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四朗  作者: やっことっぽ
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歴史改変

志摩朝熊しまあさま山の山腹に何やら隠れ住んでおるらしい。

ふもとの農民共がそんな噂をささやき合っている。


ある者は政争に敗れたお公家様だと言い。

ある者は天狗の類だと言う。


霊山である朝熊山は南峰と北峰のほかに幾つかの峰からなる。太平洋に突き出た志摩半島の最高峰であり、峰から見る初日の出は霊山と呼ばれるに相応しい光景だ。

麓の農民は毎晩峰に向けてお祈りをするのが日課であって、そこに居を構えるなど恐れ多い事であった。

やはり天狗であろう。大半の者がそう結論を出した頃彼らはやって来た。


村々を素通りし、不審な一団が朝熊山を目指している。何台もの荷車を引く人足とそれを護衛するかのような集団。そしてそれを先導する商人風の男。

見るからに商隊であるが、これだけの規模の商隊は近隣の村々では初めてであるし、霊山に向かう商隊というのはあまりに不審であった。


片田舎というものは一様に排他的である。まだ真昼であるというのに家々の木戸を閉め切り、商隊が通り過ぎるまで息を潜める農民達。

商隊も慣れたものでそんな態度を気にすることもなく、気持ち整地された山道を昇ってゆく。

農民たちは狐様の仕業かと霊山に向けて必死に拝むのだった。





やはりここは神々の住かだな。嘉隆はこれまで何度となく呟いてきたセリフをため息交じりに吐き出す。

朝熊山に逃れるように移り住んでから2年。現生と隔絶された場所であると理解できるのにそれ程時間はかからなかった。

それ程までにここは神秘的であり欲望を刺激しない場所はない。


「またひえかよ…米が食いて~~~!俺は修験者しゅげんしゃじゃね~ぞ!糞が!!」


自分以外に誰もいない室で悪態を付く巨漢の男。目の前の膳には稗飯と山で採ってきた山菜を使った吸い物。そして大根の漬物のみ。これだけの巨漢が1日にとる糧としてはあまりにも少なかった。1日2日だけならばよいが、こうも毎日続くと嫌気が差すのも仕方があるまい。


彼の名は九鬼嘉隆という。志摩国波切しまこくなきり城を領した九鬼定隆の三男として生まれ、志摩の国衆の一員である九鬼氏の水軍大将として中々の武威を誇ったものだ…数年前の事であるが。

今は北畠の援助を受けた他の国衆に追い立てられ、まさしく冷飯を食らっている状況である。


「今に見さらせ!」


何度となく繰り返された言葉で空しくもあるが、そう言わなければ自意識を保つことが出来ない。

そんな余憤よふん冷めやらぬ中、その男達は現れる。


「…あん?商人だと?」


家中の者が商人の来訪を告げる。しかも単身ではなく何台もの荷車に商品を乗せているとのこと。一瞬「奪え」と命じそうになるも寸でのところで理性が押しとどめる。

何を思ってこの様な辺鄙なところまで来たのか、聞いてからでも遅くあるまいと。連れてくるように命じると狭い屋敷だ。待つことも無く現れた。


「お初に御目にかかりまする、津島商人であります松谷屋の松谷徳兵衛と申しまする」


「……ほう?津島の大店松谷殿が何様でこの様な辺鄙なところまでやって来たのか聞きて~もんだな。ん?」


ぎろり!と威圧するもどこ吹く風と笑顔を浮かべる小男。中々一筋縄ではいかない人物の様だ。それに後ろに控える護衛は只者ではない雰囲気を出しており、単純に荷を奪うことは出来そうにない。


「いえいえ。都であろうと奈落の底であろうと商売が成り立てば何処となり行きましょうぞ。商人でありますゆえ」


「へっ、商売ね……ここは激怒した方がいいんかな?売る物も買う銭もない俺様に言うかね。それとも喧嘩を売りに来たなら高く買うがどうする?」


俺が挑発気味に腰元の脇差を掴むと一瞬にして空気が変わる。肌がチリチリと焼けるようなそんな威圧感だ。松谷の後ろに控える青年からの殺気だとすぐに分かった。

剣の鍛錬はそれなりにやっていて多少の自信をもってはいるが、そんな自信がしぼんでしまう程の殺気。おもわず冷や汗が背筋を伝う。


「これこれ平三郎よ、その様に殺気をぶつけるでないわ。九鬼様とて本気ではあるまい。失礼ではないか」


二人のうち一人の護衛であろう老人が殺気を飛ばす青年を朗らかに諌める。諌められるとすぐに青年は頭をすぼめ、それとともに殺気も萎んでいった。

俺はおもわず溜め息を吐いてしまう…そして気にした風を見せまいと矢継ぎ早に喋り出す。


「しっして、後ろのあんたらは何者だ?そっちのあんちゃんは中々の手練てだれみてーだが?」


「これはこれは申しおくれました。某は伊勢の産に御座います十温字又右衛門と申す者。そしてこちらに控えますは十温字平三郎であります。某の孫ですが京都での剣術修行を最近終えたばかりの世間知らずで御座います。何卒ご容赦を」


「ほう!京都と言えば幕府の?」


「然り、京都吉岡流の免許皆伝にござるがまだまだ未熟者。経験を積ませるため連れまわしております。それ故何卒ご容赦を」


老人が頭を深々と下げるとそれを見た青年も慌ててそれに倣う。年相応の仕草におもわず口元が崩れた。それにしても吉岡とな?!


