尾張統一後半
‘清州城’
守護代織田信友が座す居城である。
その城構えは尾張の中心地として相応しい。周囲を取り囲む堀には五条川の水が引かれ、川からそびえるようにして不揃いの岩で積まれた石垣が伸びる。その高さは10m程だろうか?矢や槍刀剣が主流であった戦国時代で、陥落するには相当な被害を覚悟しなければならない。
城攻めを開始してから3日、信長軍は早くも攻めあぐねていた。それもそのはず、両軍の戦力は互角と言っていいのだから。
城攻めには3倍の兵力がいる、というのはよく聞く話だ。それだけ城攻めというのは守る側が有利なのだろう。
石垣を必死に昇る信長軍。ゆるすまじと汚物や油を浴びせ、石や矢を射降ろす信友軍。堀には死体が無数に転がっていて水面は赤黒く染まっている。
織田上総介信長、この年22歳。歳だけでなく戦の経験も足りていなかった。火縄銃をいち早く取り入れる等革新的な発想をするが、戦術などは急に湧いて出るものではない。ただひたすら力攻めにこだわる姿勢を見せている。彼の短気な性格も影響しているかもしれない。
この日も火の出るような夜襲を仕掛けるも、守備兵はかがり火を赤々と焚き待ち構えていた。信友軍の思う壺である。
「…」
「…親分」
「……」
「親分、ちょいといいですかい?」
阿鼻叫喚を極める戦場と対比するように、新月の暗闇で息を潜めるみすぼらしい二人組。
「…何だ。くだらない事だったらぶっとばすぞ!」
「へい、それがその~~……やっぱりやるんですかい?」
申し訳なさそうに髭面の大男の様子を窺う汚らしい小男。彼は返事を待つことなくビクついている。
「馬鹿野郎!!おまっ「シッ!声が大きいですぜ親分!?」……お前は何度言ったら理解しやがる。これは一世一代の大博打だと言っただろうが。大きく賭けにゃあ見返りなんぞ期待できないだろうが」
「それはそうですが…何百人と攻め立てて落ちない城を俺達だけで落とすなんて、無理とちゃいますかい?それにあの餓鬼の言う事を真に受けてってのもなんだかなぁ~」
呆れた顔を見せる大男は幼い子供に言い聞かせるように語りかける。
「はぁ~~、いいかよく聞け。松吉」
「へっへい!」
「俺達甲賀者の次男三男は今更まともな職になんかありつけねぇ。それに実家には俺達に分け与える畑なんぞねえんだ。結果見てみろ自分の姿を、ええ?今じゃあ立派な野盗コソ泥だろが。いつかは野垂れ死にだ」
「へ、へい…」
「話を持ちかけたのが餓鬼だろうと信長だろうと関係ねえんだよ!大博打の機会を与えてくれる奴は俺達にとっちゃあ神様よ…それに俺は無駄死にする気はねえ」
「へい、流石は親分!」
「ふん!くだらない事言ってんじゃね。まったく」
「へへ」
「「…」」
「「……」」
「「………」」
「親分。ちょいといいですかい?」
「…今度は何だ。ん?腹が減ったんならもう少し我慢しやがれ。この戦が終わったら褒美がたんまり出るだろうからよ。腹いっぱい食わせてやらぁ」
「いやぁ、そいつぁ楽しみですが、そうじゃねえんです」
「だったら何だってんだ!ええ!?」
松吉が気付いた異変。それは小高い丘にポツンと掲げられる松明。それは不規則な動きを繰り返していて、誰かに何かを知らせているかのようである。
「いやぁ~、あれって餓鬼が言ってた合図なんじゃ?」
「ん?……馬鹿野郎!それを早く言いやがれ!」
二人は弾けるように石垣にへばり付いた。その腕には見慣れない道具が付いていて、手首から伸びた3本の大型の猫爪が石垣の隙間をがっしりと捕える。
また足先にも鉄製のとげを何本も取り付けたものだから、凹凸に関係なくすいすいと昇ることが出来た。
そして極めつけはその姿だろうか?この日の為に支給された服装は石垣の灰色と同色で、顔や髪とて泥で塗りたくっている。
この新月の暗闇では目を凝らさないと分からない程、石垣に擬態していた。
ただ暗闇の中に2対の目だけが爛々とぎらついていて気付かれかねない…
「…見張りはほとんどいやせんぜ」
「ああ…手筈通りだ」
信長軍は南の大手門を全軍で集中攻撃している。それに伴って信友軍も大手門の守備に兵を割いていた。
ただそれでも見張り兵は数人存在しているのだが…
石垣を半ばまで昇ると、髭面の大男である梅次はおもむろに背中のブツを構え放つ。
シュ!!
