久々に外出できた。ぼくは近くのでかい倉庫を借りてそこに滞在しているンだがね、さすがに気がめいって、そろそろ一雨きてくれないかなと考えていたところでこの慈雨、ツイてるじゃあないですか」
レオナルドは男が傘を携えていないことに気づいた。そして彼が一滴の雨水も浴びていないってことにも。
「想像がつくかもしれないですが、ぼくはきみの先輩のミカエル・アシュベリーでして。レオナルド・バードくん」
「ああ、どうも」
レオナルドはわずかに躊躇ってから、
「ミカエルさんはこっちの――猟兵の仕事は副業としてされてるんですか?」
「そうだけどよくお分かりで」
「ええ、あの、違ってたら申し訳ないんですけど、ギャングの人なんですか?」
「それに関してはなんとも言いかねますな」
「死体がトランクに入った廃車を処理したり、大金の入った鞄と粉末を交換したり、乗りつけた車からマシンガンをぶっ放したりとかするんですか」
さすがに無遠慮だったがミカエルは冗談を聞いたように笑った。「あとは無鉄砲なジャーナリストの家のベッドに豚の頭を配置したり、ですか」
「ええ」
「もしくはそこらの会社や酒場を庇護下に置くための『税金』を頂いたり」
「そういった仕事を」
「いやあ、お答えしかねますな」
レオナルドは、ミカエルがそういう仕事をしているさまを想像した。そのうち、気づかないうちにその想像は夢に摩り替わっていて、起きるとミカエルはいなかった。
雨は止んでいた。レオナルドは、ミカエル・アシュベリーはただのギャングじゃなく、若頭か下手をすればボスじゃないかと思う。きっと倉庫に帰って、晴れている間はどこかの暗黒街で行われる犯罪の計画を練り、青写真を見ながら部下に電話とかしているのだろう。恐らく彼はそちらでも〈大立者〉と呼ばれているのだ。
彼が座っていた場所には花束が置かれていた。どういう意味かは分からなかったが、いい意味だとしても、その後ろになにか恐ろしい意味も隠れている。




