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境界横断  作者: 澁谷晴
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16 幻獣

「最近マズいことになっているのだよ」平日の昼間、参拝客のいない礼拝堂で、レオナルドはケインズ司祭とサンドイッチを食べていた。朝食の残りということだったが、すでにパサパサになっており、具も少量のジャムだけだったので、レオナルドはあまりいい顔はしなかった。

「帝都で反天空教会の運動が持ち上がっていてね。どこぞの礼拝堂で、無料で配布してたコーヒーだかカフェオレだかを、自分だけ貰えなかった、っていうオバさんが抗議して、それを教会側がシカトしたものだから今では大規模デモにまで発展しているのだ」

「それはひどいですね。アズルヘルムの教皇とかはなにかコメントしているのですか?」

「まあ、『真に遺憾、極めて遺憾』とは言っていたが、以前も話したとおりもはやアズルヘルムとリンダリアのヒム崇拝は別の形になっているから、実際は天罰か、あるいはどうでもいいと思っているのだろうね。そもそも君も知っての通り、アズルヘルムは敬虔というか熱狂的というか元気のよろしい信徒が聖地を奪還するとか言って現地民を駆逐して作った国だ――空が映るからといってあのでかい塩湖なぞよくも欲しがったものだが――そのときそういったパワーのある信者は全員あっちに行ってしまったのだな。だから、向こうからすれば一連の抗議活動はヌルい信仰への天罰といったところだろうが、反ヒムの動きが教皇領に飛び火してはマズいってわけで、迂闊なことは言わないようにはしているだろう。ただ、去年教皇が『帝国にヒムは既にいない』とか『帝国の信者は全員地獄行き確定の犯罪者』とか言ったときもデモは発生したが、すぐ沈静化したし今回もすぐ終わるかも知れぬ」

「だといいですけどね」

 ところが、夏の暑さのせいか、他にニュースもなくメディアが騒いだせいか、抗議運動は拡大の一途を辿り、デレキアのあちこちの礼拝堂に「麻薬大安売り中・二割引セール」とか「豚小屋」といった文言が書きなぐられたりした。これに対し天空教会幹部が「紛らわしい落書きは止めていただきたい。薬は通常価格のままです」と言ってますます民衆は怒った。

 ウェスタンゼルスではそうした騒ぎは無かったが、いくつかの礼拝堂で妙に遠い目つきの若者が「いくらっすか?」と尋ねてきて、よせばいいのに司祭がただの煙草を高値で販売し、行列ができる騒ぎになったりした。煙草の販促をしたい帝国専売公社の陰謀だと騒ぐ別の勢力が、大量のカートンを礼拝堂の前で燃やす抗議活動をなぜか始めて、だけど近隣住民から多量の煙へ苦情が寄せられすぐ終了した。

 やがて抗議活動は「天空教会と蒼昊騎士団の存在意義」にまで波及した。「いる意味がないのではないか」と。現代のリンダリアではもはや宗教は必要ない、といった報道番組まで組まれ、無心論者や不可知論者が増加しているというデータが提示された。これに出演していた司祭が「じゃあ葬式はどうするというのです。骸を燃えるごみの日にでも出すのですか。もっともあんたら愚鈍どもにはそれがお似合いかもしれませんな」などと発言、いよいよ民衆は天空教会廃止運動を開始した。

「まったくお偉方はもう口を閉じていたほうがいいな!」蒼昊騎士マチルダ・ウェストは憤慨していた。「お母さんから胡散臭い宗教で働くのはやめろなどと言われたぞ。国教だというのに! おまけに自立しろだの結婚しろだの、朝食のときだけで二十回は言われたぞ」

「ミス・ウェストもとんだ災難だな。本当、どう収束させるつもりなのだろうな」

「なにか明確な仕事があればいいんですが。ちゃんと働いているという」レオナルドがそう呟くと、

「あまり面倒なのはよしてほしいのだがね」

「まったくです、司祭様」

 言いながら司祭とマチルダはジグソーパズルに挑んでいる。近所の住民が「買ったはいいけどでかすぎてやるのが面倒なので代わりにやって」と依頼してきたものだった。

 確かにそういうちょっとした依頼を誰かにしたいときはある。普段はあまり使わない調味料を今日だけ使う、ってとき借りに来たり、自分の歌が下手じゃないか不安なので聞いてもらったり、焚き火をするので薪がほしいがホームセンターまで行くのは面倒、って場合分けてもらったり。地域社会が崩壊する中で最後の砦が、この礼拝堂かもしれない。

 さて上層部はここにきて、驚くべき対策案を投じた。じつは、今まで公開して来なかったがこの都市は幻獣にたびたび襲われており、そのすべてを今まで秘密裏に退けていたのが教会と蒼昊騎士団であった、と発表したのだ。すべての騎士は銀に輝く聖剣を携えており、不可視の怪物はこれによってのみ抹殺できる、という触れ込みだ。完全に猟兵の真似であるが、この発表がなされてから抗議は収まり、それどころか騎士団を英雄視する声が上がり、最終的に教会は彼らの写真やグッズを販売するといった商法に出た。

「とんでもないことになりましたね」

「ああ。今度はお母さんが、近所のオバさん連中に頼まれたっていうんで、わたしの写真にサインを入れてほしいなんてほざくのだ」マチルダは腰にぶら下げた真新しい「聖剣」にも戸惑っているようだ。発注したばっかりらしく、ビニール包装と値札が付いたままだ――人に向けて振らないでください、幻獣の駆除以外に使用しないでください、などパッケージには注意書きがずらりと書かれている。

「起死回生の策、しかしあながちでたらめとも言えぬようだよ」ケインズ司祭は長椅子にもたれ掛って言う。「これまでもいくつか、騎士のなかに見えない獣と戦うような言動を繰り返す者がいたそうだ。どうやら鎧に有毒な成分が含まれているとか、洗礼のときに食べる〈竜の心臓〉に寄生虫がいるとか幻覚作用があるとか、ヤバい噂をいくつか聞いた」

「あれはスーパーで買ってきたホルモンではなかったのですか? それに焼いて食べているから寄生虫なら心配ないのでは?」

「本部から冷凍保存で送られてくるから謎なのだ。生焼けの部分があったかもしれないし……まあ、ミス・ウェストにはそういう症状はないから大丈夫だろうが」

「ええ、もちろんそうです。まあこれからは、ひそかにその幻獣とやらと戦っているようなアピールもしていかないといけませんね」

「うむ、茶番にしか思えないが、我々の仕事を維持していくためにもだ」

 レオナルドはそれからも何度か往来で、虚空に向かってパッケージされたままの聖剣を振り回すマチルダの姿を見たが、世間に対するカムフラージュだとは思えない、迫真の戦いぶりだった。


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