19 巨像
レオナルドが住んでいる住宅地から少し離れた場所に、日の当たらない区画があって、半ばスラム街のようになり、違法建築の雑居ビルが並んでいる。品揃えのいい本屋があるのでだいぶ愛用していたが、いつ来てもなにやら後ろ暗い感じの人たちがぞろぞろと歩いてる。
そこを担当するのは西六番隊だが、彼らは仕事をぜんぜんしない。いつ来ても地下鉄駅近くのアーケード街でくだを巻いており、日が落ちれば帰る。
あるとき、以前地面が崩落して湖、っていうか汚い水溜りじみた状態になっていた場所に、巨像が姿を現したので大騒ぎになった。しかし民衆は三十分後には何事もなかったかのようにまた歩き始める。
巨像を前に、〈言い淀み〉のセドリック、〈滅裂〉のマーサ、〈生返事〉のアドニス、クロムウェル隊長、たまたま居合わせたレオナルドが集まった。
レオナルドにとって巨像は背中の曲がった犬のように見えた。目が一つだけあって血走ってる。それは赤信号みたいに見えた。
「そういやレオナルド、ジョセフはまたどっか遠くへ行ったらしいじゃないの」アドニスが沈黙に飽きたのか聞いた。
「ああ、うん。ハイディヴィジョンまで行って、駅でバケモノを倒したらそこのギャラガー隊長って人に注意されたらしいよ」
「へー」
巨像は口から緑色の薬液を噴出した。ハッカの匂いがして、一同は穏やかな気分になった。
「で、隊長、こういう場合にはなんていうか」セドリックがぶつぶつと言い、終わりのほうはよく聞こえなかった。
「サイラスを呼んだほうがいいんじゃないですか」レオナルドは提案する。
「通常であればそうすべきでしょうなあ」隊長は巨像を見上げて言う。「だが、しかし……」
「内臓を入れたぬいぐるみを販売すべきだとあたしは思う」突然マーサが言った。「通常、綿しか入っていないが、子供に肉要素を教えるため腎臓を五個は封入すべきだと考えている」
物乞いが台車を引きながら通り過ぎる。台車には古い新聞紙が積み重なっている。何年分あるのだろう。茶色く変色してとうてい読めそうにない。読めたとしてもそれは過ぎ去った、幻影の、代物で、役には立たない。湿ってるから焚き付けにも使いづらそうだし。
「実際のところあれは蛹に過ぎないわけだなあ」隊長は改めて巨像を見上げて、言った。それの周囲を鳥が飛び交っている。「少しばかり待ってみればいいかもしれない。それで定着したならめでたしだなあ。現実に定着した怪異はすでに脅威ではない。気づいてるかなあ、レオナルド君。なぜ我々に遺棄の権利が認められているか。すべての怪異は定着の可能性を持っている。あれらは現実の一部だからなんだよなあ。だよね」
「つまりあなた方には」
「やる気がない」
一同のそれからの態度は堂々としたものだった。辺りを行きかうギャングや物乞い、密輸業者らしき人々も堂々としていた。もちろん巨像も、あの飛び交う鳥の群れも。自分ひとりだけが妙にあわてているような気がしたレオナルドは、その場の、薄汚れた石畳に横になって眠った。
起きてみると巨像は現実に定着していた。それは数百年前からそこにあったように佇んでいる。猟兵たちもすでにいない。あるいは本当に、何世紀か眠ってしまったのかもしれない。
レオナルドは堂々と――諦念を多分に交えて――それを見上げて踵を返すと、歩き出した。