京都吉岡流とは?

一説には源義経に剣術を教えた鬼一法眼きいちほうげんを源流とする流派で、その弟子である8人の僧侶がそれぞれ吉岡流にはじまり、鞍馬流や中条流を伝えたと言われている。眉唾な話で吉岡流自体謎が多い。

大阪の役で東軍との戦いやぶれ兵法所を閉めるまで、足利義晴、義輝、義昭と兵法指南役を務めたようであるから中々の流派であったのは推測できる。


「か~~免許皆伝!そいつはスゲ~ぜ!!ぜひ吉岡の話を聞かせてくれや。っと、酒がいるな!お~~い酒を「お待ちください!九鬼様!?」もって、ん?なんだ?」


「酒盛りの前にまだ用件が済んでおりませぬ。そちらを先に……」


松谷屋が慌てて膝をにじらせてくる。その慌てようは先程までの平静が嘘の様で、完全に嘉隆にペースを乱されてしまっていた。


「おっと、そういやーそうだったな。まっ手短に頼むわ」


松谷徳兵衛は心ここにあらずの嘉隆を見て苦笑を漏らす。しかし手ぶらで帰るわけにはいくまい。


「ごほん!それでは手短に言わせて頂きます。……当方どもに志摩統一の援助をさせて頂きたいのです」


「……は?なんだって?」


嘉隆はおもわず聞き返してしまった。俺の耳が腐っていなければ確か…


「それではもう一度…志摩統一の援助を当方でさせて頂きたいのです。今回持って来ました兵糧や武器、銭はその一部でございまする。九鬼様の望む量を援助させて頂きましょう」


俺は聞き捨てならぬ言葉を吐いた松谷屋を凝視する。沈黙の中どれくらい経っただろうか?次第に顔が朱に染まり、頭が沸騰するのを自覚できた。


「馬鹿にしてやがんのか!?志摩統一の援助だと!このような山奥に逃げ込んできた~~~俺様に!!志摩統一!!?」


人を馬鹿にするのも程があるぜ。志摩統一なんぞ荒唐無稽であるし、ましてや俺に話を持ってくる必要性がないじゃないか。

昔は水軍大将として何十何百もの戦船を指揮した俺だが、今に至っては付いてきた家来は数えるほど。再起など難しいだろうしむしろこいつらが俺の存在を知っているのが怪しすぎるってもんだ。


「いえいえ馬鹿にするなどありえませんな。津島商人である私は九鬼様の海戦術をよく拝見しておりますゆえ。伊勢湾を我が物のように闊歩かっぽした姿はよう覚えております。我らは九鬼様の能力に非常に魅力を感じておるのです。是非とも志摩を統一し伊勢湾に覇を唱えて頂きたい」


片膝を立てすごんだ俺に動じない松谷屋と護衛達。俺のこの反応は予想していたようだな。動揺を見せないならば凄んでも意味があるまい。もう一度乱暴に座り直す。

それにしても伊勢湾に覇をとは大きくでたわ。わざわざこのような所まで来たぐらいだからな、全部が全部嘘ではないと思うが…えーいじれったい!!


「え~~い!腹の探り合いは止めだ!!俺は短気者だかんな…んで?誰が黒幕よ。受ける受けぬはそいつ次第よ、津島の商人連中か?それとも伊勢の?」


「ふふ、これはこれは。そうですな…織田家中とだけ申しておきましょう。なにぶんその方のお名前では信用を得ることが出来ませんので。まだまだ無名の者ですがその財力は津島商人である私を動かせるほどで御座います。そして九鬼様に御貸し出来る兵力は500程、名より実を取るべきかと愚考しますが?」


「……」


「そしてその方からの書状が御座います。これを見ても了解頂けないようでしたら諦めましょう。勿論結果に関係なく今回の援助物資はお渡しいたしますので」


そう言うと松谷屋は懐から書状を取り出し、恭しく書状を掲げた。

一瞬躊躇したが、読まなければ始まらん。書状をひったくり乱暴に広げると、その字はお世辞にも上手いと言えないが……


「ふっ、がははははは!?こいつはおもしれーぜ。こいつはイカレてんわ!俺以上にな!?」


「「「……」」」


「がはは…いいぜ。乗ろうじゃね~か、こいつはまさしく博打よ。九鬼家の命運と命を懸けた大博打よ!!」


「「「……」」」


「こうしちゃいらんね~すぐに出立だ!!出陣じゃあああ~~~~!!!がははっはははは」


血がたぎる!頭が沸騰したみたいだぜ!こんなに楽しい事があったとはな~。こんな所に座していた俺が馬鹿みたいだぜ。待ってろよ~!!


時代設定間違いのため、柳生から吉岡流に変更しています。失礼しました。

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