軽快な音を立てて放たれたそれは寸分たがいなく見張り兵の背中に突き刺さった。
「ぐっ?!」
苦しげな声を一瞬上げたかと思えば見張り兵の体は傾き、堀へと転落してしまう。もう一人の見張り兵が異変に気付き堀下を覗くが、今度は松吉の餌食となる。
瞬く間に2人の命を奪ったそれに2人はおもわず顔を見合わせた。
それぞれの利き手に持たれたブツはクロスボウと言う。和弓と違って再射出に手間がかかるのが欠点だが、熟練度が左程必要とされないので梅次や松吉にも使いこなすことが出来ていた。
2人はそれぞれへの視線を外した後、手元のクロスボウを見て思う。この作戦が決まって何度も練習させられたそれは、なぜ今まで戦場で使用されなかったのか?
クロスボウの歴史はかなり古く、ヨーロッパで言えば古代ギリシャから16世紀近くまで使用されているし、歴代中国王朝でも弩という名称で用いられてきた。
では日本ではどうか?
日本でも使用された形跡はあるようだ。弥生時代の遺跡から出土されているし、奈良時代では盛んに使われていたらしい。ただ和弓を用いる戦闘集団である武士が台頭するにしたがって廃れていき、戦国時代では見る影もない。
四朗は元々使用されていた武器を復活させて与えただけだが、2人にとっては最新兵器を作りだし、躊躇することなく下げ渡した少年に尊敬とともにもの恐ろしさを感じてしまう。
しかしその恐怖も一瞬のもの。一世一代の大仕事が目の前にあるのだ、今は行動あるのみ。
2人は頷き合い、見張りのいなくなった石垣を再び昇り始めるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「………」
「「………」」
「…………」
「「…………」」
周囲は戦場の怒声が喧しいほどだが、それに反してその場は静寂が支配していた。膝を着き顔を俯かせる偉丈夫どもは、額からの汗を拭う行為さえも目の前の人物の悋気に触れないかと微動だに出来ずにいた。
「…勝家」
「はっ、ははっ!?」
清州城から目を離さずに語りかける青年…織田上総介信長という。
「…どうなっておる?」
彼の言葉は常に簡潔だ。無駄口を叩くのは馬鹿の象徴であるかのように思っている節がある。
家中も馬鹿ではない。主人の性格を把握し悋気に触れないよう簡潔に素早く答える必要があった。
「は!大手門へ集中攻撃をかけるも敵の抵抗激しく…いまだ突破できておりませぬ」
勝家は主人の性格を身をもって理解している。命令通りに行動しない者、行動しても能力が足りず失敗する者へは打擲をもって応えるのだ。
今自分は何の成果も出せず、主人の命令とは言え自軍の犠牲を増やしてばかり。拳が飛んでくるのは予想できた。おもわず身を固めてしまう。
「で、あるか…」
「??」
「「???」」
意外にも意外。拳どころか罵声とて落ちてこないことなど予想していなかった。周囲とて予想外の主人の寛容さに呆気にとられてしまう。
信長は家臣たちが何に動揺しているのか分かっていたが、怒る気など早々なかった。今回の失態は誰にあるのか理解していたからだ。
(時期尚早であったか…)
内心一人ごちた。
俺と信友の能力差は誰が見ても俺の勝ちだろう。しかし戦はやはり自分一人の能力では覆らない。
(戦は数だな…分かっていたことだが、慢心があった)
