利久のターン
「ふぅ~、情けない姿を見せてしまったようだ……二人とも怪我はしていないかの?」
儂はあまりの出来事に驚いているであろう外の息子たちに声をかけ、中に入るように命じる。外が見えるようになって寒々しくなった部屋だが、心許した子供たちといると心が温かくなる。
「…いえ、怪我はしておりません。多少驚きはしましたが」
「うん。大丈夫だよ」
慶次はまだ9歳になったばかりの子供の為、どうしても動揺を隠せていないが、もう一人は言葉に反して落ち着いているように見える。
成り行きとは言え儂の息子となった少年“前田四朗”
彼は会った時から10歳と思えぬ聡明さを見せ、この屋敷で住むようになってからも、慶次へ三国志講義を聞かせている。その話術は人を楽しませる法を極めているかのようで、儂とて引き込まれてしまうのだ。
麒麟児と言ってしまえば簡単だが、何故かそれでは済ませられない不自然さを感じてしまうのは気のせいだろうか?
…まあなんにしても、彼が前田家を発展させるのは間違いない事だ。
しばらくそんな事を考えていると、四朗は儂を見つめてきり出した。
「…少しお聞きしても?」
「ふむ。なにかの?」
四朗は喋りだしたものの躊躇しているのか、しばらく俯いていたかと思うと、おもむろに視線を上げる。
「先程の利家様のことですが…」
「…ふむ、あやつと会うのは初めてであったかな?利家は年の離れた兄弟での、信長様の小姓として仕えておる。儂と違って見ての通りの偉丈夫での、なかなかに戦功を上げておるわ……ただ少々ひねくれた性格でな」
「少々ですか?」
「ほっほ!」
「……」
「ん?何か言いたい事でもあるのかの?」
「…無礼を承知で申し上げますが、利家叔父の態度は当主へ向けるものとは思えませんでした。信長様に訴える必要があるのでは?」
遠慮気味に述べられた言葉だが、その内容を聞いて一瞬眉間に皺が寄ってしまった。言われずとも、儂とて何度も訴えたのだ。しかし信長様は一応叱ってくれているようだが、一向に利家の態度は改まらない。しかも訴えのために城に昇った儂に対して信長様は“度量が狭い”と叱責する始末。それが何度も続くと儂は呆れ、諦めてしまう。
その態度を信長様は敏感に察したのだろう…それ以後会ってくれようともしない。
儂は主君に嫌われておる…
儂の苦い表情に気付いた四朗は慌てた様子で「出過ぎたことを」と言って頭を下げる。利家の横暴にも驚いた様子を見せなかった四朗のその姿に、苦笑が浮かぶ。
肝は太いが心根は優しいの
「ほほっ!…よいのよ。あれだけの態度だからの、訴えるのは当然だが、信長様はことのほかあやつを寵愛しておる」
儂が嫌われていることも、一から説明する。四朗には前田家を継ぐ慶次を支えてもらわなければならないから、事情をきちんと把握してもらう必要があった。
「成程、小姓ということは寵愛されるのも仕方ありませんね…」
「ほほっ!!」
体に似合わぬこましゃくれた発言に吹き出してしまった。利家は容姿も優れていて、幼少の頃はそれはそれは美しい稚児だったのだ。慶次が「ん?」と首を傾げるが、この子にはまだ早いだろう。信長様から慶次を小姓にと申し込まれ、断ったのは黙っておかないと。
「それと、当家の戦働きなのですが…先程利家叔父は」
「ふむ。見ての通り儂は戦におもむけるほど丈夫ではなくての。軍事に関しては家老の奥村にまかせっきりよ…情けない事だがな」
「そうですか…答えにくい事をずけずけと申し訳ありませぬ。父上には失礼かとは存じますが、どうしても前田家の将来が気にかかりまして…」
ほほっ、今度は“前田家の将来”ときたか。本当に10歳とは思えぬ。どれ聞いてやるとするか。
「よいよい。それで、将来とは?」
「はい。父上は戦に出ることが出来ず、後継ぎは養子の慶次となっていますが、はたして信長様はそれをお認めになるのでしょうか?信長様は察するに、豪胆な者がお好きでしょう?…好き嫌いのはっきりされている信長様なら、利家叔父を当主にと考えるのではないでしょうか?」
ふむ、聞いてみれば容易ならぬことを言う。確かにそうならぬとは言えないところがある。儂が納得しなくても信長様ならば独断で決めようし、前田家の家臣とて血の繋がりのない慶次を当主にするという考えに否定的だ。
信長様お気に入りの利家に従えば、自分たちとて将来は城持ちの身分になれる可能性が高いと考えるだろう。
「……」
「そうなれば我らは利家叔父の家臣となります。父上は隠居すればよいでしょうが、慶次は大人しく従うことができるでしょうか?……とても無理でございましょう?そうなれば謀反を起こすか出奔しかございませぬ」
“謀反“と言う言葉におもわず周囲を見回してしまった……誰も聞いておらぬようでおもわずため息が漏れる。何とも荒唐無稽な…
いや、はたして本当にそうか?四朗の言はあまりにも予測が多すぎて、根拠となるものがないが、何故か知らないがそうなるような気がしてならない。
何とも面妖な…
「…確かに四朗の申す通りになる可能性はある。だが、あくまでも可能性だ。何の根拠をもってそのような事になると?」
「…これですと言える根拠はございませんが、必ずそうなります。なってからでは遅いのですから、すぐにでも対処せねば」
四朗は儂の鋭い視線に怯むことなくそう答えた。自信に満ちた目だ。もう先程までの緩んだ空気は霧散してしまったようだ。慶次は儂と兄の雰囲気に視線をキョロキョロと動かしている。
「根拠はないがそうなると…お主が摩利支天の生まれ変わりならともかく、可能性で動くことは出来んだろう?それとも未来予知でもして証明するか?ほっほ!」
「やりましょう」
「…何!?」「え!!」
間を置かず、タガが外れた様な笑顔で答える四朗。その様子に慶次とともに驚きの声を上げてしまった。未来予知が出来るとすれば、もうそれは…
「ただ、私は摩利支天の生まれ変わりでもなければ、物の怪の類でもございません。未来予知ではなく、様々な要因や信長様の人となりを考慮して導き出した予測にございますが、まず間違いございません」
儂の怯えを打ち消すかのように間断なく喋る四朗。
「その予想が見事当たりましたら…私の願い、お聞きいただけるでしょうか?」
「…よいだろう」
セリフばかりで読みにくくなってしまいました。