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四朗  作者: やっことっぽ
9/13

紙一重

「……」


「………」


利久と信長は伝令兵の報告を聞きながらも微動だにしなかった。利久の首に据えられた刀身は未だにそのままであり、首筋からはぽたりぽたりと赤いしずくが滴り落ち、地面に血だまりを作っていた。

利久は主人の鋭い眼光を受けて金縛りにあったかのような錯覚を受けている。


蚊帳の外である伝令兵は息せき切って“お味方有利”の報を告げたはずが、予想外の修羅場を目撃した為、目線を彷徨わせながら途方に暮れていた。

その醜態も当然だろう。攻城戦で味方が雪崩れ込んだのであるから勝利は目前なのだ。後はどのような勝ち方をするかだけであろう。

「わっ!!」と湧き立たなければいけない場面であるのに…


その重苦しい雰囲気を打ち壊したのはやはり信長だった。


「…で、策とは?」


眼光も動かず口元だけが億劫そうに声をつむぎだす。その目は“下手な事を言えばその首叩っ切る”と語っているかのようで、利久は一層の緊張感を漂わせる。周囲とて例外ではない。

まだ修羅場は続いていた。


「はっ、策とは………手薄な城壁から小数を忍び込ませ、食料庫や重要な施設を放火。その後味方の裏切りを叫ばせ、同士討ちをさせるというものにございます」


利久にとって最後の大博打であった。きつく目をつぶって拳を握る。返ってきた反応は…



「ひっ卑怯者が!!」


「忍び働きを戦場に持ち込むとは~~何たる侮辱!!」


「恥を知れ!痴れ者が!!!」


周囲からの罵倒だった…

それもそのはず、この時代での ”忍び働き”は”野盗働き”とも言われ、忌み嫌われている。現代の脚色された”忍び”とは似て非なる者だ。

甲賀流や伊賀流忍術など聞こえはいいが、実際は野盗技術の延長であって決して褒められたものではない。

彼らは基本ごろつきや悪党だ。戦場でも名乗りを上げて“名こそ惜しけれ”の精神を持つ武士にとっては忌み嫌う対象だった。といっても豊臣秀吉や徳川家康など現代に名を残す武将は大小はあろうが、彼らを存分に利用してきたのだから必要悪というやつだろう。


しかしだからと言って一番手柄が忍び働きであってはならない。命や名を賭けて戦う武士にとっては利久の行為は許せるものではなかった。


利久は罵倒の中を必死に耐えている。利久を庇う者は誰一人としていない。


信長はそんな喧騒を無視するかのようであるが、その実、一番利久の行為に嫌悪感を感じていた。

信長は生来、人の生き方に敏感である。卑怯な行為を忌み嫌い、欲にまみれず潔く生きる者が好きだ。

史実では比叡山焼き討ちや長島一向一揆殲滅など“魔王”と呼ばれる行為を躊躇なくやったが、その根幹には潔癖なまでの“人間美”があったに違いないのだ。

ここで首を討たぬ方が不思議である。信長の真意は誰にも分からない。


「某は病気がちであり、長くは生きられぬかもしれませぬ…」


「……」


「「「??」」」


何とも言えぬ罵倒渦巻く緊張感の中突然、利久は重苦しく語り出す。その内容に気勢を削がれたのか周囲の罵倒は止み、信長の眼光も気持ち緩む。

利久の独語りは続く…


「この戦は信長様が尾張に覇を唱える大切な戦。動かぬ体に鞭打ち馳せ参じましたが、やはり戦場では役に立ちませぬ。ははは……」


乾いた笑い声が陣幕内にやけに響く。


「寝食忘れ信長様のお役にたてる方法を必死に考えましたが、浮かぶのは碌でもないことにて武士としては役立たず。せめてもと忍び働きに手を染めた次第…」


「……そのような事で儂が喜ぶとでも?」


「手柄など求めませぬ、名誉とて捨てましょうぞ。ただただ何代にも続いた織田家からの恩を返したい、その一念に御座いました」


「………ふん」


「遠慮はご無用に願います。某は信長様の戦を穢したのです、切って捨てるは当然の事で御座いましょう…お切り下され!!」


“チャリ”


利久の言に反応したかのように柄を握り直す音が耳元で響く。利久はさればここまでと呟き目をきつく閉じ、その時を待った。

しかし待てども一向に切り下される様子はない。肩透かしを食らった利久が目線を上げようとした瞬間。


ガシュ!!