信長の戦力は500程。信友軍も同数程度だろう。腐っても尾張守護代、士気はこちらが高いと言っても敵が籠るのは尾張一の堅城清州城。信友など鎧袖一触であると考えていたが、実際に命のやり取りをするのは足軽どもだ。
清州城を落とすには少なくとも3倍の兵力が必要だったろう。1,500人といえば全城の常駐兵をかき集めた人数だ。全ての城を空にする覚悟があれば用意することが出来たが…
(無理だな…敵は尾張だけではないのだ)
南に今川義元、北は義父の斉藤道三だが、息子である義龍との不仲はもはや周知の事実であり、美濃の豪族が暴走してこちらにちょっかいをだしてこないとも限らない。
兵力で圧倒出来ないならば、必要なのは根回しだっただろう。敵の兵力を少なくするための努力はいくらでも出来たはずだ。自分はそれを怠ってしまった。
ここで家臣に当たり散らすのは簡単だろう。しかし自分の怠慢を下に押し付けるようで、それをするのも気が引ける。
複雑な感情だった。
「是非もなし…攻撃を中止せよ」
「はっ、はは!?」
勝家は返事とともに安堵の息を付く。これ以上の犠牲は今後の戦略に大きな欠陥を生んでしまう。ここが引き時だった。今回の戦はこれが最後になってしまうが、主人が我を忘れて引き時を誤らなかったことに対する安堵の息だった。
「よし、退却の法螺貝を鳴らせ!!」
「はっ!」
「…待ちください!!」
勝家は伝令兵に退却の命令を伝えるが、それに反する声が上がる。予想していなかったことだ。主人が退却の意思を伝え、家臣どももここは退却が正しい判断だと感じている。それなのに待てとはどういう事か?
あまりのことに信長は視線を清州城から外し体ごと背後の背信者を醒めた表情で見据える。
「…なんじゃと?」
底冷えするその表情と声音に背筋を凍らせる背信者。周囲もあまりのことに絶句してしまった。流血沙汰は免れないに違いない。
「お待ちくださいと申し上げました…今しばらくお待ちいただければ戦況は覆りまする」
信長は無言で小姓から腰の物を受け取り鞘を抜き放った。二歩ほど歩いて止まり再び問いただす。
「…申せ」
存念を申せという事だろう。背信者は一瞬躊躇するも、覚悟を決めた表情を浮かべる。
「戦が始まるとともに策を仕掛けました。もう間もなく成るかと」
信長は無言でもう4歩ほど進む。間合いまであと10歩…
「…策が成りましたら清州城のあちこちから火の手が上がりまする。そして…」
今度は6歩だ。次が自分の最後の言葉になるに違いない。
「某の…前田利久の最後の奉公。お受け取り下さいませ…信長様」
覚悟を決め首を垂れる背信者前田利久。一気に距離を詰め、大上段で振り下ろす信長。
誰もが、利久本人さえもう駄目だと諦めた瞬間、陣幕を蹴り倒す勢いで伝令兵が駆けこみ、そして天の声を告げる。
「申し上げます!清州城内は謎の同士討ちをみせております!?隙をついて利家殿が一番槍を付け、それに続いて城内になだれ込んでおりまする!!」
「……」
「「「……」」」
「…で…あるか」
刀身は利久の首の皮一枚を斬ってぴたりと止まっていた。
129人の方、お気に入り登録ありがとうございます。一週間かけてなんとか一話書き上げました。といっても4千文字程度ですが…頭がパンクしそうです。
読んで頂ければ嬉しいです。
※タイトルは四朗ですが、文章中の名前が四郎となっておりました。済みません。まあ作者の注意力はこんなもんですあしからず。