おっお兄ちゃんと呼んでごらん
更新はわからないと言いましたが、筆がのったので徹夜しました。お休みなさい…
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“前田慶次郎利益”
歴史好きなら誰でも知っている名だろう。彼の逸話は脚色された部分が多々あるが、豪快な物が多い。
非常に勇猛な士でありながら、古典文学においても深い知識をもった識者だったらしい。
また傾奇者として有名で、身上を伸ばすことには鼻から興味が無く、死ぬまで好きなように生きた本物の漢だった。
自分が好きな逸話は養父利久の死後、利家を偽って水風呂に叩き込み、利家の馬を奪って出奔するというもので、主君にするいたずらとしては度が過ぎていると思える。
自分に置き換えるなら、会社の社長を水風呂にだまして入れた後、ベンツを運転手付きでかっさらうようなものか?考えるだけでも恐ろしい…
とにかく日本史史上最も有名な傾奇者が、息切れをしている俺の背中を優しげにさすってくれている。
「…大丈夫?」
「ふぅ~、うん。落ち着いたよありがとう。それにしても足速いな~、俺と違ってちっとも疲れてないし」
「そりゃ~そうだよ。僕の逃げ足は毎日鍛えてるからね~この前なんかも」
「こりゃ慶次!自慢話よりも先にすることがあるであろう?」
父上と呼ばれた男は嬉々として喋り出そうとした慶次を諌め、意味ありげに見つめる。はっとした彼は表情を収めて姿勢を正した。
「あっはい!…父上ただいま戻りました」
「…うむ。それで?そこの少年は紹介してくれるのかね?」
「はい!この者は大通りで見つけたのです。三国志と言う珍しい本を売っていたのですが、実は彼自身が書いたらしく、ぜひとも父上にお見せしたいと」
「ほう、三国志とな。どれどれ…」
そう言うと手元に落ちていた本を拾い上げ、興味深げに眺めながらゆっくりと読み始めた。しばらく紙をめくる音だけが室内に響き、10分程経った頃おもむろに顔を上げる。
「ふむ、たしかに面白いのう。三国志は昔一度読んだことがあるが、これはそれにも勝るものだ。あらすじは同じだとしても全く別物と言っていいかもしれぬ。これは本当に少年が書いたのか?」
「あっはい。実家で聞きました話から想像して書きました。何かおかしな部分はありませんでしたか?」
「いやいや良く出来ておる…むしろ出来過ぎておるな。ところで実家とは?」
「あっ、申しおくれました。それがしは伊勢浅川家の四男、浅川四朗と申します。この度、京での武者修行を仰せつかり、その道中那古屋へ立ち寄ったよしにございます」
俺は背筋を伸ばして慇懃に頭を下げる。第一印象は大事だからと考えたのだが、目の前の人物にとっては意外だったらしい。
「…ふむう。四朗殿か。慶次とは年も変わらぬだろうに大人と変わらぬ言葉使い、尋常な子供ではないようだ」
しまった!警戒されたか?!
「…まあよい。儂は尾張荒子城城主前田利久と申すもの。そしてこの子は養子の慶次郎ですな。これ慶次」
「はい!前田慶次郎と申します。慶次と呼んでください」
「あっはい。では私のことも四朗と」
「うん!四朗よろしくね!」
「…うん。こちらこそ」
慶次は満面の笑みで、俺は困惑した顔で無理やり口角を上げる。不自然なのは鏡を見なくともわかった。
「ほほっ、まあ仲良くしてあげてくだされ…それにしても京での武者修行とは難儀ですな。連れの者は町におるのかな?あと御本売りもその一環で?」
「あっいえ…」
俺は一瞬迷うが、何かしらの突破口になればと事情を話すことに決めた。
実家ではうつけと呼ばれていたこと。父親に勘当同然で吉岡道場での修業を命ぜられたこと。また供がいないので本を使って商人の目を引こうとしていたことなどをぽつぽつと語る。
そして今更だが、他人に身の上を話していると、自分の情けなさが際立つようで涙が浮かんでしまう。その様子に利久は見捨てられた子犬を連想したのか、語気を荒げて浅川家の不実をあげつらう。
「なんと浅川家の惨いことか!このような幼子を一人放り出すなど人の親とも思えぬことよ!犬畜生にも劣る!!」
「父上の言う通りです!浅川は懲らしめなければなりません!!」
「あっいや…!」
二人の怒気にひるんでしまう。俺としては自業自得だと思っているので気にしてはいなかったが、確かに人が聞いたら目を剥くほどの仕打ちに違いない。
話したのは失敗だったかな。どうしようか?
俺の焦りに反して利久の怒りはいよいよ増してきたようだ。
「そのような家とは縁を切るべきだろう!なに、あちらが勘当したいのならばさせてやればよいのだ。四朗殿も奴らの言う事など無視なされっ…なに心配せずともここに住めばよいのだからな」
え?
「それはいい考えです父上!四朗からはもっと話を聞きたいのです!ずっとここにおいてくださいませ!」
ちょっとまって!?
「あっあの…」
「ふむ、ずっとか。そうよな、どうせなら客ではなく前田家の者となれば良い。いや待てよ…これだけの物語を書ける才能があるのだ。養子として迎えてもいいかもしれぬな」
「あっいえ、勢いで決められては後々」
「よし!そうと決まれば家中の者を集めて養子縁組を発表しようではないか!誰か!誰かある!!」
「ちょ~~~!!」
……
………
初めまして浅川四朗改めまして前田四朗です。人の話を聞かないのは慶次だけではなく、どうやら前田家の家系のようで、とんとん拍子に俺は前田家の養子となった。
実家には手紙で伝えてもらったのだが、どうぞどうぞと了承をもらえたようだ。いくらなんでも薄情すぎると思うんだが…
まあなんにしても浅川家への義理は無くなったわけだ。又右衛門へはいつか恩返しをしたいと思っているが、これは後々になるだろうしな。
前田家は自分が養子になって多少複雑になった感はある。というのも俺が10歳で慶次が9歳なので、こちらが年長になるためだ。通常よっぽど暗愚でなければ年長が家を継ぐことになるが、血筋から言えば慶次が有利だろう。もっとも俺は最初からでしゃばる気などないがね。
「兄上!」
「……」
「今度は長坂橋の戦いをお願いします!」
「…わかった」
俺を兄上と呼ぶ慶次郎は俺の語る三国志講義が大のお気に入りだ。何かと話をせがんでくる彼は可愛くもあるが、あの前田慶次がと思うと目眩がしてしまう。しかも俺が兄だ。史実はめちゃくちゃに違いない。
それからの俺は慶次に振りまわされる毎日で、悪戯を手伝わされたり、お話をしたりと忙しい。
もし弟が逸話通りの漢であれば、死ぬほど振りまわされる立場になるかもしれない。今から不安一杯だ…
「兄上!!」