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四朗  作者: やっことっぽ
11/13

悪の生まれ

名古屋弁の使い方がいまいち…

「お呼びだがや?松下様」


「ん?おお、来たか藤吉郎。ちこう寄れ」


「へへっ」


藤吉郎と呼ばれた小男は器用にも土下座しながら素早く擦り寄り、そして遠慮気味に顔を上げた。

その如才ない動きに松下加兵衛は苦笑する。


三年ほど前から今川家の陪臣ばいしんである松下家に仕えた藤吉郎という男。がちがちの尾張弁を喋りどことなく愛嬌があって、人一倍機転の利くこの男を加兵衛はどことなく気に入っていた。


「……」


「…松下様?」


「ん?おお、済まんな。そなたに頼みたいことがあっての」


「へへ~」


思案していた加兵衛に不審な顔をして声を掛ける藤吉郎。その顔を見ておもわず吹き出しそうになった加兵衛は笑いを何とか腹に収めて喋り出す。


「うむ。実は賢然寺のことよ」


「へい。宝くじのことだぎゃ?」


「うむ、話が早くて助かる。その宝くじと呼ばれる賭け事の事よ…実は尾張との国境の農民どもが賭け事に熱中するあまり田畑が少しばかり荒れているとのことじゃ。駿府様もことのほか気にかけているのよ…」


「すっ駿府様でござるきゃ!?」


顔中に皺を寄せて大げさに驚愕の表情を浮かべる藤吉郎。その顔はまるで…


「うっ!!ぷっ!?」


「松下様?どうされたきゃ?」


「…ごほん、何でもないわ。済まんな、大事な話の途中であったわ。その駿府様の命を受けた飯尾様から直々の主命である。心して聞け」


「へへ~!!」


「うむ。その宝くじと呼ばれる賭け事の詳細を調べるのだ。そして胴元が誰であるのか徹底的に調べるのだ。よいな?」


「へへ。おまきゃせくだされ……それでは早速」


「うむ。下がってよいぞ」


「へい」


「おっと。忘れものだ!支度金だ持って行け。そら!」


今思い出したとばかりに懐から取り出した麻袋を放り投げる加兵衛。御前から下がろうとした藤吉郎は突然のことに慌てて両手を広げるが、タイミングが合わず顔にぶち当たる。


「ウキャ!?」


「うぷっ!!」


藤吉郎の情けない顔と猿を思わせる泣き声に耐えきれなくなったのか、加兵衛は俯き顔を伏せる。その肩は小刻みに震えていた。


「……失礼するきゃ」


俯いたまま片手を上げる加兵衛を無視するかのように藤吉郎はその場を後にし、

そして松下屋敷の門前に唾を吐く。


「けっ!!胸糞悪きゃ!!」


今川家の陪臣である松下家に仕えて3年。小柄な体ではあるが誰よりも仕事が出来る自負がある。松下様への覚えも良く。今回のような重大な主命を与えられるようになった昨今であるが、今川家の陰湿さに正直嫌気が差していた。


「儂は小柄で顔が皺くちゃで、まるで猿ぎゃ!猿と思うならば猿と呼べばいいぎゃ!!」


藤吉郎は自分が猿に瓜二つだと自覚している。自覚しているのだから猿と呼ばれることに何の恥ずかしさもない。ただ陰から猿よ猿よと笑われることが無性に腹が立った。


「今川家は公家出身かなにか知らんぎゃ、やり方が陰湿だがや。けっ!」


もう一度門前に唾を吐いた藤吉郎は支度金が入った麻袋を胸にしまい。松下屋敷に背を向ける。


「やめじゃ~やめじゃ~。……尾張に帰るきゃ」


今回のことに腹を立てたこともあるが、それ以上に今川家での出世が見えてこないことに見切りをつけていた藤吉郎。

今川家では血筋が尊ばれる。どんな馬鹿でも血筋さえ良ければ跡目を継ぐことが出来、また何代にも続いた血縁関係がそれを許容している。

ここには自分の活躍の場はないだろう。良いきっかけだった…


胸元にある金は中々の重さであるから退職金と思えばなかなかの職場であったのではないか?そんな風に自分を慰めるしかない。


「まあ単純に帰るだけじゃ面白みがないし…宝くじ。偵察して行くきゃ…」


足早に自宅である長屋に戻ると、数着の着物を風呂敷に包み旅支度を整える。松下様から貸し出された長屋部屋には私物いえるものは無い。それ程の知行を貰っているわけでもなし、財産と言える物は無いのだ。