力強い音とともに目の前の地面に刀が突き刺さる。何事かと頭を上げて主君を見上げるが、そこには眉間に皺を寄せた青年が見下ろしていた。


「ふん!!」


そう鼻を鳴らすと背を見せ大股で戻り床几に座り直す信長。







「大義であった」


「は?」


「……ふっ、耳まで遠くなったか利久。大義であったと申しておる」


そこにはそれまでの殺気がとれ満面の笑みを浮かべる主人がいた。

呆気にとられる利久はしばらく現実を受け入れることができずにいたが、主人の「ちっ」という舌打ちに意識を取り戻す。


「はっ、ははー!!ありがたき幸せ!」


「……ふん」



前田利久、これまでの忠勤を評価され前田慶次郎利益への家督相続を許される。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

~前田家屋敷~


「養父!!何と言う無茶をされますのか!!」


「四朗様の言われる通りですぞ利久様!あと一歩で首を斬られるところでしたぞ!!」


「父上!」


利久は四朗と慶次、家老の奥村から猛反発を食らっていた。その勢いは利久の顔面にツバキが掛かるほどだ。袖で顔面を拭いながら言い訳をするしかない。


「いや、うむ…あの時はだな、その~仕方なかったのだ」


「仕方ないで済ませることが出来ましょうか?!殺されなかったのは奇跡ですぞ!!」


「そうです、養父。奥村の言う通りあのような博打はする必要はありませんでした。戦は勝てずとも前田家に間諜の能力があると示せれば良かったのですから」


信友戦の撤退に待ったをかけた利久の行動は芝居でも四朗の入れ知恵でもなく、完璧な独断だった。

四朗の作戦では甲賀者を使った戦という者を信長に意識させるだけでよく、戦に勝つ必要はなかったのだ。前田利久は戦馬鹿とは一線を画す戦い方が出来る。信長はその意味を理解することが出来るであろうし、前田家は織田家で重宝されるに違いない。

所領減は覚悟の上であったのだ。利久から慶次への家督相続が間違いなく行われれば勝利であったのに、蓋を開ければ所領安堵の上家督相続が認められている。

利久の手柄ではあるが、前田家当主の首を賭けてまで欲しい手柄ではなかった。そのことを理解してくれていなかった利久に悲しみとともに怒りが込み上がってくる。


「わかっておる。わかってはおるが…儂とて慶次に何か残してやりたかったのだ。儂自身の武勇でだ」


「父上…ぐすっ」


慶次郎の涙とともに四朗と奥村の怒りは消沈してしまった。親子が見つめ合っている場で怒鳴り付けるなど出来るものではない。


「「は~~」」


合わせるでもなく同時に溜め息を吐いた二人は、抱き合う親子を無視して語り合う。


「しかし、利家様の元へ大分人が流れてしまいましたな…」


「ええ。こればかりはどうしようも無いでしょうね。方や戦上手、方や間諜の類ですから。どちらに付いた方がいいかは明白でしょう」


前田利家は今回の一番手柄で信長様から500石を賜り、母衣衆に取り立てられたのだ。そのせいで少なくない家臣が利久を見限り利家に乗り換えてしまった。立身出世を目指すのならば戦上手の主人がいいに決まっている。明らかに利久と慶次は不利だ。


「しかし正直に言えば家中から膿を出し切ったとも言えるかもしれませんね。これで気兼ねなく私も行動に移ることができそうだ」


「…辛辣な意見ですな。しかも更に何かやられるようですが、お教え願えるのでしょうかな?」


「ふふ、ええ。奥村殿には存分に働いて貰いますよ」


意味ありげな笑顔を浮かべる四朗。奥村はこれから起こる出来事に胸をときめかせながらも、厄介に巻き込まれる未来像思い浮かべながら苦笑をこぼすのだった。


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