「……三年間世話になったきゃ」


改めて見ると生活感のない元我が家に向けてそう言うと、未練を断ち切るように背を向け駆け出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆

(賢然寺)


「ずごい賑わいだぎゃ…」


松下家の城である遠江国とおとうみのくに頭陀寺城ずだじじょうから歩くこと2日。藤吉郎はその人の多さと耳を圧する喧騒に驚く。


「何だお前さん門前市は初めてか?尾張者のようだが?」


街道のど真ん中で呆然としていた藤吉郎に話しかける商人風の男。はっと意識を取り戻した藤吉郎は男に視線を向けた。


「門前市は初めてじゃなきゃ。しかしこれは門前市?」


「ははっ!初めてこいつを見た奴は全員そう言いやがる。正真正銘の門前市さ。まあここは商人が主役だからな、珍しいちゃ珍しいか」


そう言うと男はしたり顔で聞いてもない事を喋り出す。どうも世話好きな性格のようだ。


「賢然寺の住職は中々の商才でな。宝くじという賭け事を主催しているのさ。そして稼いだ賭け物を商品として転売しているわけよ。格安でな。住職も商人も儲かる素晴らしい門前市よ」


「……」


「そして立地がまたいい。国境は権力の空白地帯だからな。寺社の権力が強いから織田も今川も文句を言いづらいのよ。……ここだけの話だがな。手に入れた商品はみんな津島まで運んで売却するのよ。尾張は関所が極端に少ない。余計な関銭がかかんねーから利益は…げへへ」


「…そうきゃ」


「おっといけね!次の転売が始まりやがる。尾の字も頑張んな!」


ぺらぺらと喋り倒した男はこうしちゃいられないと人ごみに割り込んで行く。


そんな慌ただしい男を無視するかのように藤吉郎はこれまで見てきた門前市を思い出してみる。本来買い手売り手は多種多様だ。商人が商品を売却し農民が銭を払う。逆もしかり。しかしこの門前市は売り手が住職であり買い手が商人で固定されている。


更に異様なのは売り出す商品の元手が掛かってないことだろう。商品は農民共の賭け物である為、銭で物を買い、物を売って銭を手に入れるという商取引は存在しない。あるのは住職による搾取だけだ。


藤吉郎は思う


これはいずれ破綻するに違いない。

正しい物の流れが経済を発展させるのだ……と、学のない小男は生まれながらの経済感覚で理解する。


一瞬にして興味を失った藤吉郎は辺りを見回すと、目に留まった縫い針の束を買い求め、もう用はないと寺に背を向けた。




「…やはり侍だぎゃ」


そう呟く。


この寺に来てたった一つ収穫。それは搾取される側でなく搾取する側に回れという事。今更寺社に入ることは無理だろう、そんな教養もなし。それに宝くじは終わりが見えている。




「…じゃから侍だがね」




権力を武力を手に入れることぎゃ。

儂を馬鹿にしてきたこの世を見返すぎゃ。

猿と蔑む馬鹿を撫で切りにするぎゃ。



皺だらけの顔が醜く歪む



その為には…





……愛嬌者を演じるぎゃ

……無欲者を演じるきゃ

……馬鹿者を演じるきゃ

……忠義者を演じてやるきゃ





「うきゃっ!」


醜く歪みこの世の物とも思えない表情から一転。誰からも愛される猿顔を浮かべる藤吉郎。


「まずは織田に仕官だきゃ…」



「うきゃっ!きゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」


その笑い声は那古屋に向けて不気味に木霊こだましたのだった……


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